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1.デートをすっぽかして

 5月5日9時59分。最寄り駅前の広場にある時計台にて、優梨を待つ。



▶︎デートする


▶︎デートしない



 選択肢は既に出現していて、優梨が集合場所に現れるまで数秒もない。


 間抜けの空だった身体に意識が戻った途端、自分の置かれている状況を次々と察していく。


「デートに行って失敗した以上、後者しかないわな。優梨にあっちまうと心が揺らいじまいそうだし、その前に――」


「あ、お兄ちゃーんっ。おっまたせ〜っ。あ、あれ……? お兄ちゃんどこ行くの〜!」


 鈴を転がすような声が背中から聞こえる。


「許せ、優梨ッ」


「はぁ……う、はぁ……お、お兄ちゃん……私とのデートをすっぽかすのー!」


 これも優梨のため。呼び止められようが俺の決心は鈍ることはない。

 優梨を無視して、そそくさとその場から逃走した。


「シルヴィーで駄目だったんだ。あとは俺が頼れる相手と言えば――いた」


「お兄さん……? お兄さんがどうしてこんなところに……優ちゃんとはぐれたんですか?」


 肩にかかるくらいの艶やかな黒髪が目を惹く低身長の女の子が、向かいから不可解な面持ちで歩み寄ってくる。


「おっ、奈々さん、ちょうどいいところに! 探す手間が省けたぜ」


 ゴールデンウィークにもかかわらず、セーラー服を着こなす奈々さん。リボンを緩めることなく、スカートのウエスト部分を折ることもなく、全生徒の模範となるような格好をしている。

 学校に行く途中だったのだろうか。


「自分を探してたって……お兄さん!? なにをして――」


 奈々さんの手を引く。

 無断で女の子に触れるのは心が痛むが――痛むどころか触れたことが優梨に発覚すれば、命があるかすら危ういけど、緊急事態だ。


「お前に急ぎの用があるんだ。いますぐ手を打たないと手遅れになっちまう!」


「でも、今日は優ちゃんとデートだったんですよね!? それなのにその用事というのは、優ちゃんよりも大切なことなんですか?」


「とにかく、何も聞かず俺に付き合え。目指すは学校だ」


「強引な人。優ちゃんは、こんな人のどこに魅力を感じているんでしょうか」


「存在そのものじゃないか。優しいし、カッコいいし、こんな完璧超人存在しないだろ」


「過大評価も大概にしてください。お兄さんは、優ちゃん以外の人間から見れば、ミジンコと同レベルです」


「いや、冗談に対して、罵倒するなよ……」


「お兄さんからのお願いです。きっと優ちゃんの助けにもなるんでしょう。付き合います」


「俺のことちゃんと理解してくれてんな」


「いいえ、あなたではなく、優ちゃんがいつも語ってくれるお兄さん像に造形が深いだけです」


「優梨のことだから、大げさに盛ってる可能性はあるけどな」


「お兄さんは、優ちゃんが聞かせてるお兄さん像通りの人ですよ……」


「あ? 走りながらだと小さい声は聞こえねーよ」


「スマホはその辺に捨ててください、と指示したんです」


「スマホ? んでだよ」


「優ちゃんは、お兄さんのスマホ端末の位置情報で居場所を把握することができるんです」


「ガチかー、それは気づかんかった。行き先がいつも筒抜けなのは、そういうことかよ。しゃーない、ほいっと」


 スマホをその辺の道端に投げ捨てる。

 これで優梨は俺の追跡が困難になるはず。――いや、俺たちの進行方向に学校があるため、学校に逃げ込んだことが勘づかれる可能性がある。


「それなら……理事長に会いたい。理事長ん家まで案内してくれ」


 奈々さんには、俺らが通う学校の理事長を務める爺さんがいる。

 理事長に米倉先生が経歴詐称をしていることを伝え、対処してもらうのが一番だ。


「お爺様にアポイントメントもなしに会いたいなんて、非常識が過ぎます。でも、それほど緊急を用することであると伝わりました」


「そりゃ、助かる。優梨に忠義を尽くすお前が味方にいるのは心強いな」


「デートすっぽかした相手と行動を共にしている時点で、忠義もなにもないかと。このことが優ちゃんにバレたら、自分は生きていられるかどうか」


「死ぬときは一緒だ。2人なら、怖くないだろ?」


「なんですか、その気持ち悪いドヤ顔は。お兄さんみたいな駄人間と死ぬのは御免被ります」


 今度は、奈々さんに手を引かれて、学校とは反対側の方向に脚を進める。

 奈々さんは陸上部男子と遜色ないほどに脚が速く、引きずられるように付いて行った。その際に、脚がもつれて転びそうになったのは秘密である。


 ………………。

 …………。

 ……。


「ファミレスなんかに来てくれんのかよ」


「この辺りにご用があったらしく、その帰りに寄っていただけるようです」


「なあ、奈々よ。わざわざお前が呼び出すから来てみれば、男を連れているだと? 不純な。そのようなふしだらな女に育てた覚えはないのだが」


 店内の一角で、両腕を組んで鎮座する威圧的な老人。和気藹々と食事をする家族連れとは一線を画す存在。

 彼が高岡高等学校の理事長――美崎 源治である。


「お待たせして申し訳ございません。学友のお兄様でして、お爺様にご用があると」


「お前の口から聞く学友の名は、多知川 優梨1人だが――よもや、多知川の出来損ないが俺を訪ねたとは言うまい」


「その、よもや、でございます」


「……そうか、そうか。クク、これはいい。多知川 優梨を突き動かす男がどの程度の存在か見定めてやる」


 奈々さんの後ろに隠れて、2人のやりとりを見守っていた俺は静かに理事長と対面する。


 頭の天辺から足の爪先まで、食い入るように見られた。

 デートに行く予定だったため服装は問題ないはず。けど、偉い人に評価されるのは緊張する。変なことを口走らなければ、いいが。


「初めまして、美崎 源治。多知川の出来損ないこと多知川 優也です」


 あ、

 見事にフラグを回収した。


「いや、あの別に出来損ないって指摘されたことに苛立ったとかではなくて、カッコいい語感だったのでつい使ってしまったというか……」


「多知川の出来損ないはお前だけを指したわけではない。お前の妹を除く、有象無象を出来損ないと括っている。たかが小娘1人に踊らされるなど、一族のレベルの低さが知れるからな」


「あー……そうですね。優梨以外はみんな馬鹿ですもん」


「クク、ハハハ! これは面白い。そう、その通りだ。彼女と比べてしまえば、誰もが有象無象当然だ。この俺でさえも」


「俺の妹は天才っすから」


「彼女の才を天才という言葉1つで表現できるか危ういがな」


 理事長は、多知川家が滅んだ真相を知っている。知っていて、優梨を高く評価してくれている。

 彼ならば、きっと優梨の味方になってくれるという謎の自信が湧き上がってきた。


「さて、俺に用があったのだろう。話くらいは聞いてやる。口にしてみろ」


「…………」


 提示された選択肢から交渉の進め方を考えようとしていたのが、選択肢が浮かび上がる気配がない。

 この対話は結末に影響を及ぼすほどのターニングポイントになりえないということか。であれば、ここは気軽に交渉できるけど、実際どうなんだろうか。


「どうした。俺もお前に長い時間をくれてやれるほど暇ではないんだが」


「どう切り出せばいいか考えてまして。その……米倉 紬は、中学校以前の経歴を詐称していて」


「お、お兄さん!? どこでそんなことを――」


「……ほう、多知川 蚕のことか。彼女の正体であれば、端から承知している。彼女を泳がせ、将来的に利用したいと考えていてな」


「利用って」


「口が回り過ぎたか。そのことについては、語る必要はあるまい」


「それなら、どうやって、多知川 蚕のことを……?」


「多知川家について調べていくうちにお前たちのほかに生き残りがいると知ってな、それが偶然にも米倉だったいうだけだ」


「米倉先生の真実を知っているなら、話は早いです。彼女を経歴詐称を理由に懲戒解雇していただけませんか?」


「新学期が始まったばかりのいまの時期に教員を1人失うのは惜しい。こちらにメリットがない限りは飲めないな」


 理事長が俺に協力したいと思えるほどの何か。

 ……優梨だ。多知川家を嗅ぎ回っているのも、蚕お姉ちゃんを利用したいのも、きっと優梨に理由がある。それならば、蚕お姉ちゃんよりも優梨を惹くのに適した相手を提示すればいい。


「理事長は、優梨に用があるんですよね? それなら、多知川 蚕より俺を使ったほうがカンタンですよ」


「その言葉を待っていた」


「へ?」


「多知川 優梨を突き動かすには、兄を利用するのが効率がいいのは分かりきっていたこと。願ってもない申し出だ」


「ってことは、蚕お姉ちゃんが懲戒解雇されて、これで優梨も……。どうか、多知川 蚕をよろしくお願いします!」


「自分の学友の兄のために力を貸していただき、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


「多知川 蚕の処分はゴールデンウィーク明けを楽しみに待て。……さて、俺はこれで去るが、お前たちは好きに食べていくといい。口煩い老体がいては楽しめんだろ」


「そんなことは滅相もございません。お時間があるんでしたら、お爺様もご一緒に。あっ……」


「行っちゃったな」


 1万円札をテーブルに置いて、颯爽と自動ドアの向こうに消えていった理事長。

 リーズナブルな値段の料理を提供するファミレスで、この大金をどうしたものかと俺と奈々さんは苦笑いした。


「気を利かせてくれたんだろうけど、金は理事長に返しといてくれよ。俺の都合で呼び出しておいて、こんな大金までもらうのはちょっとな」


「それがいいです。お兄さんはいますぐ血眼になって探している優ちゃんを迎えに行ってあげたほうがいいですし」


「そうだよ、優梨のところに行ってやらなくちゃなんだよなぁ。いや、どっちかっていうと見つけたあとのほうが問題か」


「骨くらいは残してくれますよ」


「死んでる前提なんだなよなぁ」


「それにしても、どこで米倉先生の正体を? 自分ですら、まだ確証を掴んでいないのに」


 痛いところを突かれた。

 前のルートで奈々さん本人から聞いたとは言えない。ここはそれらしい理由で茶を濁すほかないだろう。


「……米倉先生から、なんとなく蚕お姉ちゃんの面影を感じて、そんで理事長の言葉で確定した、みたいな?」


「蚕お姉ちゃんですか。優ちゃんという彼女がいながら、シルヴィーさんに米倉先生と魅力的な女性を侍らせているんですね。汚らわしい」


「相変わらずの毒舌ぅ!? 誤解な! 奈々さん含めてそれなりに親しくなった女の子は片手で余裕で数えられるし、俺は優梨一筋だから!」


「親しくですか、あー、優ちゃんがそんなこと聞いたら悲しみますね」


「すまん。いまのは忘れてくれ……」


「では、最後の質問に答えてください。どうして懲戒解雇に? 姉と慕う相手にするようなことじゃないですよね」


「……ちょっとな」


「ちょっとな、で片付けるには行動理由が不明瞭過ぎます。まあ、優ちゃんのためであることは間違えないんでしょうけど」


「んだよ、わかってんじゃねーか」


「正直、ブラコンのことなんて一切わかりたくはありませんけどね。お兄さんと優ちゃんの関係性を考えれば、それしかないのかなと。このことは、優ちゃんに秘密ですよね?」


「ああ。デートをすっぽかした理由は他のを考えとく」


 奈々さんは、俺たち兄妹の良き理解者だ。彼女が優梨の友達で本当に頼もしい。


 彼女の助力があれば、蚕お姉ちゃんをどうにかできるかもしれないな。

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