第56話 拒絶
張り詰めた空気。
森が静まり返る。
木々の間。
姿を現したエルフたちは、十を超えていた。
全員が弓を構えている。
その矢先は――
真っ直ぐ、ガルドへ。
ロックが低く息を吐く。
「……歓迎されてねえな」
誰も笑わない。
エルフたちの目は、本気だった。
警戒ではない。
“排除対象”を見る目。
その中心にいるのは。
ガルド。
そして、背中の黒剣。
一人の女エルフが前へ出る。
銀色の長髪。
鋭い目。
纏う空気だけで、他のエルフより格上だと分かる。
「動くな」
冷たい声。
感情がない。
「その剣を、こちらへ向けるな」
ガルドは答えない。
ただ、立っている。
背にはリゼ。
黒剣にも触れていない。
だが。
それだけで、空気が軋む。
女エルフの目が細くなる。
「……結界が拒絶した」
低く。
確認するように。
「その剣は、何だ」
ロックが肩をすくめる。
「説明長くなるぞ」
即座に。
数本の矢が、ロックへ向く。
「黙れ」
「はいはい」
ロックは両手を軽く上げる。
だが、その目は笑っていない。
頭の奥が、まだざらついている。
この森に入ってから、ずっとだ。
セリナが、一歩前へ出る。
「待って」
女エルフの視線が向く。
その瞬間。
わずかに、空気が変わる。
「……同胞か?」
セリナは頷く。
「私はセリナ」
「この人たちは敵じゃない」
だが。
女エルフの視線は、ガルドから外れない。
「結界は嘘をつかない」
短く。
「拒絶された存在を通す理由はない」
その言葉に。
ロックが小さく舌打ちする。
「だから俺らを追い返すって?」
女エルフは答えない。
代わりに。
矢が、僅かに引かれる。
緊張が走る。
セリナが息を呑む。
この距離。
この状況。
もしガルドが黒剣を抜けば――
結界内で戦闘になる。
最悪だ。
その時。
リゼの呼吸が乱れた。
「……っ」
セリナが振り返る。
首元が、微かに光る。
ガルドが、僅かに視線を落とす。
その瞬間。
女エルフの目が変わった。
「……その子」
初めて。
リゼを見る。
そして、気づく。
首元に残る痕跡。
異常な魔力干渉。
女エルフが眉を寄せる。
「……何をされた」
セリナが答える。
「結社に捕まっていた」
「今も、干渉が残ってる」
女エルフは黙る。
周囲のエルフたちも、わずかにざわつく。
その空気を、ロックは見逃さない。
「……知らねえわけじゃなさそうだな」
女エルフが睨む。
「余計なことを言うな」
ロックは肩をすくめる。
だが。
反応はあった。
セリナが続ける。
「お願い」
真っ直ぐ。
「この子を助けたいの」
女エルフは、すぐには答えない。
沈黙。
森の音だけが流れる。
その時だった。
ガルドの背後。
黒剣が、微かに低い音を鳴らす。
唸るような。
それだけで。
周囲のエルフたちが、一斉に反応した。
殺気。
矢が引き絞られる。
「ッ――!!」
空気が張り裂ける。
ロックが一歩前へ出る。
「待て!」
だが。
ガルドは、動かない。
黒剣にも触れない。
ただ――
静かに、立っている。
その姿に。
女エルフの眉が、わずかに動く。
「……抜かないのか」
小さく。
まるで確認するように。
ガルドは答えない。
それでも。
抜かない。
その背に、リゼを乗せたまま。
守るように。
沈黙が落ちる。
やがて。
女エルフが、ゆっくりと弓を下ろした。
周囲がざわめく。
「隊長!?」
だが、女エルフは視線を逸らさない。
「……妙ね」
小さく呟く。
「結界に拒絶されながら」
「敵意が、無い」
ロックが鼻で笑う。
「そりゃどうも」
女エルフは無視する。
そして、セリナを見る。
「名は?」
「セリナ」
「……私はリュシア」
短く告げる。
「本来なら、ここで追い返す」
「けれど――」
視線が、リゼへ向く。
「その子は放置できない」
セリナの目が揺れる。
リュシアは続ける。
「ただし」
今度は、ガルドを見る。
「その剣は監視下に置く」
「妙な動きをした瞬間、排除する」
森の空気が、冷える。
本気だ。
ロックが苦笑する。
「物騒な歓迎だな」
リュシアは答えない。
そのまま、道を開ける。
結界の奥。
精霊の領域。
だが――
歓迎されているわけではない。
むしろ。
危険物として見られている。
セリナは、小さく息を吐いた。
それでも。
前へ進む。
そのしかない。
ガルドも歩き出す。
結界へ向かって。
その瞬間。
緑の紋様が、再び揺れた。
拒絶。
だが――
今度は。
セリナが、そっと手を伸ばす。
精霊へ語りかけるように。
静かに。
優しく。
緑の光が、広がる。
結界が、わずかに緩む。
リュシアの目が、細くなる。
「……随分、精霊に好かれてるのね」
セリナは答えない。
ただ。
ガルドと共に、一歩踏み込む。
結界が、軋む。
黒剣を拒絶しながら。
それでも、通す。
まるで。
“例外”を許すように。
ロックも続く。
頭痛は酷い。
だが――
境界を越えた瞬間。
ざらつきが、少しだけ静まった。
「……本当になんなんだ、これ」
思わず呟く。
森の奥。
深い緑。
静かな気配。
精霊の領域。
その最奥で。
誰かが、静かに目を開けていた。




