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婚約破棄は突然に  作者: 夜凪


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えぴそーど1~卒パ断罪?

一気書き。楽しかったです。

煌めくシャンデリア。

踊り騒めく着飾った紳士淑女。

テーブルには華やかな料理が並び、わずかに口角をあげた給仕たちが盆にグラスを乗せてするすると移動する。


そんな会場の片隅でアイリーンは友人たちとのおしゃべりに花を咲かせていた。


今日は学園の卒業パーティーだ。

卒業生たちの中には、今日が終われば自分たちの領地に帰る者もおり、そうなると顔を合わせる機会もなかなか訪れない。


特に女性はそのまま婚家に嫁ぐものも多いため、なおさらだ。

これまでのように、無邪気なままでいられる時間は終わりを告げるのだ。


幸い、アイリーンにはまだ猶予があったけれど……。


最後の時間を楽しむように少女達は笑いあう。

思い出話や最近の流行、ほんの少しの愚痴に噂話。

女性のお喋りは尽きる事がない。


そんな彼女たちの集まりに、近づく者達がいた。

先頭は女性を腕に絡ませた青年。背後には友人が数名付き従っている。


「アイリーン、話がある」

相手の会話をぶった切るように、青年が声をかけた。


彼の名前はライディーン。この国の第4皇子であり、アイリーンの婚約者でもあった。

裕福な侯爵家であるアイリーンの家が、成人後は臣下に下ることになっているライディーンの降嫁先として白羽の矢が立ち、王命によって成立したのである。


完全なる政略ではあったが、それなりに仲の良い関係を築いていた。

つい、一年前までは。


「あら、ライディーン様。御覧の通り、今は友人たちとの時間を楽しんでいますの。今度ではだめでしょうか?」


アイリーンは穏やかな笑顔を浮かべたまま、パラリと広げた扇で口元を覆った。

チラリとその視線がライディーンの腕に絡みつく少女へと向けられる。


ライディーンの瞳の色であるエメラルドグリーンのドレスを身にまとった少女は、びくりと体を震わせてライディーンの体に身を寄せ、顔を伏せて隠れた。


「大丈夫だ、すぐに終わる」

ライディーンは少女を庇うように一歩前に出る。

その頃には、何事かと周囲の人間が注目をはじめ、周囲は静まり返っていた。

その不自然な静けさの中、ライディーンは力強く宣言した。


「アイリーン=ラディッシュ侯爵令嬢!俺はお前との婚約を破棄する!」

「お断りします!」


ライディーンの声を上回るアイリーンのよく通る声が、間髪入れずに響き渡った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

あまりにも予想外の反応だったのだろう。

たっぷりの沈黙の後、ライディーンが目を丸くして気の抜けた声を漏らした。


その間抜けな顔に、吹き出しそうになったアイリーンは扇の陰で唇をかみしめる事でどうにかこらえた。

しかし、細かく震える肩が誤魔化せておらず、隣にいた友人がこっそりと背中を叩いて励ましている。


「婚約破棄は謹んでお断りいたします」

気を取り直して、もう一度キッパリと宣言したアイリーンに、固まっていたライディーンがようやく我に返る。


「なぜだ! 俺はお前を愛していない」

「奇遇ですわね。私もですわ!」

まだその後に何か続けようとしていたライディーンの言葉を遮り、アイリーンが再びキッパリと宣言する。


「私もとは何事だ!お前は婚約者に愛を持っていなかったと言うのか!」

自分の言葉を棚に上げ、アイリーンに自分を否定されたことにショックを受けたようにライディーンが喚く。


「お互い顔も合わせることなく整えられた政略の婚約でございましたからね。情を育てるには時間が必要ですが、殿下は()()()()と忙しかったようでそのお時間もくださりませんでしたし」

その様子を見ても冷静に、アイリーンは肩を竦めて見せた。


この国では、貴族ならば必ず15才からの三年間は学園で学ぶ義務があった。

とはいえ、教育自体はそれぞれの家で必要なものを学んでいるので学業のためというより、同年代の絆を深めるためという側面の方が大きい。


今後、国を盛り立てていく中で、横のつながりは大切である。  

同じ時間を過ごすことで互いを知り、信頼を深めれば絆も深まるだろうという、国を挙げての政策だった。


アイリーンの侯爵家は王都から遠い辺境の地にあり、総領娘であるアイリーンは跡目教育に忙しいのと護身のため、なかなか王都まで顔を出す機会がなかった。

往復ひと月の旅路は、幼子にはなかなかの負担なのである。


その為、婚約自体は早くに整っていたものの、ライディーンと本格的に交流を始めたのは学園へ入学してからの事だった。

初めの一年ほどはまだ良かったのだが、二年時にとある少女が転入してからその機会は減り、三年になった頃にはぱったりと途絶えてしまった。


「手紙のお返事も頂けないのでは、私にはどうしようもないですからね。お父様に頼んで王城の方へ訴えていただいても、改善はされなかったようですし。相手を知る機会もないのに愛を育てる事はできませんわ。というか、育ちかけていた芽も枯れてしまいそうでしてよ?」

あくまで「困っています」という表情を崩さず、アイリーンは切々と訴える。

実際は()()()()()()()()どころではなかったのだか、淑女としてオブラートに包んでみた。


「だが、しかし。お前はメリンダを害していたではないか!嫉妬するという事は、おれを愛していたはずだ!!」

グイっと隣に立つ少女を抱き寄せてみせるライディーンに、アイリーンはコテンと首を傾げてみせた。


「ああ、その方が噂の女性ですか。なんでも、殿下の真実の愛のお相手とか」

「しらじらしい!メリンダに暴力をふるったり、物を壊したりしたというではないか!お前がやったことだろう!!」

ライディーンの大声にもアイリーンがひるむことなく、むしろますます困惑が深まるばかりという風情だった。


「そうはおっしゃられましても、本当に今回が初対面でしてよ?そもそもクラスが違ううえに、ここ一年は殿下たちが囲んでいて何人も近づけないようにしていたそうではありませんか」


そもそも同世代の絆を深めるのが目的の学園とはいえ、基本的にクラスは上位貴族と下位貴族で分けられているのだ。

同じ貴族とはいえ、上位と下位では礼儀作法や学ぶべき教育も違うので、当然の処置だった。

教室どころか建物自体が違うため、意識しなければ交わることもない。


「それは学園内の事だろう!自宅との行き帰りでは、メリンダは一人だったはずだ」

「まぁ!仮にも貴族女性が馬車にも乗らず、侍女や護衛もつけずに一人そぞろ歩いていたと申しますの?ご実家はそれほど困窮してらっしゃるのかしら?」


アイリーンの言葉に、女性たちの間でざわめきが広がる。貴族の常識としてはあり得ない状況だった。

いっせいに同情の瞳を向けられ、メリンダが頬を赤くしてプルプルと震えだした。


「殿下も、仮にも親しくされている女性ならば、もう少し気を遣って差し上げなければいけませんわ」

「ええ~い!話を逸らすな!その隙をついてお前が暴行を働いたのだろう!?」


さらには自分にまでダメ出しをされて、ライディーンは怒りに顔を赤くしながら、アイリーンを指さして非難した。

途端に、アイリーンが困った子供を見る目を向ける。


「あら、まあ。お行儀が悪いですわ、殿下。人を指さしてはいけませんと、乳母に倣わなかったのかしら?」

呆れたような言葉に、周囲にくすくすと笑う声が広がった。


「おま「だいたい」

あきらかに自分を嗤っている空気に、さらに顔を赤くしたライディーンが叫ぼうとするのを、アイリーンが遮る。


それほど大きな声ではなかったのに、先ほどとは明らかに何かが違う空気に、ライディーンは本能的に口をつぐんだ。


「本気で私が動いたとして、今その方がそこに立っていらっしゃるわけがないでしょう?我が侯爵家を侮辱しておりますの?」


アイリーンの生家であるラディッシュ家は、辺境の防衛を担う軍門の一族だった。

武力は当然として、謀略に()けている事にも定評がある。

その気になれば、自分より下位の家の令嬢一人。周囲に違和感を持たせず消し去ることなどたやすいのだ。


「アイリーン、漏れてますわよ。みなさんが怯えてしまいますわ」

「あら、いやだ。ごめんあそばせ?」


ヒヤリとした空気に周囲が息をのんだ時、アイリーンの隣に立っていた女性が、おっとりと声をかけた。

その声に、アイリーンが肩を竦める事で、周囲の空気が緩む。


「というわけで、私がその方を害したというのは事実無根ですわ。ご納得いただけて?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

その場に沈黙が落ちる。


ライディーンは場の空気に困惑していたし、メリンダの頭の中は(じゃあ、アイリーンが本気で動いていた場合私はどうなっていたの?)という恐怖で一杯だった。


「お話は以上ですか?それなら、私は友人たちとの歓談へ戻りたいのですが?」

小首をかしげるアイリーンは可憐だった。


しかし、もはやそれだけとは侮れない空気がその場には出来上がっていた。

もっともそれは恐れというより、「流石ラディッシュ家の跡取り」「これなら辺境も安泰だな」という信頼と安堵の方が強かったけれど。


「メリンダを害していないというなら、今はそれでいい」

しかし、緊張が解けたことで言葉を取り戻したライディーンは、空気を読むことなく口を開く。


「だが、お前との婚約は破棄させてもらう。俺は、メリンダと真実の愛に目覚めたのだ。彼女こそが俺の隣に立つのにふさわしい存在だ」

「ライ!」

キッパリと言い切ったライディーンを、メリンダが感動したような潤んだ瞳で見つめている。

瞬時に二人の空気を作り出したライディーンとメリンダを、周囲は呆れたように見ていたが・・・・。


「またその話に戻るのですか」

鷹揚に構えていたアイリーンだったが、繰り返される茶番に良い加減うんざりして、ため息をついた。

そろそろ淑女の仮面がはがれ始めていて、隣の友人が気づけというようにこっそりとわき腹をつついている。


(さっさと終わらせて、友人達との楽しい時間を取り戻すのよ)

だが、アイリーンはあえて無視することに決めた。

小さく首を横に振るアイリーンに、友人があきらめたように半歩だけ離れた。


「面倒なので一度で終わらせますから、よく聞いてくださいね、殿下」

これまでと違うキリッとした表情を浮かべ、アイリーンはライディーンに向き合った。


「先ほども申し上げました通り、殿下と私の間に愛はございません。

しかし、これは王命で結ばれた婚約でございます。私達が勝手に何を言ったとしても(くつがえ)る事はないのです。

どうしても嫌だとおっしゃるなら、殿下がご自身で王様へ訴えてもようございます。

が、仮にそれが受け入れられたとして、殿下はその後どうなさるのですか?正直、我が家以上に好条件で殿下を受け入れる貴族家はないと思いますが。

そもそもこんな醜態をさらして婚約を破棄した場合、今後受け入れる貴族は(まれ)かとも思いますし・・・。

そちらの方のお家に迎え入れられたとして、殿下の満足する生活が送れるとも思いませんが、赤貧生活も真実の愛のためならやむなしと言うならお止めいたしませんわ。

私の方は、例え殿下をお迎えできなくともどうとでもなりますし。

とはいえ、賠償金は双方に請求させていただきますわね?明らかにそちら側の有責による婚約破棄なのですから」


立て板に水とばかりに一気にまくしたてたアイリーンの言葉を半分も理解していないのかポカンとするライディーンの横で、どんどんメリンダの顔色が悪くなる。


メリンダは子爵家の庶子である。

当時子爵家に仕えていた平民のメイドが嫡男と恋に落ちて子をはらんだものの結ばれることなく、ひっそりと産み育てていた。


しかし、家を継いだ後に迎えた正妻を亡くした子爵(父親)が、跡継ぎもいる事だしとハッちゃけて、母子ともに迎え入れたのだ。

その際、一応メリンダは実子ではあるが、後のトラブルを防ぐため後継としての資格は放棄している。


両親の身分を越えた愛の物語(笑)に感銘を受けていたメリンダは、自分も運命の相手を見つけるとハッちゃけていた。

華やかな貴族社会に目がくらんで、周囲が見えなくなっていたとも言う。


そして、よりにもよって4番目とはいえ王子を捕まえてしまったのだ。

大物釣りにもほどがある。


しかし、ここにきてようやく現実が見えてきた。

自分の首どころか、下手したらお家断絶の危機である。

脳裏に、苦労して女手一つで自分を育ててくれた母親の顔が浮かぶ。

のほほんと手を取り合う両親を、あきれ顔ながらも受け入れてくれた義兄の姿も……。


メリンダはそっとライディーンの腕に絡めていた手を離すと、目だけで周囲を見渡した。

そして、視界の端に今にも死んでしまいそうなほど顔色を悪くした義兄と、倒れた母を必死に介抱している父の姿が映る。


(あ、オワタ)

頭が真っ白に染まった次の瞬間、メリンダは地面に倒れ伏していた。


「申し訳ございません。すべては私の浅はかさが引き起こしたことで家族には罪はありません。どうか私の命一つでご勘弁ください!!!!」


土下座である。

むしろ土下寝である。

突然、五体投地で謝罪を始めたメリンダを、周囲の人々はあっけにとられて固まった。


「・・・・・・はい、撤収!!」

最初に我に返ったのは、アイリーンだった。

広げていた扇をたたむと、パンッと手のひらに叩き付ける。


次の瞬間、どこからか現われた侍従侍女軍団が、速やかにライディーンご一行の誘導を始める。

五体投地中のメリンダは二人がかかりで抱えられて移動させられていた。


その間、わずか十秒。


「皆様、お騒がせいたしました。どうぞ引き続きパーティーをお楽しみください」

結局、友人達との語らいを中断する羽目になったアイリーンは心の中で歯ぎしりしながらも、美しいカーテシーを一つ残して、優雅に退場したのだった。





その後。


ライディーンはギッチギチに再教育を施された後、無事にラディッシュ家の婿として降嫁した。

どちらかというと優男風だった風貌は、鍛えられて二回りほど大きくなり、上下関係を重んじる脳筋へと変化していたそうだ。再教育おそるべし。


一方、メリンダは平民に戻り、生涯を通して教会の孤児院の下働きを勤める事で、家へのお咎めはなしとなった。

本人がしっかりと反省していたことと、ギリギリ学園内の事だったので、特大の温情を施された結果だった。


アイリーンは台無しにされた友人達との最後のお楽しみを、王家のポケットマネーからやり直しのプチパーティーを開催してもらう事で手打ちとした。

仲良しだけを集めたパーティーは、料理も会場もグレードアップされ、ドレス迄新しいものを用意されるという大盤振る舞いで、アイリーンはむしろお得だったのではとニコニコだったという。



お読みくださり、ありがとうございました。


「アイリーン=ラディッシュ侯爵令嬢!俺はお前との婚約を破棄する!」

「お断りします!」

のシーンが書きたいために生まれた物語でした(笑

まあ、常識的に考えて考えて、所詮子供達がなにを言っても、王様が決めたことはそうそう覆らないんじゃないかな?と。

メンツを保つためにも、なんらかの落とし前は必要でしょうが。

で、なんらかが洗脳に近い教育だったり、生涯飼い殺しだったり(笑

まあ、死ぬよりはマシだし、心の持ちようでは今後幸せになれるかと……。

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