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6.妹のプレゼントを探しに

 夏休みが明けて、2学期が始まった。


「はぁ……マジで誰だよ!」


 突き刺すような視線を感じて、振り返る。しかし、そこには人一人おらず、俺の怒りは空虚に響いた。


「優梨が日直だから、今日がチャンスなんて思ったけど、俺一人でいるとつきまとわれるから全然そんなことなかったな」


 9月6日――優梨の誕生日を明後日に控えた9月4日の放課後。俺は誕生日の買い出しに出かけていた。

 ストーカーの件で優梨が四六時中一緒にいてくれたから最近は全く視線を感じていなかったが、優梨がいなくなった途端にこれだよ。まるで俺が一人で行動している瞬間を狙って、観察されているみたいだ。


「お兄さん、どちらに行かれるんですか」


「うぉう!? って奈々さんか」


 思いがけず、落ち着いたアルトボイスに呼び止められる。

 放課後にも関わらず、セーラー服をきっちりかっちり身に纏う生真面目な女の子。肩辺りで毛先が切り揃えられた黒髪が美しい。


「驚き過ぎ。優ちゃんに言えないことでもしてたんですか」


「優梨に言えないっちゃ、言えないな。サプライズしてやりたいからさ」


「ふふ、なるほど。優ちゃんのお誕生日ですか」


「そそ、優梨が生まれてきてくれた記念の日だ。パーっと祝って喜ばせてやりたいんだよ」


「ということはこれから買い出しに行かれるんですよね? 自分もお伴します」


「女子高生の大事な放課後を俺なんかに費やしていいのかよ」


「優ちゃんからのお願いでもあります。日直で一緒にいられない間に浮気をしないか監視して欲しいと」


「俺の信用、全くと言っていいほどなくないか!? ここんとこ浮気を疑われ過ぎだろ!」


「ストーカーを危惧してお兄さんを1人で行動させられないというのが本音だとは思いますけどね」


「俺は優梨一筋なんだ。そうであってくれ」


  奈々さんが俺に付き添ってくれることで優梨が安心してくれるのなら、彼女の申し出は有難い。

  優梨は奈々さんを信頼してるんだな。


「これからどちらに?」


「とりあえず、ケーキとパーティー料理を予約して……あとは誕プレだよな」


 そんなこんなで、奈々さんが買い出しに同行してくれることになった。


 ケーキは、洋菓子店『シュガーメアリー』でホールを予約し、パーティー料理は奈々さんが手配してくれることになった。

 ケーキは前のバッドエンドで優梨の幸せそうな笑顔を思い出せば、『シュガーメアリー』のケーキ以外などありえないだろう。

 パーティー料理は正直何でもよかったので、奈々さんにお願いした。優梨の手作りより美味しい料理などこの世に存在しないのだから考えるだけ無駄である。


「お兄さん、よくあんなおしゃれなお店を知ってましたね。客層のほとんどが若い女性で、しかも、シルヴィー・フォッセのバイト先……もしかして、」


「すーぐ浮気を疑うー。優梨に食わせるんだから、若い女の子に人気の店のほうが気にいるだろ。シルヴィーは……偶然、たまたまだ」


「偶然、たまたまって言い訳の際に用いるのに、便利な言葉ですよね」


「それが事実なんだから、他に言いようがないだろーが。それに周りから見れば俺と奈々さんも放課後デートしてるカップルに見えるんじゃないか」


 大型ショッピングモールの中にあるオシャレなアクセサリー店。店内は、女性客と学生カップルでごった返していた。

 そこに混ざる俺たちもカップルと勘違いされてもおかしな話ではない。外見、内面ともに全く釣り合いの取れていないカップルだけど。


「彼女さんにプレゼントですか?」


 やっぱり店員に間違われたよ。こんな華やかな店、女性でもカップルでもない、陰キャ男が来るはずないもんな。


「彼女……?」


「ぁた……! 奈々さん奈々さん、ごめんって」


 気を利かせてくれた店員の質問に、眉を寄せる奈々さん。俺の腕を抓りながら、不快感をあらわにする。

 そんなに嫌だったんすね。


「プレゼントちゃ、プレゼントなんすけど、大丈夫です。すんません」


「ありがとうございました」


「いえいえ、ごゆっくりどうぞ」


 優しい店員が他の客の対応に行ったのを見て、俺はドヤ顔で、


「ほらな?」


「は?」


 奈々さんは、そんな俺の態度に誇張して表現するとブチギレた。


「あ、いや」


「お兄さんは優ちゃんという本命がいながら、シルヴィー・フォッセにも手を出し、それだけでは飽き足らず、自分の彼氏面までするなんて」


「おいおい、彼氏面したつもりはないが?」


「はぁ……自分は程度の低い男の彼女と勘違いされてしまうような女だったんですね」


「相当嫌だったのはわかるけど、その反応はすごく傷つく」


「カップルがひしめく空間にもう居たくはないので、早く決めてください。お兄さんの彼女と勘違いされるのはもうこりごりです」


「わかってる。奈々さんの助言ももらえたしな」


「助言?」


「店の前で待っててくれ。会計を済ませてくるから」


「助言って、ただ自分は優ちゃんに似合うと思ったから目を惹かれて……」


 小声で何かを呟いて、奈々さんは一足先に店を後にする。


 奈々さんがずっと見つめていた、桔梗をイメージしたアクセントの白いシュシュ。目立ちすぎず、どこか上品さを感じさせるデザインは、大人の女性になりつつある優梨にピッタリだろう。


「奈々さんがいてくれてよかったな。優梨が大好きな俺と奈々さんが似合うって思ったんだ、絶対似合う似合わないはずがない」


 そのことを奈々さんに直接伝えることはないだろうけど。伝えたところではぐらかされるのが目に見えている。お兄さんと同意見なんて侵害です、的な。その光景が目に浮かぶ。

 俺の口でよりも優梨の感謝の言葉ほうがずっといい。


「待たせたな」


「プレゼントは買えたんですか?」


「おかげさまでな」


「おかげさまの意味が理解できませんけど、お兄さんが選んだものでしたら、きっと喜んでくれるんじゃないですか」


 予想通り、はぐらかされたな。

 でも、真っ直ぐに言葉にできない、素直に言葉を受け入れられない距離感が心地いい。優梨もシルヴィーも感情をむき出しにしてくるから、より一層そう感じる。


「だといいんだが。ま、今回のプレゼントは、かなり自信があるから、俺も喜んでくれるんじゃないかって思う」


「自己評価が高いことで。どこからその自信が湧いて出てきているのやら」


「そういうことにしといてやる。それと、これやるよ、付き合ってくれた礼」


「礼って……なんですか、この仰々しいラッピングは」


「無料でしてもらえるラッピングだっての。人にプレゼントするもんだから、ラッピングくらいしてもらうだろ」


「はぁ……自分にも色目を使うなんて最低ですね。プレゼントをもらってもお兄さんには靡きませんから」


 俺の好意を冷たく遇らうのは奈々さんなりの予防線だろう。俺に、なにより優梨に無為な誤解を与えないようにしている。

 そんな言動を取って自分が嫌われるかもしれないという心配は1ミリもない。本当に優梨が第一なんだな。


「大したもんでもないから、靡かせる心配はないな」


「そうですね、確かに杞憂でした」


「実用的だろう? 真面目な奈々さんにちょうどいいだろうってさ」


「付箋程度で決め顔するのはやめてください」


「いや、してないだろ」


 店内の端のほうにあった文房具エリア。どれも手頃な値段で可愛らしく実用性のある文房具ばかりで、女子高生の客が多いのもよくわかる。

 せっかくだからと今日付き合ってくれた礼に付箋を購入してきた。値段が安く、デザインも控えめでシンプルなので、受け取らないなんてことはないだろう。


「そうですか。……変に高い物であれば突き返しましたけど、これくらいならまあ」


「はは、危惧した通りだったな」


「汚い高笑い。心を見透かされたみたいで、ムカつきますね」


「こんだけ一緒に過ごせば、そりゃあな」


「大げさに揶揄するのはやめてください。優ちゃんとの時間に比べれば、天と地の差があります」


「お前の気持ちもわかるけど、トゲトゲし過ぎだからな!?」


「……でも、勉強に役立てさせていただきます。ありがとうございます」


「おう、勉強頑張れよ。あんなジジイ見返しちまえ!」


 奈々さんは、いつも通りの真面目くさった顔で感謝する。けど、どこか嬉しそうで――。


「お兄さんはやっぱり優ちゃんのお兄さんなんですね……」


 小さな声で紡いだ言葉は、俺の耳まで届くことはなかった。

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