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神鳴る世界の転生者 -天壌無窮の英雄譚-  作者: 古葉鍵
第三章 出会いのイト
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第二十六話 君の名は


 昼食を終えて一休み後、いよいよやって来ました幼女のお部屋。

 ちなみにその部屋は貴人用の客室だ。

 同行者はレナと千鳥。

 大人数だと余計なプレッシャーを与えるという理由で、母さんとリーンは来なかった。まあ仕事が忙しいというのもあるのだろう。


 重厚な作りのドアの前で立ち止まり、一度大きく深呼吸する。

 ……よし。


「行こうか」


 レナに声をかけてから、ドアをトントンとノックする。

 言葉が通じないとの事なので、入室許可の声は期待できない。なので十秒ほど間をおいてからドアを開ける。


「失礼しまーす……」


 無言で入るのは気が引けたので、一応ひと声かけながら入室。とてとてと部屋の中に踏み込んだ。

 俺に続いてレナも入室し、ドアが閉まる。数歩進んだところで足を止め、室内を見渡した。

 部屋の広さは二十畳くらい。貴人用客室なだけあって、室内の家具や調度品は質の良いものが揃っている。


 下手したら俺の部屋よりも金かかってるかもな……。

 微妙に敗北感を覚えつつ、幼女の姿を捜すも見当たらない。

 留守か? と思ったが、天蓋付ベッドの柱の陰でうずくまり、ぷるぷる震えている小さな人影を発見した。


 かくれんぼをしているのでなければ、来訪者――俺たちに怯えて隠れているのだろう。

 まあ幼子が見ず知らずの場所にひとり放り出されて、平然としていられるわけがないか。


 ひとまず少女を刺激しないようゆっくりと移動し、その姿を確認する。

 体格はかなり小さい。多分だが、俺よりも背は低いだろう。

 顔は伏せられていて見えない。だが烏の濡羽色をした艶やかな長髪が美幼女かもしれないとの期待を抱かせる。


 服装は裾がひらひらした紅白の……ってこれ、巫女装束?

 幼女は上半身に薄手で絹っぽい質感の白い衣を羽織り、下半身には丈が長い緋色のスカートのようなものを穿いている。

 見た感じ、まんま千早と緋袴だ。

 もっとも、刺繍とか裾の作りとか細部はだいぶ違うが。


 髪の色といい、この幼女は日本人なのか? まさか転移者?

 あるいは日本によく似た文化と人種の国から来たという可能性もあるな。

 いずれにせよ、俄然この幼女に対して興味が湧いてきた。

 なんとしてでもこの異文化交流を成功させなければ。


 とはいえ、怯えてる幼女にぐいぐい迫るのは美しくない。

 時間が経てば少しは落ち着くかもと、その場で待機する。

 従者の立場で臨んでいる為か、背後のレナも黙って控えている。俺に抱きかかえられている千鳥も、事前に言い含めておいたので大人しい。


 そうして数分待ったが、幼女は一向にベッドの陰から出てこようとする気配を見せなかった。

 埒が明きそうにないので、仕方なく声をかけてみる。


「あのー……お嬢さん?」


 途端、「ひぅ……」と幼女は小さく悲鳴を漏らした。そしてますます小さく縮こまり、体の震えが酷くなる。


 あー……まいったな。これじゃ俺が苛めてるみたいじゃないか。

 どうも想像以上に臆病な子らしい。

 これはどうしたものか……あ、そうだ。

 物は試しと言うし、日本語で話しかけてみるか。


『あのー、君ってもしかして日本人?』


 再度声をかけると、幼女はビクッと大きく身を震わせた。そしてゆっくりと顔を上げる。

 その際、幼女の視線が千鳥のところで一瞬止まり、表情がわずかに和らいだ。

 くくく、やはり可愛いものには弱いようだな。計画通り!


 ようやく目にした幼女の顔立ちは、びっくりするほど整っていた。

 しかも前世で言うアジア人に近い、オリエンタル美形だ。

 怯えているせいか気弱そうな印象を受ける。

 嗜虐心をそそるというか、俺が年齢通りの子供だったら虐めたくなったかもしれない。いわゆる小動物系ってやつ?


 それはともかく。

 日本語に反応したっぽいし、やっぱりこの子、日本人か?


 いや、予断はよくないな。それを確かめるためにもまずはコミュニケーションだ。


『……言葉、通じてる?』


 訊ねると、幼女は俺をじっと見つめてから、小さく頷いた。

 表情からはまだ怯えや警戒の色が見て取れるが、話ができる程度には落ち着いたようだ。


『良かった。えっと、君に危害を加えるつもりはないから安心して欲しい。それで、少しお話したいんだけど、いいかな?』


 なるべく優しく友好的に、言葉を選びながら話しかける。幼女はふたたびコクリと頷き、ゆっくりと立ち上がった。

 会話する気になってくれたらしい。


 同意を得たところで、質問を続ける。


『ありがとう。それじゃ、まずは自己紹介から。僕の名前はライオット。年は七つで、この家の子供だよ。後ろの女性は僕の側付きのレンシエル。良ければ、君の名前も教えてくれないかな?』

『……おりは。天津夏(あまつか) 織羽(おりは)……』


 幼女はわずかに躊躇いつつも、小声で呟くように答えた。


 オリハ、か。

 漢字読みっぽい響きもそうだが、姓が最初に来るというのも日本と同じだな。


『えっと、オリハ、が名前でいい……のかな?』

『……はい』


 「うん」じゃなくて「はい」か。育ちの良さを感じるな。


『じゃあ、オリハ。立ったままお話するのは疲れるだろうから、まずは座らない? 君はそのベッドに、僕らはこっちのイスを使うから』


 そう提案して、ベッドと近くにあるテーブルチェアを順に指差す。

 異存はないようで、オリハは素直に頷いてベッドに腰かけた。

 俺もレナに目で合図し、テーブルチェアをベッド近くまで持ってきてもらい、座る。

 幼女の視線がちらちら俺の太ももの上、千鳥に向くのがわかった。


『……この子、気になる?』


 問いかけると、オリハは少し逡巡してから、コクンと頷いた。


『そっか。なら抱いてみる?』


 再度問いかけると、オリハはパアッと顔を綻ばせ、コクコクと首を縦に振る。

 なんというか、小動物に餌付けが成功したような気分だ。


『ではどうぞ。千鳥、大人しくね』

「チィ」


 イスから降りて近づき、オリハの前に千鳥を差し出す。

 オリハはおずおずとした手つきで千鳥を受け取ると、胸元に引き寄せてきゅっと抱きしめた。その表情はもちろん笑顔だ。

 うむ、実に微笑ましい。やはり幼女は人類の宝だな。


『さて、落ち着いたところでお話しよっか。最初はオリハの事情を聞かせてもらう事になるけど、構わない?』

『だ、大丈夫……です』


 ほぼ無言で頷くばかりだったオリハが、言葉で了承した。

 それなりに心を許してくれたのだろう。千鳥のおかげだな。


『ありがとう。それじゃ、まずは……』


 尋問的にならないよう気をつけながらオリハに質問し、情報を引き出してゆく。

 その結果判明した、オリハの事情はこうだ。


 オリハこと天津夏織羽の出身地は、照和神皇国という名の島国。

 身分は高く、天津四季家と呼ばれる貴族の生まれである。

 天神(天空神ヤハヌスの事っぽい)の祝福を受けて生まれたため、将来の巫女皇(宗教のトップ?)候補とされた。

 男子禁制の環境で育ったため、肉親以外の男は苦手。でも俺くらいの小さい子ならまだしも平気らしい。

 箱入りお嬢様だが、蝶よ花よ……とはいかず、厳しい修行と教育を施されて育った。

 そして数ヶ月前。七歳の誕生日を祝うため、巫女の修行の場である聖地から帰郷する際にそれは起きた。

 突如襲撃してきたザッカーク一味(異国人たち)の手によって拉致されてしまったのだ。

 織羽は眠らされ、気がつけば船の中に監禁されていた。

 海の上では逃げる事も叶わず、これからどうなるのかと絶望で戦々恐々としているうちに、ここへ連れて来られた。


 うーむ……幼くして大変な身の上というか、苦労してきたんだなぁと同情しきりである。

 憎むべきはザッカーク(あのクソマッチョ)か。ワールドワイドで人様に迷惑かけやがって。ここで始末しておいて正解だった。


 織羽が攫われたのは、おそらく天空神の使徒である事が理由だろう。

 それでどこかの国か組織に売りつけるつもりだったのではないか。

 大きな力を持つ個人とはいえ、いまだ幼い子供。懐柔する方法などいくらでもある。

 どうしても従わぬようなら、最悪、奴隷にしてしまえばいいわけだしな。まあその場合、神罰とか下りそうで怖いが。


 それはそれとして。

 話を聞く限りでは、日本とはまったく関係がないようだ。残念。

 偶然と言うには出来過ぎてる気がしなくもないが、たまたま言語や文化が似ていただけらしい。


 いちおう念のため、個人情報を確認しとくか。


 《種族》人種・人間族

 《名称》天津夏 織羽

 《性別》♀

 《年齢》七

 《霊格》六四五

 《強度》一一

 《祝福》天空神ヤハヌス《天変万化(ドミネイトウェザー)

 《称号》四季姫

 《状態》


 予想はしてたが、やはりとんでもないな……。

 霊格も規格外だが、祝福の内容がヤバイ。

 天候操作ですよ天候操作。オマケに特定の精霊を使役できるという、擬似精霊使い的能力まで付いている。

 これ悪用したら、国の一つや二つは簡単に滅ぶんじゃないか?

 天空神め、なんて能力を個人に持たせるんだ。そりゃ狙われるわ。

 他国に知られたら拉致か暗殺待ったなしだよ。


 これは正直、いち貴族(ウチ)の手には余るな。

 イシュタリアと照和神皇国とやらの関係次第では火種になりかねん。

 まあ織羽の存在がバレなければ大丈夫だろうが……むーん。

 彼女の処遇に関しては、母さんに要相談だな。

 個人的には、本人の希望を叶えてあげたいところだが。


『織羽は、これからどうしたい? 故郷に帰りたい?』


 そう訊ねると、織羽は暗い表情をして俯いた。

 自分の今後について悲観したのかもしれない。

 ちょっと無神経な質問だったか。でも聞いておく必要はある。


『戻りたくは、ないです』


 しばしの沈黙の後、織羽がポツリと呟いた。

 

 予想外の返答である。

 幼子なら何を置いても故郷や家族の元に帰りたいと願いそうなものだが。


『嫌でなければ、理由を聞いてもいい?』


 無遠慮に踏み込みすぎかとも思ったが、これもまた必要な質問だと割り切った。


『……織羽が戻ったら、きっとまたみんなが喧嘩します。あねさまにも嫌われます。織羽は……織羽はいない方がいい人間なんです』

『…………』


 思いつめた表情の織羽の回答を聞いて、俺は返す言葉を失った。

 どうやら相当に重い事情があるらしい。

 気にはなるが、他人がこれ以上突っ込むべきじゃないな。


『そっか。じゃあ織羽、しばらくウチで暮らさない?』


 そう提案すると、織羽はハッと顔を上げた。


『……いいのですか?』


 真意を測るような目で俺の顔を覗き込み、問い返してくる織羽。

 脈ありと見た俺は、ここぞとばかりに猛プッシュする。


『うん。同い年だし、僕たち仲良くなれると思うんだ。賑やかな方が母さんも喜ぶと思うし。どうかな?』

『……あの、修行とかさせられたりしないですか?』

『え、修行?』


 なんか妙な事言い出したぞ。


『えっと、滝で水垢離とか、断食して一日中瞑想とか、神楽舞しながらひたすら祝詞を唱え続けるとか、です……』


 ……おい。貴族(うち)を一体なんだと思ってるんだ。

 この幼女、年の割に大人びた良識人だなと思ってたが、どっか変だな。


『いやそんなのないから。まあ、こっちの言葉(中原共通言語)を覚えるための勉強くらいはしてもらうと思うけど』

『で、では、ずっと部屋にいても怒られたりしないです?』

『しないしない』

『なんと……素晴らしいです。ずっと引き篭もってていいなんて、まるで理想郷です……』


 目をキラキラさせてうっとりとした表情を浮かべる織羽。

 引き篭もりが理想とか言動が酷い。

 そこはかとなくダメ人間臭がしてきたぞ。


『あー、気に入ってもらえたなら良かったよ。とりあえず、了承してくれたって事でいいのかな?』

『あ、はい。もちろんです』


 織羽は抱いていた千鳥を脇に置き、ベッドから立ち上がった。そして腰の前で両手を重ね、深々と頭を下げる。


『ふつつかものですが、よろしくお願いします……あにさま』

『……あにさま?』

『あ、それはその……お世話になると決めた以上は、きちんとした呼び方をと……えっと、旦那様の方がよろしかったですか?』


 兄呼ばわりはともかく、なぜ旦那様……

 あと十年、お互い歳を取っていたらグッと来たかもしれんが。

 媚びてる感じはしないし、単に天然さんなだけか?


『い、いや、兄様でいいよ』

『はい。ではそのようにお呼びしますね、あにさま』


 織羽は嬉しそうな笑みを浮かべて応諾し、ベッドに腰を下ろした。そして再び千鳥を膝の上で大事そうに抱きかかえ、撫でる。

 よほど千鳥が気に入ったらしい。千鳥も千鳥で満更ではなさそうだ。浮気ものめ。

 てかどちらも天空神の関係者だから、相性が良いのかな。


「イオ、お話はできたの?」


 俺と織羽の様子から、会話がひと段落したと見たのだろう。レナが話しかけてきたので簡単に説明する。


「うん。彼女の事情について色々聞いたよ。名前はオリハ・アマツカ。照和神皇国っていう東にある国の貴族の子らしい。ザッカーク一派に攫われてここまで連れてこられたみたい」

「そう……やはり攫われてきた子だったのね。まだ幼いのに、そんな目に遭うなんて……可哀想な事だわ。ザッカークのような悪人は悉く天罰を受けて滅べばいいのに」


 俺の話を聞いたレナは織羽に憐憫の眼差しを向け、痛切な口調でそう言った。

 台詞の前半はレナらしいが、後半は珍しく毒舌である。まぁ俺も同感だけど。


「それはそうと、イオって他国言語を話せたのね。博識のシャルでさえ知らなかった国の言葉なのに。それも聖賢神様の加護?」


 沈んだ空気を変えるためか、レナは話を変えた。俺に視線を戻し、興味深そうな表情で訊ねてくる。

 詮索というよりは確認といった感じだ。


 当然と言えば当然の質問。

 聞かれるだろうなと予想していたので動揺はない。

 俺は頷き、用意しておいた回答を口にする。

 レナを欺くのは心が痛むが、こればかりは仕方がない。


「うん、多分ね。オリハと話したいと思ったら、自然と言葉が口をついて出てきたんだ。それと彼女が喋った言葉も理解できたよ」

「そうなんだ。さすがは聖賢神様の加護と言うべきかしらね」

「アハハ、まあね」


 素直に感心するレナに、俺は乾いた声で同意した。

 罪悪感でもう俺のライフはゼロである。


 その後、俺は通訳と聞き役に回り、レナと織羽の交流を図った。

 最初は人見知りして言葉少なめだった織羽も、話が進むにつれ緊張が解れたのか口数が増えていった。

 最後には「レナねえさま」と親しく呼ぶほどになった。

 レナもレナで、織羽に強請られて耳を触らせたりしていた。

 なんでも織羽の故郷にエルフはいないらしく(存在は知られているらしい)、初めて会えて感動したとの事。


 こうしてファーストコンタクトは成功裏に進み、気が付けば夕方近くまで話し込んでいた。

 織羽にすっかり懐かれてしまった俺とレナは、明日も会いに来る事を約束して部屋を辞した。

 この調子なら他の皆と打ち解けられる日も近いだろう。

 そんな確信と満足感を抱きながら、俺は軽い足取りで自室へと戻った。


ひと段落(一段落)⇒本来は誤読で、〝いち〟段落という読みが正しいです。

三人称なら一段落、あるいはいち段落と表記しましたが、一人称なのでひと段落と書きました。

話し言葉的にはひと段落という読み方は許容されてますし、個人的にもこちらの方がしっくり来るので。

細かい事ですが念のため。


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