第十五話 僕にホコリをつけたのは、親以外では君が○番目だよ
「いやー、色々びっくり体験だったね、レナ」
「そうね。イオのアレを見た時は心臓が止まるかと思ったわ……」
微妙に卑猥さを連想させるレナの発言に、俺は苦笑した。
レナの言う《アレ》とは雷精の力を見せた件だろう。
直接的な表現を避けているのは、雷精使いと規格外な存在位階数値の件を秘密にしておく為だ。
俺とレナの背後には護衛兵がいるし、街路には数人の人影がある。
用心するに越した事はない。
ここまでだって、耳目の多い商業区の大通りを抜けるまではと、俺たちは会話を控えて先を急いだのだ。
人通りの少ない支道に入ってようやく気を抜き、会話を解禁した。
「僕だってレナの反応は予想外だったよ。いや、驚かれるのは予想してたけど、怖がられるとは思ってなかったな」
エルフは精霊に慣れているものだとばかり思っていたし。
「エルフの雷嫌いは結構有名な話なんだけどね。受付の子……パトラだってそのこと知ってたでしょう」
「知る人ぞ知る常識って感じ?」
「そうね、そんな感じかも」
俺とレナは顔を見合わせて小さく笑った。
驚き体験も後で思い返せば笑い話である。
俺にとってはそれだけでなく、雷精の件をレナに伝える良いきっかけだったと言える。
事情を知らずに隠し事を続け、もっと致命的なタイミングで露見する可能性もあったのだから。
「ねえ……イオは、これからどうするの?」
しばらく雑談を交わした後、レナがそんな事を聞いてきた。
漠然とした質問だが、意図は理解できた。
「うーん、しばらくは今まで通り……と言いたいとこだけど、魔法を学んでみたいかな。あと、アレについてももっと良く知りたいし」
魔法を学んで無双する。
異世界転生系物語のテンプレであるが、俺もその例に漏れず魔法に興味を抱き、学ぼうとした。五歳の頃だった。
だが、母さんに「魔法は危ないから学ぶのはまだ早い」と、遠まわしに却下されてしまったのだ。
レナいわく、分別のつかない子供が魔法を覚えると自他ともに危険だから、との事。他にも精神力が未熟で制御が覚束ないなど云々。
要は危ないから子供に刃物持たすなって事だ。
実に納得のいく理由である。
そんなわけで一度は断念した魔法習得であるが、今ならば母さんの許可も下りるのではないだろうか。
人格や知性に一定の信頼を得ていると思うし、何より精霊使いになった事と今日判明した存在位階の件。
それを母さんやリーンに示せば、俺の教育方針に大きく影響を与えるはずだ。魔法習得という俺の希望を聞いてもらえる可能性も出てくる。
事前にレナに根回しして味方にできればさらに確実だ。
「そっか……アレについては多少なら私が教えられるけど、魔法はどうしたものかしらね」
右手は俺の手と繋がっている為、左手の人差し指をおとがいに当てて「うーん……」と考え込むレナ。
その姿を見てふと気付いたが、レナのあざとい仕草って母さんから伝染ったんじゃあるまいか。
「市井から魔導士を招聘するんじゃダメなの?」
「平民ならそれでいいけど、イオの立場でそれはよくないわ」
「えっ……」
思わぬ理由でのダメだしに、戸惑う。
「魔法に限った事ではないけど、技術を学ぶには師を持つ必要があるわ。そして、弟子に対する師匠の影響力・発言力は大きくなるもの。それでもし邪まな野望や欲望を抱く者が貴族や王族の師となった場合、どういう事態になるか、イオなら想像がつくでしょう?」
「あー、なるほど……」
要するに、身元定かでない者を師として傍近くに置くのはリスクが高すぎるという訳だ。
まして魔導士だからな……下手したら魔法で洗脳されて意のままに操られる……なんて可能性もゼロじゃない。
「妥当な方法としては、シャルかリーンの人脈で信頼できる師を見つけるしかないわね。セイラム魔導王国とかなら貴族にも魔導士が多いから、探すのに苦労はしないんだけど。イシュタリアには魔導士が少ないから……」
「望み薄ね」と結論して、レナはため息をついた。
ちなみにセイラム魔導王国とはずっと西にある大国だ。
イシュタリアとは相当距離があるため国交など無いに等しいが、魔導技術大国として知名度は高い。
「まあ、とりあえず母さんとリーンに頼んでみて、それでダメならどうするかまた考えるよ。時間だけはたっぷりあるしさ」
「そうね。時々忘れそうになるけど、イオはまだ若いものね」
クスクスとレナが含み笑う。
「どうせ僕は子供らしくありませんよぉーっだ!」
拗ねたフリをしてレナの手を振り払い、小走りで街路を駆ける。
そうして十メートルほど先行し、十字路に差し掛かったとき。
「イオッ!!」
悲鳴のようなレナの声が響いた。
その直後、いきなり横合いの死角から飛び出してきた何かが俺に勢いよく衝突する。
「ぁぐっ!?」
肩のあたりに生じる激しい衝撃。
俺はなすすべなく吹っ飛ばされた。
一瞬の滞空の後、背中から地面に叩きつけられる。
衝突と墜落のダメージで息が詰まり、意識が朦朧とする。
仰向けに横たわり、痛みに呻く俺をさらなる衝撃が襲う。
「げぶっ!」
俺の腹の上に、重く硬い何かがドスッと落ちてきたのだ。
そしてそのまま、抗えない圧力で俺の体を地面に押し付ける。
思わず目を見開くと、髭面の男と目が合った。
その男は剣呑な眼差しで俺を睥睨し、
「動けば殺す」
誤解しようのないシンプルな警告を発した。
同時、俺の首元に突きつけられる細長く鋭利なシロモノ。
剣だ。
「ッ……!」
その硬質な存在感を意識した瞬間、全身から血の気が引いた。
もし俺が普通の子供だったら、間違いなく失禁していただろう。
だが、ようやく状況が飲み込めた。
俺は踏みつけられ、刃物で脅迫されているのだ。
であるなら、先ほどの衝突も事故などではないのだろう。
最初から俺を狙っての、計画的な襲撃。
厄介な事になった。
「イオから離れなさいッ!!」
少し離れたところで、レナの怒声が響いた。
横目で見やれば、短剣を手にしたレナが敵意を漲らせた表情で髭面の男を睨んでいる。
さらにその後ろでは護衛兵の二人がレナに背を向け、武装した数人の男たちと相対している。
状況からして髭面男の仲間だろう。
「貴族の坊っちゃんが護衛から離れるなんて無用心だぜぇー?」
護衛兵と相対している賊のひとりが、俺を見て馬鹿にするように言った。
くっ、むかつく。確かに人質にされたのは俺のミスだけど。
……って、この声、最近どこかで聞いたような。
記憶にかすかな引っかかりを覚えて、嫌らしくニヤニヤ笑う男の顔を観察する。
……! 思い出した。
コイツ、傭兵ギルドの酒場にいた奴だ。
俺とレナを見て貴族のガキだのエルフだのと、ダミ声あげて騒いでた連中。その中の一人。
ターバン巻いてる異国風の傭兵が印象的で、記憶に残ってたんだ。
まさかあの時に俺たちを襲うと決めたのか?
「おい、そこのエルフと役立たずの護衛ども。このガキの命が惜しくばさっさと武器を捨てろ」
「く……」
髭面男の要求に、レナの顔が苦渋に歪む。
このままではレナたちが脅迫に屈するのは時間の問題だろう。
この状況でレナたちまで捕まったら完全に詰む。
もう少し様子を窺いたかったが、やむを得ない。
「くたばれ、髭面野郎」
俺を踏みつけている足に、そこそこ強力な電撃をお見舞いする。
「ぐががががっ!?」
悲鳴をあげ、ビクンビクン体を震わせる髭面男。
電撃を止めると、髭面男は白目を剥いて腰砕けに崩れ落ちた。
肉の焦げた嫌な匂いが辺りに漂う。
……死んだかな?
まあ人並み以上に体が丈夫で運が良ければ生きてるだろう。
ちなみに髭面男の剣は危ないので、電撃と同時に磁力で弾き飛ばしている。
手からスポーンと抜けて、勢いよく空の彼方に飛んでいった。
妙なとこに落ちて不慮の被害が出ない事を祈ろう。
視線を移せば、驚愕の表情で硬直している襲撃犯たち。
レナや護衛兵たちも似たような反応だ。
まあ無理もない。
電気というエネルギーの存在がまだよく知られてないこの世界では、感電するという事態もまた未知だろう。
「がっ……ガキィ……てめぇ、セイフに何しやがった!?」
衝撃から立ち直った襲撃犯のひとりが、唾を飛ばして怒鳴りながら俺を睨む。
ずいぶん殺気立っているが、まったく脅威を感じない。
セイフってのはたぶん髭面男の名前だろう。
喚く男を無視し、俺は腹の鈍痛に耐えながら立ち上がった。そしてすぐさま精霊核から雷精を放出。周囲と上空に展開させ、戦闘態勢を構築する。
ちなみに周囲のは攻性障壁で、上空のは砲台だ。
俺の周りで静電気がパチッパチッと乾いた音を立て、頭上ではもっと派手に紫電が断続的に虚空で弾けている。
「な、何なんだよ、これは……」
襲撃側の誰かが、震える声で呟いた。
異常現象を目の当たりにして、怯え始めているのだろう。
もうひと押し、わかりやすい威嚇でもすれば逃げ出すかもしれない。
だがそんな事はしないし、一人たりとも逃がすつもりはない。
あとは意思のトリガーを引くだけの簡単なお仕事。
行くぜ、汚物は消毒だ!
「エレクシオ!!」
標的を自動追尾する幾条もの雷撃が上空の雷精陣から放たれたる。それは刹那のうちに蛇行の軌跡を描き、襲撃犯たちを貫いた。
「ひぎっ!?」
白光の雷霆に打たれ、襲撃犯たち全員がパタリと倒れ伏す。
あっけないな。
電圧はだいぶ絞ったつもりだが、対人ではまだ威力過剰か?
だが減圧しすぎると電気抵抗の関係で遠距離放電できないしなあ。
対人制圧用の技の開発が急がれる。
さて、とりあえずこの場の後始末をしないと。
俺はレナの近くへと駆け寄り、その背中に声をかける。
「レナ、怪我とかない?」
俺の問いかけに、レナはびくりと肩を震わせ、振り返る。
レナの顔は蒼白で、俺へと向ける眼差しには恐怖が色濃く表れている。
エルフにとって雷は畏怖の対象らしいし、現象を間近で見たのも初めてだろう。レナが怖がるのも無理はない。
だから決して俺が怖がられている訳じゃない……といいなぁ。
ある程度、予想も覚悟もしていたレナの反応だが、実際そうなってみると少し傷ついた。
そんな俺の傷心に気付いたのか、ハッとしたレナは慌てて笑顔を取り繕った。それから胸の前でパタパタと手を振る。
「え、ええ。結局、戦闘しなかったしね。無傷よ」
「そっか、良かった」
「……じゃ、なくて! 私よりイオよ。ケガは? 痛いところない? お腹はだいじょうぶ?」
泣きそうな顔でまくしたてるレナ。その切羽つまった様子に彼女の確かな愛情を感じる。
まあ愛情は愛情でも、異性愛ではなく母性愛だろうけど。
「僕もケガはないよ。お腹はまだちょっとだけ痛いけどね」
「そう……大事がなくて何よりだわ。でも屋敷に戻ったら、ちゃんと診察させてね」
「うん」
片手で胸を抑え、ホーッと大きく息を吐くレナ。それから俺に一歩近づいて、両手でぎゅうっと俺の体を抱きしめた。そして耳元で囁く。
「人質とはいえ、イオが刺されたりしたらどうしよう、ってすごく怖かったんだからね」
「……ごめんなさい」
「これからは私の傍から離れたりしないで。お願い」
切実な口調でそう言って、レナは抱擁を緩めた。そして腰を屈めて顔を近づけ、俺と目を合わせる。
ぞわり、と俺の背筋が凍った。
ちょ、レナさん、瞳のハイライトが消えてらしてよ?
「う、うん。できるだけレナの傍にいるようにするよ」
「……できるだけ?」
「いえ、必ず、絶対、何があっても」
俺の心を覗き込むかのように、無表情でじっと見つめてくるレナ。
ちょっと怖いっす。
「……約束できる?」
「約束します」
即答しつつコクコク頷くと、レナはようやく納得してくれた。瞳に光が戻り、ニコッと微笑む。
「ありがと、イオ。それじゃ今後、外出するときは私から三テリト以上離れないようにね」
あ、愛が重い。そして意外と細かい。
というか、どんだけ過保護!
何気にレナにはヤンデレな気質がありそうだ。ヤンデレナだ。
ちなみに《テリト》という単語は長さを示す度量衡の単位だ。
1メートル=1テリトと考えて差し支えない。
もっとも、正確に計測した根拠があって言ってるわけじゃない。あくまで目算によってだ。
なお《1センチ=1テト》、《10キロメートル=1ローテ》だ。
ようやくレナが満足して離れてくれたので、護衛兵の二人に声をかける。
「ふぅ……グリンとバルツァーはケガはない?」
グリン、バルツァーとは護衛兵二人それぞれの名前である。
両者とも三十歳過ぎくらいのおっさんで、エトランジェ家が雇用している兵の中では腕の良い部類に入る。
護衛兵に選ばれるくらいだから実力があるのは当然として、人格的にも信頼できる人たちだ。
「俺らも問題ありませんぜ、若。ちぃっと吃驚はしましたがね」
「嘘つけ。お前、相当びびってたじゃないか。いや俺もだけど」
愛嬌のある言い草で答えるグリンに、茶々を入れるバルツァー。仲いいなおまいら。
気の抜けた会話をする二人だが、警戒態勢は解いていない。
まだ剣を手にしたままだし、バルツァーは周囲を確認するように視線を動かしている。
俺との話し相手はグリン、警戒はバルツァーという役割分担のようだ。
こういうさりげない部分にプロ意識を感じさせられるな。
「さっきのピカッて光ったの、若がやったんで?」
「そうだよ。まぁ、魔法みたいなものだね。詳しくは聞かないでもらえるとありがたいかな」
目撃された以上、黙秘で済ませるのは悪手だ。相手に余計な不審や不満、後ろ暗い印象を抱かれかねない。
ここは納得できそうな答えを与えた上で、口止めしておくのがベターだろう。
「それと、ついでに他言無用で頼むよ」
「……承知しやした。ただ、シャルロット様には……」
「ああ、わかってる。元々、母さんには伝えるつもりだったし、こんな事があったからね。報告がてら僕から事情を話しておくよ」
「お願いしやす」
さすがに白昼堂々の襲撃事件を母さんに報告しないわけにはいかない。その際、どうやって賊を撃退したのかを説明する上で、俺がやった事について言及する必要がある。
グリンが気にしているのはそこだろう。
「さて。細かい話は後にして、この場をどうにかしないとね。バルツァー、先に屋敷に戻って応援を呼んできてくれるかい?」
警察の交番的な兵士の詰所は街の中にも複数ある。だがどこにあるかまでは知らない。それに駐在している兵士数もおそらく少ない。
なので選択肢は自宅に限られる。
「了解しました。ひとっぱしり行ってきます」
「賊の残党がまだいるかもしれないから、待ち伏せの奇襲には気をつけてね」
多分、襲撃チーム以外にも路地を封鎖していた人員がいるはず。
だが先ほどレーダーで調べた限りでは、近傍にそれらしき存在はいなかった。
俺の気の回しすぎか、はたまた襲撃の失敗に気付いて素早く撤退したのか。
考えても答えは出ないので、今は気にしないでおこう。
「はっ!」
水平にした右腕と拳を胸の前に置くという軍属式の敬礼をし、バルツァーは駆け出して行った。
大人の足なら三十分もあれば行って戻ってこれるだろう。
「で、グリンは賊の捕縛……は、縄がないから無理か。それじゃ、監視しやすいように倒れてる連中を一纏めにしてくれるかな。それから武装解除もお願い」
「わかりやした」
「一人でやらせて悪いね」
「いえいえ、当然のことでさぁ」
何が当然かというと。
もし襲撃犯に意識があり、動ける状態だった場合の事を考えると、俺やレナが迂闊に近づくのは危険だからだ。
グリンなら危なくてもいい、というわけじゃないが、彼の場合それが職務だし。
まあそれ以前に俺とレナは女子供で非力だから、という免罪符もあったりするが。
とりあえずこんなところか。
あとは応援待ちだな。
それまで、襲撃犯共をごうも……尋問して情報を得ておこう。
度量衡の単位については悩みましたが独自名称にしました。わかりやすさ重視で既存単位だと、リアリティが……。
フォンとか単発での共通項ならともかく、ミリメートルキロまで地球文明と一致ってのは流石にどうかと。
地の文で使うだけなら不自然じゃないんですが、今後の事も考えると余計な制約になりますし。
リアリティと書くと気取った感じですが、要は世界観重視ですね。
時間単位は年月日時分秒でいきます。
これも独自名称にすべきか悩んだんですが……
時間表記は頻出するので、別単位だととっつきにくいというか、かなり解りにくくなりそうで。要は読みやすさ重視です。
世界観を醸成する上ではいいんですけどね。
ただ地球と同じ1年365日、1日24時間とはしません。
このあたりはいずれ物語で言及します。
エレクシオという技名はイオがノリで言ってるだけです。
中二病だって技を叫びたい。




