6.仮想現実開発 優梨side
お兄ちゃんが蚕ちゃんに刺された後、すぐに奈々ちゃんと先生方が来て救急車を呼んでくれたけど――お兄ちゃんは助からなかった。
お兄ちゃんのお葬式に参加するのはこれで2回目。
でも、あのときと違うのは、シルヴィーちゃんと奈々ちゃんが出席して、お兄ちゃんの死を悲しんでくれていること。
「ユーヤ! ユ、ヤ……っ! う、ううぇんんん……」
「自分がお兄さんに優ちゃんの居場所や米倉先生の情報を伝えなければ、こんなことにはならなかったのに……」
「……ううん。それは結果論だよ、奈々ちゃん」
「でも……!」
「お兄ちゃんだったら、返信のない私を心配して、探しにくるはずだもん。だから、早いか、遅いかの違いじゃないかな」
そう、結果論。お兄ちゃんの死は、結果論でしかないと頭に言い聞かせる。
でないと、足止めもできないシルヴィーちゃんや余計なことしかしない奈々ちゃんをいまにも殺してしまいそうだったから。
「…………」
私のやるべきことは1つ。
お兄ちゃんと私が幸せになる未来を見つけ出すこと。
そのためには、お兄ちゃんの1回目の死のときと同じように――仮想現実を作り、そこにお兄ちゃんの脳の記憶データをアップロードする。そして、成功データを蓄積したお兄ちゃんの記憶データを過去のお兄ちゃんに送る必要がある。
もちろん、私の記憶データも過去の自分に送り、2人で幸せになる。
「クク、クハハ……はっは! やっと俺に協力するつもりになったようだな、多知川 優梨」
耳を塞ぎたくなるくらいの上機嫌な高笑い。
お葬式に不釣り合いな笑みを浮かべる彼は、美崎家の現当主――美崎 源治 。高岡高等学校の理事長にして、奈々ちゃんのお爺ちゃんでもある。
「私はお兄ちゃんとの未来のためにあなたの力を借りたいだけです、理事長」
「それでいい。それで充分だ。天から授けられた才能を利用するには、代価が伴う。だから、困っていたんだ。協力してくれるお前に何をやればいいと」
「理由がなかったら、私も協力してないと思います」
「だが、彼が死んだことで、お前にも俺を利用する目的ができた。利用し合うことで、どちらにも利益が生まれるのであれば、それに越したことはあるまい」
「そうですね」
お兄ちゃんが死んだくれたおかげとでも言いたいのだろうか。
私利私欲のためだったら、人の命をなんとも思っていない。
この人はまるで――私だ。
「これで、これで! 不自由な身体を捨て、精神だけで生きていくことができる」
理事長は、老い先が長くないことを自覚し、自分の教えを残すために身体と精神を分離する研究に取り組んでいる。それでも、いまだ成功には至らず、1年前から天才と謳われる私に協力を打診していた。
当然、私は断ってきた。
これまでは。
お兄ちゃんが死んだいま、その技術が必要になってくる。
「ぜひ協力させてください」
まあ、私がその技術を完成させても、理事長は今回も使うことができないんだけどね。1回目も完成させて、お兄ちゃんが仮想現実内のシュミレーションを終えた後は、全部壊しちゃったし。
「お兄ちゃんの脳は?」
「ホルマリン漬けにし、お前の研究現場に保管してある。彼がお前の原動力であることは承知している。安心したまえ」
「欲しいものとか、必要なものがあったときは?」
「技術提供は惜しまない。必要な物があればすぐに準備させよう」
「そうですか。ありがとうございます」
お兄ちゃんの1回目の死では、脳の記憶をデータ化する技術や仮想現実の運用、脳の記憶データを過去に転送する技術の完成に15年を費やした。
お兄ちゃんのいない15年間は、つらく、悲しく、虚しかった。死んだほうがマシだと思う時期もあった。
けど、作成方法がわかっている今回はそう時間はかからないはずだ。
今度こそ、成し遂げる。
お兄ちゃんと私の幸せの未来のために――。




