第二十四話 四者面談
部屋に入ってきた母さんは落ち着いた様子だった。
子煩悩な人だから、俺が目覚めたと聞いたら血相を変えて部屋に飛び込んで来るくらいはしかねないと思っていたのだが。
心配されてないのかな? と思うとちょっと落ち込む。
そして予想通り、リーンも一緒に来ている。
こちらは少々表情が優れない。思いつめているという程ではないが、多少なりとも責任を感じているのだろう。
しかし成り行きの大部分は俺のわがままと読みの甘さに起因する。彼女にも迷惑をかけたなと大変申し訳なく思った。
ベッドの枕元までやってきた母さんは、前屈みになって俺の頭を抱え、胸元に引き寄せる。
「イオ……無事で本当に良かった……」
母さんの切実な声を聞いて、俺は自分の思い違いを知った。
息子が危険な目にあって死にかけたのに、愛情深きこの女性が心配しなかった訳がない。心を痛めなかったはずがない。
表面上は取り繕っていても、内面はきっとギリギリ精一杯なのだ。
心配されてないのかな? なんて、ちょっとでも思った俺が愚かだった。
「……心配かけてごめんなさい、母さん。僕はもう大丈夫だから」
「そう……イオは強いわねぇ」
できるだけ気持ちを込めて謝罪の言葉をかけると、母さんは俺の頭を解放して柔らかく微笑んだ。そして俺の頭を優しい手つきでよしよしと撫でる。
その包容力と母性に一瞬、惹き込まれそうになった。
いささか不謹慎な表現だが「バブみを感じてオギャりたい」とはまさにこういう瞬間の事を言うのだろう。
精神年齢的に言うと、母さんは俺の年下だしな……。
「とりあえず立ち話も何だし、みんな座って」
しんみりとしかけた空気を変えるため、努めて明るい声を出して皆を促す。
ちなみにベッド横には小さな丸イスが三つ、いつの間にか用意されていた。ついさっきまでは一つしかなかったはずだが……。
たぶんレナがやってくれたんだろう。彼女はよく気が利くし、使用人的な配慮や手腕も優れているから。
「イオ、やんちゃはほどほどにしないとダメよ~?」
気品ある仕草で丸イスに腰を下ろした母さんが、最初に口にしたのはそんなお叱りの言葉だった。
声と表情が穏やかなので、怒られてる感は皆無だが。
なお枕元に近い順で母さん、レナ、リーンが座っている。
「はい、反省してます。今回は色々と軽率でした」
俺は素直に自分の非を認め、頭を下げた。
色々と言い訳の余地はあるが、進んで危険に首を突っ込んだ事だけは弁解のしようがない。
まあ俺が介入しなければリーンがヤバかっただろうから、結果論としては正しい選択だったと思うけど。
「うんうん。何が悪かったのか、解っているのならいいの~」
機嫌良くそう言って、満足そうに微笑む母さん。
「無茶をしたのはいけない事だけどぉ。イオがお父さんの無念を晴らしてくれたのは嬉しいわ~。よく頑張ったわねぇ、イオ」
「母さん……」
褒めてもらえたのは嬉しい。だが口で言うほど母さんが喜んでいるとは思えなかった。
強かなところもあるとはいえ、母さんは温和で心優しい女性だ。 夫の仇であるザッカークに恨みがない訳ではなかろうが、殺してやりたいとか復讐したいとまでは考えていなかっただろう。
「ザッカークを討てたのはイオ様のお力があったればこそです。ご立派でした。きっとお父上も泉下で喜んでおられる事でしょう」
母さんに続き、リーンも表情を明るくして俺を褒めた。
こちらは純粋に喜んでくれていると思う。
父さんの仇討ちを最も希求していたのは彼女だろうし。
「そうね。アレはイオがいなければどうしようもなかったわ。……でも、私は褒めないし喜べない。イオがあんな目に遭うくらいなら、義務だの因縁だのは投げ捨ててでも逃げるべきだったと今でも思ってるわ」
「…………」
場に冷水を浴びせるようなレナの言葉に、皆が沈黙する。
「イオが戦うのを同意した私に、こういう事を言う資格はないかもしれないけど……イオ、あなたはまだ七歳なのよ? いくら精霊の力があるからって、殺し殺されるような戦いなんてするべきじゃないわ……!」
レナは胸元で堅く両手を握り、悲痛な声で訴えた。その姿を見て、彼女にどれほどの心配、心労をかけてしまったのかを理解した。
気絶する直前に聞いた、レナの絶叫とも言える悲鳴を思い出す。
自惚れかもしれないが、レナは俺の事を掌中の珠のように大切に思ってくれている。
そんな存在が目の前で両足を失い、死にかけたりすれば……うん、軽くトラウマになるな。
それにレナの言う事は正論だ。
本来護られるべき存在である幼子が殺し合いに身を投じるなど、道義的にあってはならない事なのだから。
母さんとリーンが目で「何とかしなさい!」と俺に訴えている。
確かに、これを放置したらレナがヤンデレを悪化させそうだ。
フォローしとかないと。
「えっと……今回、レナにはとても心配をかけてしまったよね。ごめんなさい」
「そうよ! イオがいきなり両足を失って屋根から落ちたとき……イオが死んじゃうかと思って怖くて怖くて胸が潰れそうだったんだから!」
やにわに興奮してがーっと言い募るレナ。どうやら相当溜め込んでいたらしい。俺の発言が呼び水となったようだ。
「イオ様。レナはその……イオ様が気を失われた後、正体をなくすほど狼狽えて大変だったのです」
「ちょっ、リーンあなた!?」
レナがぎょっとしてリーンを睨む。
「事実だろう。イオ様のお体に取り縋って、そこらの小娘のように大泣きしてたではないか。おかげで兵たちも近づけず閉口してたぞ。応急処置を施す判断力と手際は見事だったが」
「うぐぐ……!」
「まあ、気持ちはわかる。私もあのときはだいぶ肝を冷やした。もしあのままイオ様がお亡くなりになっていたら、私も喚いて暴れるくらいの醜態は見せていたかもしれん」
顔を真っ赤にして唸るレナを一瞥して、リーンは淡々と胸のうちを語った。
レナの動揺についてはさもありなん、と言うしかない。というか、ここで俺がコメントしたらレナの怒りが有頂天だ。
気を抜くとニヤけそうになる顔を引き締めておかないと。
「それで、ですが……あのとき、イオ様は両足を失うという重傷を負いました。しかし、イオ様が気を失われて少し経った後に、足の切断面の肉が盛り上がり始め、あっという間に完全再生してしまったのです。この現象について、イオ様は何かお心当たりはありませんか?」
話の流れ的にちょうど良いと思ったのか。リーンがやや緊張した面持ちで訊ねてきた。
取りようによっては人かどうかを疑うようなナイーブな質問なので、リーンも慎重になったのだろう。
四肢を再生させるなんて、どう見ても普通の人間じゃないしな。
動揺するといらぬ不審を招きそうなので、努めて平静を装う。
「それは加護の力だよ。僕には、戦冥神ルドヴァから授かった復活の加護があるんだ」
その告白に、三人が瞠目した。
「やはり……そうでしたか。あれほどの奇跡、神の恩恵あっての事だと思っておりました」
「すごいわイオ! 本当に八大神の加護を授かっていたのね!」
「あらあら~、それは素晴らしい事ねぇ」
一瞬で微妙な空気が払拭され、三人とも色めき立つ。
すごい食いつきだ。これが八大神のネームバリューの力か。
何にせよ皆に喜んでもらえて俺も嬉しい。
この際だから話せる事は全部カミングアウトしとくか。秘密主義が過ぎるといつか痛くない腹で自爆しそうだし。
病人扱いされてる今なら、追及も軽いもので済みそうだしな。
「えっと……精霊使いになった件も含めて、黙っていてごめんなさい。実は他にもいくつか隠してた事があります」
神妙な口調と態度で切り出すと、三人の怪訝そうな視線が俺に集中する。
「千鳥、おいで」
「チッ!」
呼びかけると、三人とは反対側のベッドの横から千鳥が飛び乗ってくる。
三人が来室した際、いったんベッド下に放しておいたのだ。
俺は千鳥を抱きかかえ、三人に告げる。
「千鳥は普通の鳥じゃないんだ。雷皇鳥と呼ばれる、天空神ヤハヌスの眷属である神獣なんだよ」
「!」
三人の顔に動揺が走る。
特に驚いているのがレナで、これは予想通り。リーンと母さんは少し眉をひそめた程度だ。
「最初から説明するね。事の起こりは先日の嵐の晩。僕は精霊に誘われ、外に出た。そして雷精と契約して精霊使いになったんだけど……それだけじゃなかった。雲海から降りてきた雷皇鳥に襲われたんだ」
「何ですって!?」
ガタン、と丸イスを倒す勢いでレナが立ち上がる。
俺の話がよほど衝撃的だったようだ。
レナは俺と雷皇鳥が瞬間的な遭遇をしただけだと思っていただろうからな……嘘の説明をした事については後で謝っておかないと。
「落ち着いてレナ。ほら、僕はこうして大丈夫でしょ?」
無事をアピールして宥めると、レナは渋々といった様子で丸イスを立て、再び座った。
「それで雷皇鳥と戦いになって……僕が勝った。雷皇鳥は炎の中に消え、僕も死にかけたけど、戦冥神ルドヴァが加護を授けてくれたおかげで生き延びた」
いったん言葉を止め、間を置く。話の内容を咀嚼する時間を与えるためだ。
三人は食い入るような目で俺を見つめ、無言で話の続きを促す。
「千鳥と出遭ったのはその数日後。そのへんの経緯はすでに皆も知ってるよね。で、遭遇状況から千鳥が雷皇鳥の転生体なんじゃないかと疑ってたんだけど……聖賢神アプロデウス様が正体を教えてくれたんだ」
「聖賢神!?」「アプロデウス!?」
レナとリーンが見事なコンビネーションで驚愕の声をあげた。
やっぱ驚くよね。
「夢の中で出てきてさ。千鳥の件以外にも、祝福や加護の事とかも詳しく教えてくれたよ。いやあ、実に気さくな神様だったな」
おかげで威厳とか神秘性は微塵も感じなかった。
「い、イオ……聖賢神様とお話したって、それ本当?」
「うん。……あ、でも、自己申告だから絶対間違いないとまでは保証できないけどね」
「そ、そうなんだ……だとしたら、これは大変な事よ、イオ。聖賢神様と直接お言葉を交わしただなんて、教会に知られたらきっと大騒ぎになるわ。場合によっては、聖人認定もありうるかも……」
あるいは信じてもらえず、異端審問にかけられる可能性もあるが。
いや異端審問なんてのがあるかは知らんけど。
「い、いや。さすがに聖人認定まではいかないだろう、レナ。事実かどうか証明しようがないし、何より聖賢神様の祝福か加護を受けている事が資格として必要だったはずだ」
「あら、そうなの? 意外と教会事情に詳しいのね、リーン」
「あ、聖賢神様の加護なら持ってるよ、僕」
この流れなら言える。俺はさらっと新たな爆弾を投下した。
『……はぁ!?』
つかのま硬直してから、二人はふたたび驚愕の声をあげた。
大らかな母さんもさすがに目を丸くしている。
「これも聖賢神様から聞いたんだけど、実は僕、何年か前に加護をもらったらしくて。ほら、僕って色々妙なこと知ってるでしょ。それが加護によるものだったんだ」
嘘も方便。
長年「なぜか知ってる」という胡乱な理由でごまかしてきた前世由来の知識を加護のせいにする。これはさきほど一人だった時に思いついたアイデアだ。
加護をくれたのが《智》を司る神なのだから、一定の説得力はあるはず。
そもそも、聖賢神の加護について真実など言えるはずもない。
もらえた理由は前世の知識の代償です、とか、加護の効能は個人情報の取得です、だなんて。
「そうだったのねぇ。イオったら、神様にも大人気でお母さん誇らしいわ~」
「だ、大人気って……そういう問題じゃないでしょ……」
事の重大性を解っているのかいないのか。母さんのとぼけた発言に、レナが疲れた口調でツッコミを入れた。
「いや、シャルロット様の言はもっともだ、レナ。八大神の加護を二つも得た個人など前代未聞。それだけに、イオ様を神の寵児と呼ぶのがいかにも相応しいと私は思うが。……うん? 加護が二つ?」
母さんをフォローしたリーンが、台詞の最後で首をひねった。
彼女が抱いた疑問にピンときた俺は先んじて説明する。
「祝福はひとりにつき一つだけど、加護は複数得ることができるらしいよ。ただ、それには霊格が高くないとダメなんだって。だから一般的には祝福も加護も一つずつっていう制限を設けてる、って聖賢神様が言ってた。僕はまぁ、その制限の例外になるのかな?」
「なんと、そういう事情が……それでしたら納得です。規格外の存在位階を有するイオ様なら、そういう事もありうるでしょうね」
感動したような面持ちでうんうん、とリーンが頷く。
どうやら傭兵ギルドでの一件はすでに伝わっているようだ。まぁ話が早くていいけども。
「なんだか、イオの話を聞いてたら頭が痛くなってきちゃったわ。もうありえない事ばかりで……はぁ」
片手の指先で額を押さえ、目を瞑って重くため息をつくレナ。
その気持ちはわかる。
逆の立場だったら、俺だってため息の一つも吐いただろうし。
「それで、他に話したい事は? 隠してる事はない?」
「う、うん。これで大体のことは話したよ」
「……大体?」
「いえ、全部です。隠し事はもうありません。サー」
座った目つきで追求してくるレナの迫力に震え上がりながら、俺はコクコクと頷いた。
実際、絶対の秘密である転生の件以外はすべて話して……あ。ウルディポーの祝福の説明がまだだった。
まあこれについては詳細がわからんし、言ったらレナの頭痛を余計酷くさせそうだから黙っとこ。
バレた時は「な、なんだってー!?」と、俺も初めて知った風でごまかせ……るといいなあ。
書き溜めのストックががほぼ切れたので次回から不定期更新になります。
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