第十六話 法の番犬
注:リーン視点
獣の速度で街中を疾駆する。
街路を走り抜け、水路を飛び越え、住宅の外壁を蹴って屋上へと飛び移る。そうして目的地に向かって一直線、道なき道を往く。
街の人々が何事かと驚いた顔で振り返り、爆走する私を見送る。
市井の平和を乱してすまないと思うが、一刻を争う事情がある。住民感情を斟酌する余裕はない。
私が目指している場所は人攫い共の巣窟こと、異国の奴隷商人が所有する商船だ。引いてはその船が停泊中のエトラニアの港湾区。
時を置いては襲撃の失敗を悟った犯罪者共の逃亡を許してしまう。
これから海上封鎖を手配してもおそらく間に合わない。そして先に海上に出られては厄介だ。
あと二時間もすれば日が落ちる。エトランジェ家所有の軍船で追跡しようにも、夜闇の中ではすぐに船影を見失ってしまうだろう。
エトランジェ家に、イオ様に仇なした輩を逃してなるものか。
強い決意と僅かな焦燥に駆られながら、私は先ほどイオ様と交わしたやりとりの事を思い出していた。
「イオ様! ご無事ですか!?」
「うわぁ!?」
息せき切って現場に着地した私を出迎えたのは、イオ様の悲鳴と驚いた顔だった。
おいたわしい、どうやら襲撃者共のせいでかなり神経質になっておられるようだ。
「リーン……なんて登場のしかたしてるのよ」
イオ様の傍に立っているレナが私に呆れた顔を向けた。
「仕方あるまい。こっちの方が近道なのだ」
私が通ってきたのは街路ではない。主に住宅の屋根だった。
道伝いに進むより、そちらの方が一直線に目的地に急行できる分、早く到着できるからだ。
その代償として、私の機動についてこれない部下たちを置き去りにしてしまったが。
まあ応援部隊は兵長が代理で率いるだろうし、私ひとり先行したところで何の問題もない。
「そういう事を言ってるんじゃないの。せめて声をかけてから飛び降りるなり、普通に路地から現れるなりしなさいって事よ。心臓に悪いわ」
レナが顔を片手で覆い、これみよがしにため息を吐く。
まったく、非常時でも相変わらず小さい事をネチネチと。シャルロット様のおおらかさを少しは見習って欲しいものだ。
「ふむ、気が利かなかったのは謝罪する。それで、イオ様は大丈夫でしたか? お怪我などございませんか?」
レナとの不毛な会話を打ち切り、会話の相手をイオ様に移す。
あしらわれたと思ったか、レナがむっとした表情を浮かべるものの、何かを言ってくる気配はない。
言い合いをしている状況ではないと弁えているからだろう。
そういった判断力や自制心は素直に評価できるのだが……いや、今はそんな事を考えてる場合ではないか。
「うん、軽い打ち身くらいで大した怪我はないよ」
「まさかあの者共、幼いイオ様に危害を加えたのですか!?」
イオ様の返答に驚いた私は、ある方向に顔を向けながら訊ねた。
私の視線の先にいるのは、傭兵風の格好をした数人の男たち。
座っている者もいれば、横たわっている(気絶中?)者もいる。
彼らが今回の事件の下手人だという事は、状況を見ればすぐに判った。
「えっ? まあ、うん、多少ね」
何という事を……犯罪者どもめ、絶対に許さん!
法で裁くなど手ぬるい。私がこの場で八つ裂きにしてくれる。
「そうですか……では死罪は免れませんね。牢屋にぶちこむのも手間ですし、腐った豚共はここで屠殺しておきましょうか」
「いやしちゃダメだよ!?」
「認めたくはないけど、さすが法の番犬ね。見事な裁決だわ」
「いやいやいや、レナまで何言ってるの。現場判断で処刑とかないから。それじゃただの私刑だよ」
「私が法です」
「確かにエトラニアの司法長官はリーンだけど! ああもう過保護こじらせすぎでしょ! とにかくここでの処刑はダメ、却下!」
「残念です……」
被害者であるイオ様にここまで反対されては是非もなし。私は断腸の思いで豚の処分を諦めた。
「とにかく、今はそんな事よりも、リーンに急ぎやって欲しい仕事があるんだ」
疲れた顔から一転、凛々しい表情を浮かべたイオ様が私を見上げてそう仰った。
「はっ、イオ様のご命令とあらば喜んで。して、どのような?」
私もまた気持ちを切り替え、拝聴の姿勢を取る。
「リーンの到着前に、捕らえた襲撃犯たちを締め上げて事情聴取したんだけど。どうやら連中はただの実行犯で、襲撃を命じた黒幕がいるみたいなんだ。リーンにはそいつの確保を頼みたい」
イオ様の言葉に私はなるほど、と納得して頷いた。
護衛付き貴族を襲うなど、あまりにリスクが高い。そこらのゴロツキ程度がそうそう行うような犯罪ではない。
つまりこの襲撃事件は相応の相手――具体的には組織力や資金力、権力などを備えた個人ないし組織――が背後にいると考えるべきだ。
「承知しました。それで、黒幕の正体と居所は判明しているのですか?」
「うん、それも聞き出してある。だいぶ脅して吐かせた情報だから、信憑性はそれなりに高いはずだよ。詳細は……」
イオ様が提供して下さった情報によると。
黒幕は異国の大物奴隷商人。エトラニアには奴隷貿易の中継地として寄港した。
それで街に出たところ、見目麗しいエルフ少女を発見。 これを好機だと考えた奴隷商人は、お抱えの傭兵部隊に指示して襲撃を実行させた。
誘拐が成功したら即時出航し、事件が明るみに出る頃には遠い海の上。捕まるどころか犯人だと特定される事もないだろう、と目論んでいたらしい。
実際、誘拐が成功していたら、敵の思惑通りの事態に陥っただろう事は想像に難くない。
計画性と慎重さに欠ける場当たり的犯行だが、忌々しい事に成算は高いと私にも思えた。
おそらく、連中は今回が初犯ではないのだろう。この手の犯罪を寄港した先々で何度もやって慣れているに違いない。だからこそ相手が貴族であろうが躊躇せずに手を出したのだ。
だが連中は調子に乗って失敗した。イオ様を、我々を見誤った。その報いをこれから受けるだろう。いや、受けさせる。
連中を狩り出し、潰す。〝ライオネルの忠犬〟たる忠誠と誇りに賭け、エトランジェ家に仇なす者は絶対に逃さない。許さない。
イオ様から全ての情報を受け取った私は、グリンに応援部隊への伝言を託し、事件現場を後にした。
――これより私はただ一匹の猟犬となり、獲物の喉笛を狙う。




