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魔法の研修生  作者: 二合 富由美(ふあい ふゆみ)
温泉旅行殺人事件
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02 中年男刑事

 人間には必ず欲望が存在する。


 それが実行可能で発覚しても自分に害が無いと分かると、人間は欲望を満たそうとする。

 一般に【普通】や【合法】と言われる行為だ。


 それの欲望が違法や道徳的に推奨されない行為であっても、発覚しなければ自分に害が無いと分かると、道徳心の弱い者は欲望を満たそうとする場合がある。 


 そして、なまじ法律に詳しい者ほど抜け道や誤魔化し方を知っているので、弁護士や探偵といった者は犯罪に関与しやすく、警察と仲が悪い。


 まぁ、それを言ってしまえば警官も法律に詳しいので、犯罪に関与しやすいと言えるのかもしれないが。


 確かに、警察官だから犯罪を犯さないと言う絶対は無い。

 警官に知人が居るから犯罪を犯さないと言う事もない。

 現実に所轄の署長が万引きで捕まった事件も有るし、現役警官が制服のまま窃盗を犯した事も、警官の身内がスピード違反した事もある。

 警官もソノ関係者も、人間だから完璧ではない。

 魔が差す事もあるし、いろいろな人生をおくってきた者がいる。

 

 人生と言えば、本庁だけでなく、地方の警官と言えども転勤や左遷で別の都道府県へと移動になった者は居る。

 管轄が変わったからと言って、同僚だった者と連絡をつけなくなるという事は少ない。

 職場が違うから相談できる話や愚痴は、誰にでもあるだろう。

 それでなくとも警官は友達付き合いを煙たがられ、利害関係の無い友人が少ないのだ。


 この件の発端は、そんな風に転勤になった元同僚からの噂話だった。


「本庁警視正の肝いりらしいんだが、死亡件数やら内容を調べている探偵が居るらしいぞ」

「探偵?胡散(うさん)臭いな。警視正は弱みでも握られてるのか?」


 探偵も警察同様に、他人の情報を漁る仕事だ。

 権力は無いが、非合法な情報源や金の力で情報を集める。


 警視正と言えども人間だ。密かに犯罪に手を染めていたり、合法でも他者から見れば眉をひそめたくなる趣味や付き合いが有るかも知れない。

 特に地位を持つと、そういったものの風評が身を滅ぼす種となる。

 恐らくは、そんな情報で脅して融通を利かしてもらってるのだろう。


 この探偵の動向を各署に問い合わせて情報を整理したところ、この男の行動と死亡事故などの増減に傾向がある事が見えてきた。


「複数の県を渡り歩く温泉地シリアルキラーか?」


 シリアルキラーとは、特定の決まりに従って殺人を行う異常心理(サイコ)犯罪者の事だ。


 一例を上げると、髪の長い美人女性をバラバラにして殺し、公園にオブジェとして飾り付けて署名を残すなどだ。

 全てのシリアルキラーが自己顕示欲が強い訳ではなく、秘密の地下室に飾ったり、殺し自体を楽しむパターンもある。


 多くは冷却期間をおいて行うが、彼の場合は現場を渡り歩いているので、単一場所においてのみ冷却期間が存在する。


 担当した各署の者によると、彼が求めていた情報は30代以下の地域別事故死病死者数らしい。


「死亡事故が少ない場所で事故が増えたら不信がられるが、多い所で数割増しになっても、あまり怪しまれないからな」


 密やかな快楽殺人。それも温泉地限定と言う、まさにシリアルキラーの特徴に一致する。

 ドラマやアニメなどに登場する【呼ばれてもいないのに、事件に何度も遭遇する探偵や人物】という者は、実在したなら【事件を引き起こした者の関係者】に他ならない。

 スナイパーの様に【犯人そのもの】か、犯行の進捗を監視する組織の【監視者】と見て間違いない。

 現在は【事故】や【病気】として処理されている死亡も、犯行が立証できれば【事件】として見直す事ができる。


「調べていたのは、交通事故や転落死。一番多いのは脳梗塞や心筋梗塞?若年性心脳梗塞や筋梗塞に偽装って、確かドラマにもなった殺し方だよな」


 薬品で脳梗塞や心筋梗塞を起こして死に至らしめる方法は有るらしい。

 ドラマでは飲み薬だったが、現実には静脈注射が必要な実在する方法だ。

 薬品が血液を凝固させて血栓を作り、脳や心臓の血管に詰まって脳梗塞や心筋梗塞を起こす。


 注射しても即死ではないので、血栓ができて重要部位に達するまで暫くは生活ができ、犯人はアリバイが作れる。

 死亡確率は恐ろしく高くなるが、若い健康体の場合は必ず死ぬとは限らない。


「痛覚が麻痺するくらいに泥酔させて注射して犯人は離れ、酔いが覚めた被害者が歩き出して暫くしてから倒れるといった具合なのだろう」


 温泉街にも飲み屋が必ず有る。

 泥酔して屋外やホテルのラウンジで酔いを醒まそうとして寝込む者は居る。

 脳梗塞などを発症しても、温泉地の様な人目のある場所なら救急車も早い。

 発見されると、完全に死んでいない限りは症状から【血栓溶解療法】が施されるので、薬品の痕跡は消えると言う。

 病死と判断されれば検視などされないので、注射痕などがあっても調べられずに火葬まで進む。


「コイツ、都内の複数の病院に出入りが有るし、薬品や注射器の入手も裏付けが取れそうだ。警視正には悪いが。いや、厄介払いになるのかな?」


 そうは言っても、全ては推測と状況証拠だけなので、あの探偵が温泉客を突き落とそうとする現場や、酔わせて注射をしようとするのを現行犯で取り押さえなければならない。


「後を追って数ヶ月。未だに尻尾を捕まえられないのは、どういう訳だ?犯人は別に居るのか?」


 人手を割けなかったので彼独りでの単独調査となり、満足のいく尾行はできなかった。

 尾行が十分とは言えなかったが、それでも動き回る以外には不審な行動を見つける事かできなかった。


 風景撮影のフリをして撮った、主だった温泉客の顔写真を警察の顔認証データベースで調べたが、怪しい人物はコノ探偵くらいだ。


「前科は無いが警察沙汰には何度もなっている」


 同確率で温泉地に現れる五人組グループは有ったが、本庁の捜査一課の刑事二人が含まれているので、何かの護衛チームらしいかった。


「多分、あの白人少女がVIPなんだろうな。要人が御忍びで日本の温泉巡りをするのは、実は珍しくない。警護任務に捜査一課が付くのはおかしいから、何か別件なのだろう」


 刑事は、目の前の探偵に視線を戻した。


「犯人は、かなり慎重な様だが、必ず尻尾を掴んでやる」


 未だに人間は物証も無しに、自分の信じた物事が正しいと思い込む、視野の狭い生物でしかなかった。


 そうやって尾行を続ける刑事の胸元で携帯のバイブが起動した。


「おっと、電話か?はい。あぁ、部長ですか。お疲れ様です。えっ?何やってるかって休暇ですよ。ちょっと腰に来てるもんで療養ですよ、長期の休暇願いにハンコ貰いましたよね?ええ。えっ?勝手に捜査するな?所轄には挨拶と世間話をしに行っただけですよ」


 どうやら、この刑事の動向が上司に知れたらしい。


「確かに、面白い話は有りましたけどね?だから拳銃の携帯許可とか取ってないですよね?何を怒ってるんですか?だから療養ですってば。上から話が?知りませんよ。何かの勘違いじゃないですか?」


 あの要人警護の刑事から連絡が行ったのかも知れない。

 顔認証システムの利用は後輩が上手く誤魔化している様だ。


「ゆっくり休ませて下さいよ。仕事の電話来たら療養にならないじゃないですか」


 刑事は、あくまでもシラをきり続けて電話を切った。


 そもそも、こんな捜査に許可が出る筈は無いのだ。

 殺人事件は、被害者が居ても物証や目撃者が居なくては【行方不明】や【事故】として処理される。

 だが、見つけられなかった物証を見つけるのも、刑事の仕事だと彼は思っている。


「俺はあきらめないぞ。必ず尻尾を掴んでやる」


 刑事は物陰から出て、再び探偵の後を追った。


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