第十四話 僕の存在力は○○○○です
「…………」
「…………」
「…………」
全員が一様に沈黙している。
その表情は三者三様だ。
俺は困惑してるし、レナは目を丸くしてるし、女性職員は表情が抜け落ちてる。
「……ふぅ」
「あっ」
「ちょ、大丈夫!?」
女性職員が突然、腰が砕けたように崩れ落ちた。
慌てて隣から手を差し出して支えるレナ。
どうやら軽く卒倒したらしい。
「あ……す、すみません……」
「別に謝らなくてもいいけど……一人で立ってられる?」
「は、はい……ちょっと気が抜けただけなので大丈夫です」
そう言って、女性職員は腰と背中に回されたレナの腕をやんわりと解く。
まだだいぶ青い顔をしている。本当に大丈夫だろうか。
女性職員がそうなったのは、間違いなく俺の存在位階数値が衝撃的だった為だろう。
傭兵平均で40レベル、一廉の武人であるリーンでも179レベルという数値を鑑みれば、2521レベルがいかに規格外な数字であるかがわかる。
俺とレナが比較的冷静でいられるのは、それがどの程度凄い事なのか実感できてないからだ。
もし今日のお供がレナでなくリーンだったら、女性職員と同じような反応を示したかもしれない。
「あの……やっぱりこの数値って変なんでしょうか……?」
「……変、と言いますか……正直、ありえない……の一言に尽きます。恐らく、測定の際に何か不具合が起きたのだと思いますが……」
俺が尋ねると、女性職員は困惑した顔で自信なさげに答えた。
確かに、これは測定魔導具の故障か、異常を疑う数値だ。
「せめてこれが三桁であれば驚きはしても疑いはしなかったのですが……四桁とは……」
はぁーっ、と深いため息を吐く女性職員。
レナが不思議そうな顔で尋ねる。
「存在位階が四桁だとそんなにおかしいの?」
「それはもう。三桁に届く人すら滅多にいないんです。四桁持ちなんて聞いた事もありませんよ……。過去の記録でも600レベル台が最高数値だったはずです。その4倍とか、いくらなんでもありえないでしょう?」
「そう言われると、確かにおかしい気がするわね……」
女性職員の説明に納得したレナが、俺が手に持つカードへ胡乱な眼差しを向ける。
平均より存在位階が低かったらどうしよう、と危惧していたが、まさか高すぎて問題が起こるとは予想だにしてなかった。
「ともかく、測定魔導具の不具合かどうかも含めて、私では対処できません。詳しい者を呼んで参りますので少々お待ち下さい」
そう断りを入れ、女性職員は重い足取りで部屋を出て行った。
「初めまして。傭兵ギルドエトラニア支部の副ギルド長を務めております、ザバック・トレントと申します。どうぞお見知りおき下さい」
柔らかい物腰と丁寧な挨拶で頭を下げたのは、女性職員が連れてきた人物である。
サラリーマンが着るスーツをややファンシーにしたような服を着こなした、若い男性だ。
恐らく二十台後半、若作りだとしても三十半ばは超えていまい。
線の細い顔立ちと体つきで、長髪を首の後ろで束ねている。印象としてはいかにも頭脳労働従事者といった見た目だ。
若くして副ギルド長の地位にあるくらいだから、ザバックは優秀な人物なのだろう。
「これはご丁寧に。僕はライオット・エトランジェと申します。こちらは保護者のレンシエラ。共々よろしくお願いします」
俺もまた自己紹介で応じ、レナと並んでぺこりと頭を下げる。
顔を上げると、目を細めて笑みを深めているザバックと目が合った。
どうやら、良い第一印象を与える事が出来たようだ。
「さて」と前置きしてからザバックが話を切り出す。
「事情はパトラから聞きました。こちらの不手際でお手数をおかけしたようで申し訳ありません」
パトラって誰だ? と一瞬引っかかったが、文脈的に考えてザバックの隣に立っている女性職員の事だろうと推測する。
俺の見立てを証明するかのように、パトラが面目なさげな顔で「うぅ……」と小さく唸った。
「いえ、パトラさんの対応に不備はありませんでした。むしろ、僕の方に原因があったと言いますか……」
「そうですか。では責任云々は後にして、状況とその原因を先に確認しましょう。ライオット様、カードと数値を拝見させていただいても?」
「あ、はい。……表刻」
ザバックの前にカードを差し出し、キーワードを唱えて存在位階数値を表示させる。
一度目の効果は既に切れていて、金色面が無地に戻っていたので再使用したのだ。
どうやら表刻の持続時間は一分程度らしい。
数字の表れた俺のカードをザバックは興味深そうに眺める。
「ふむ……確かに2521レベルと出てますね。しかし、見たところカードに異常はないようです」
「見ただけで解るものなんですか?」
「はい。カードは刻まれた情報を表示するだけの単純構造ですから、物理的な破損を除けば不具合はまず起こりえません」
つまりカードは情報が記録されたDVDメディアのような物か。
焼き付いた情報に異常があるなら、メディアよりもレコーダー側に問題があると見るべきだ。
「ですから、不具合があるとしたらこちらですね……《解析》」
俺と同じ推論を下したザバックは、測定魔導具のコンソール用水晶球の上に右手を翳し、キーワードらしき単語を唱えた。
ウゥン……と微かな振動音が響き、水晶球と掌の狭間に小型の円形魔法陣が形成される。
ある意味当然だが、どうやら魔法的手段で調査しているようだ。
百を数える位の時間が過ぎた頃、ザバックは軽いため息を吐いて魔法陣を消した。
調査が終わったようだ。
「測定魔導具にも異常は見られませんね」
「ということは……」
「カードに刻印された存在位階数値は、正常に測定された結果……という事です」
「おおっ」
ザバックの見立てに、俺は思わず歓声をあげた。
まだ確定ではないが、2521レベルというずば抜けた存在位階数値が現実味を増したのだ。
パトラが問題視したのでついネガティブに捉えてしまっていたが、よくよく考えたら数値が高くて困る事はほとんどない。
むしろ良い事ずくめだろう。
自己研鑽に励めば、いつか世界最強にだってなれそうだ。
そう期待を抱けるだけの規格外数値なのだから。
「念のため、霊格と構成強度の項目も確認しておきましょう。そちらに異常がある可能性もありますし」
霊格と構成強度……たしか存在位階の内訳的な項目だったな。
当然といえば当然だが、それらもカードで確認できるわけか。
「あ、はい。でも、それをカードに表示する方法ってまだ聞いてなくて。教えてもらえますか?」
俺は申し訳なさそうな表情を作り、ザバックに頼んだ。
「おっと、それは失礼しました。では、カードに意識を向けて《詳細》と唱えていただけますか」
「わかりました。……詳細」
言われた通りにすると、カードに黒の文字列が数行ほど浮かび上がる。
目を通すと、そこには、
【存在位階】2521
□霊格 5006
□構成強度 37
と記されていた。
「これは……」
「……ずいぶん偏っておりますが、内訳の数字自体は順当と言えるでしょう」
俺の困惑を察してか、ザバックが解説するように言った。
「すみません、僕にはどう順当なのか解らなくて……教えてもらえませんか?」
「ええ、もちろんです。まず、数字が霊格に偏っているのはライオット様のご年齢を考えれば当然と申せましょう。霊格は生まれつきの資質が大きいですが、構成強度は肉体の成長具合に左右されますから」
なるほど、言われてみればもっともな話だ。
多少鍛えているとはいえ、しょせん幼児でしかない俺がそこまで高い構成強度を備えているわけがない。
それに、霊格が高すぎて見劣りするが、構成強度37の数字は決して悪くない。というか、むしろ驚くほど高いだろう。
40レベルという傭兵平均の存在位階数値からそれが判る。
霊格が高すぎるのは多分……転生者である事とか、雷皇鳥を殺害した事(経験値?)などが影響してるのだろう。
俺がうんうんと頷くと、ザバックが話を再開する。
「また、霊格が高いのはおそらく、八大神のいずれかから強大な祝福を得ているからでしょう。これはたいへん素晴らしい事です」
その見解を聞いて、俺は内心で首を傾げた。
八大神は知っている。中原諸国で主流の宗教、《聖臨教》で最高神と位置付けられている八柱の神々の事だ。
だが《祝福》がわからない。
いや、意味するところは何となくわかる。幸運付与とか能力向上とか特別なスキルが使えるとか、そんな感じだろう。
霊格=魂の器って話だから、単純に魂を強化してくれるだけって可能性もあるか。
「ちなみに祝福とは、神々から与えられた先天的な特殊能力の事です。これを所有する者は数千人に一人と言われております。まして八大神の祝福は特に珍しく、ひとつの時代につき世界で一人にしか与えられないとまで言われています。それだけに強力な能力で、霊格にも大きな影響を与えます」
表情から俺の疑問を読みとったのだろう。質問するまでもなくザバックが説明に補足してくれた。
つまり祝福とは神様チートの事ですねわかります。
という冗談はさておき。
祝福についてはわかった。だが、本当に特殊能力なんて俺にあるのか? 生まれてこのかた、そんなものが発動した覚えは一度もないんだが。
強いて言うなら雷精との契約?
たしかに雷精の能力はチートと言うにふさわしい性能だが。
「イオ、凄いわ! 八大神の祝福を受けた人なんて、エルフの長い歴史でも数人しかいないのに。精霊使いの件もそうだけど、世間に知られたら大騒ぎになるんじゃないかしら」
瞳を輝かせ、レナが興奮気味に言い募った。
評価してくれるのは嬉しいが、レナの食いつきがいささか過剰な気がする。それともその反応が当然なくらい、凄い事なのだろうか。
「アハハ、流石にそこまではいかないと思うよ、レナ。それに祝福の件はまだ確実な話じゃないから」
「あっ……そうね、そうよね。早とちりしちゃってごめんなさい」
「いや、謝る事じゃないよ。僕も本当にそうだったらいいな、って思ってるし」
「イオ……ありがと」
レナはくすぐったそうに小さく笑った。
(副ギルド長……絵面は幼児と少女の微笑ましい会話のはずなのに、見てると無性に負けた気になるのはなぜでしょうか)
(パトラ、あなた疲れているんですよ)
……ん? 何やらザバックとパトラがひそひそ話をしている。
今後の説明の段取りでも相談してるのかな?
俺の視線に気付いたザバックたちは密談をやめた。
なぜかパトラが凹んだ表情をしていた。嫌な仕事でも押し付けられたのだろうか。
「……コホン。ご自身の祝福についてお知りになりたければ、王都の聖臨教会に足を運ばれるとよろしいですよ。相応の寄進を求められますが、祝福と加護の鑑定が可能です」
「へえ、そうなんですか。それは良い事を聞きました。今度、機会があったら行ってみます」
聖臨教の神殿はエトラニアの街にもある。
だがわざわざ〝王都の〟と指定したのは、鑑定のできる最寄の神殿がそこだという事なのだろう。
ちなみに聖臨教の総本山は、中原西方にある宗教国家《アルザナ聖法国》にある。通称、聖法国。
聖法国を地球で例えると、ローマのバチカンのような国家だ。
ただ、権威はともかく、国土の広さや国力はその比ではない。なんせ中原に覇を唱える列強国のひとつなのだから。
「とりあえず、お手数ですがもう一度測定してみましょう。それで結果が変わらなければ異常なしという事で。仮に不具合が起きても、私なら気付けますので大丈夫です」
「はい、よろしくお願いします」
そうして再び存在位階を測定する事になった。
手順は一度目と変わらず、体感的にも同じ内容で測定が終わる。
二枚目となるカードに血を垂らして黄金色に染まった点も同じ。
さて、肝心の数値はどう出るか。
「――表刻」
キーワードを唱えてからの、緊張の一瞬。
金色の背景に浮かび上がった数字は……。
「2521……」
「やはり、正常な数値のようです」
「みたいですね……」
前回と同じ結果の数値を見て、レナ、ザバック、パトラが呟いた。
俺は無言だが、心の中で「よっしゃぁぁぁあああ!!」と叫びながらガッツポーズを取っていた。
俺の時代、来たる。
できるだけ表情に出さぬよう務めながら悦に浸っていると、ザバックが暢気な口調で感想を口にする。
「いやはや……パトラから話を聞いた時は正直半信半疑でしたが、確定したとあってはもはや脱帽という他ありませんね」
「副ギルド長、そんな感心してる場合じゃないですよ! こんな前代未聞の数値、公表したらどんな騒ぎが起こるか……」
焦ったような表情で上司に食ってかかるパトラ。
会ったばかりの頃の凛とした印象はもはや見る影もない。
「それなら、公表しなければよいでしょう」
「そういう問題ですか!」
「そういう問題です。そもそも、公表するしないは本人が決める事であって、ギルド側はその判断を尊重するだけです。違いますか?」
「ぐ……そ、それは、そうですケド……」
どこまでも冷静なザバックが反論すると、パトラは鼻白んだ様子で勢いを失った。
「それに《四桁持ち》は別に前代未聞という訳ではありません」
「あら、そうなんですか?」
「非公式ですが過去にも確認されています。無論詳細は言えませんが」
な、なんだってー。
ダントツで俺最強! とか期待してたのに。
まあ妄想はともかく、先達がいるというのはある意味安心する要素でもある。
「余談ですが、人種以外なら存在位階四桁というのは結構いるんですよ。上位竜種なら1000レベルを超えるものは多いでしょうし、長命の妖精種や不死種、混魔族あたりにも一定数存在するかと思います」
うんちくを語るザバックの表情は生き生きとしている。
インテリにありがちな、他人に知識を披露するのを好むのだろう。
ちなみに不死種というのは、吸血鬼やリッチといった、アンデッド系の知的種族または個体のこと。そして混魔族は魔物に属する種族または個体で、人種なみに知性が高い存在の総称だ。
「へぇ~……色々お詳しいんですね」
「はは、職務上弁えておくべき知識ですから。大したことではありませんよ」
俺の賞賛を謙遜でさらりと受け流すザバック。
これがデキる男の余裕ってヤツか……!
顔もイケメンだし女性にモテるだろうなあ、この人。
「ライオット様は存在位階数値を公表されますか?」
ザバックの確認に、俺は首を横に振る。
「いえ、余計な騒ぎになりそうですし、今の所そのつもりはないです」
「そうですね、私もそれがよろしいかと考えます。ただ、ギルドの記録には残りますのでそこはご了承願います」
「わかりました」
「それと、犯罪者になった場合や国家から照会を求められた際は、ギルド側の守秘義務が解除されます。こちらもご承知おき下さい」
「はい」
まあ当然の措置だろうな。
個人の存在位階数値を把握しておくのは数多の面で有益だ。
その情報の価値を認め、犯罪検挙や国家からの人物調査で必要とされるのも頷ける話である。
その後、カードの白地面に名前等の個人情報を記載加工してもらい、正式なギルドカードとして発行してもらった。
とはいえ、傭兵として登録したわけではない。
このカードはギルドが身元を確認したという証であり、世界規模で通用する身分証明書にもなるらしい。
また、いつか傭兵登録をする事があれば、これがそのまま傭兵ギルドカードとして流用されるとの事。
ちなみに存在位階の測定料金は三十リア(約60,000円)だった。
庶民的金銭感覚からすれば高いが、ギルドカードの原材料となるミスリル金属が高価な為、この価格設定は仕方ないそうだ。
今回、トラブルで二枚カードを作ったが、一枚分の料金はサービスしてもらえた。
余剰の一枚は予備として取っておくべきか迷ったが、片面金色で綺麗なのでレナにプレゼントした。
金色の理由が雷精にある為か、最初は複雑な表情を浮かべたレナだったが、「僕の血が染み込んだお守りだよ」と言って渡すと喜んでくれた。
いささか発想が猟奇的というか重いが、陰毛を入れたお守りとかよりはマシなはずだ……。
こうして傭兵ギルド初訪問イベントは無事終了。俺たちは大きな収穫を得て、意気揚々と傭兵ギルドを後にした。
主人公の霊格が高い理由はいずれ物語中で語られます。
読んでいただきありがとうございます。




