第十三話 エルフと雷精
そういう可能性もあるかな、とは薄々思ってた。
他人が知って驚く俺の秘密なんて、転生の件と精霊使いである事くらいだろうし。
むしろ、転生の方じゃなかっただけマシな結果だ。
バン! と激しい音が響いた。
レナが両手で机を叩いた音だった。
隣にいた女性職員が迷惑そうに眉を顰めた。
「そんなの嘘よ! ありえない! イオが精霊使いなら、私が気付かないはずないもの!」
「心当たりが全くないと?」
「そうよ。これまでだって一度も――ぁ、まさか……!」
何かに気付いたように、ハッとした顔をするレナ。
恐らく心当たりに思い至ったのだろう。
レナは不安げな眼差しで、俺の方へと視線を向ける。
……はあ、隠し事はここまでか。
「ごめんレナ。実は僕……あの夜、精霊と契約してたんだ」
告白の内容を証明するため、俺は人差し指を上に立て、パチッと電気を虚空に走らせる。
それを見たレナは鋭く息を飲んで瞠目し、驚愕を露わにする。
「まさ……か……雷精……?」
レナが両手で口元を覆い、一歩あとずさる。
俺を見る彼女の顔には怯えの色がありありと浮かんでいた。
「……やはり、ライオット様は精霊使い。しかも、雷精の契約者なのですね」
レナに較べれば冷静さを保っている女性職員が淡々と言った。
金色のカードを見た時点でおおよそ察しが付いていたのだろう。
「あの、なんかレナがめちゃくちゃ驚いてるんですけど、何か問題が?」
「レンシエラ様はエルフですからね……動揺が激しいのも無理はありません。私だって正直に言えば、まだ信じ難い気持ちでいっぱいです」
女性職員は瞑目し、こめかみを指で揉む。
まるで問題児を前にした教師のような態度だ。
「人間の精霊使いというだけなら、レンシエラ様も驚きはすれど恐怖までは抱かなかったでしょう。ですが、ライオット様の契約精霊は……雷精、です。何よりそれが問題なのです」
「え……なんで?」
「エルフの雷嫌いはそれなりに有名な話ですから」
レナの反応から、精霊使いより雷精の方に関心が向いてるのは何となく察しが付いてた。
しかしその理由が雷嫌い?
「その先は……私が話すわ」
「レナ、大丈夫?」
気を取り直したのか、レナがやや掠れた声で口を挟んだ。
しかし、顔はまだ蒼白である。
「もう平気よ。すこし落ち着いたから」
「そっか、良かった。……じゃあ、話してくれる?」
「ええ」
レナはコクンと頷き、神妙な表情で口を開く。
「エルフはね、雷精の力を禁忌と見なしているの」
「…………」
禁忌とかいきなり重い話きた。
「雷は木を燃やし、森に災いをもたらす。そういう理由もあるけど、それだけじゃない。遥か昔、強大な力を持った一人の雷精使いによって大勢のエルフが虐殺され、栄えていたエルフの国が滅んだという逸話があるの。雷精が恐れられているのは、そのせい」
「それは……嫌われるのも無理ないね」
過去の歴史的事件による住人の感情問題ってのは根が深いからな……。
「それにね。エルフからは雷精使いが生まれないの」
「……禁忌だから?」
「まあ、一言でいえばそう。エルフは雷精を嫌い、理解を拒む。だから雷精も力を貸そうとしない。そういう理屈ね。……もっとも、感情の問題がなくても雷精使いになれるとは思えないけど」
そう言って、レナは自嘲のような笑みを浮かべた。
「どうしてそう思うの?」
「雷精はね、最も契約が難しい精霊なの。ううん、難しいどころじゃない。ほぼ不可能と言っていいくらいよ」
「そんなに? でも、僕は……」
あっさり契約した。できた。
俺が雷精に見初められた理由はわからない。何かそれらしい条件を満たした訳ではなかった……と、思う。
転生者である以外に自分が特別である部分はないし。まさかそれが条件ってわけじゃないだろう。
レナは憂鬱そうな表情でゆっくりと首を横に振った。
「イオが契約できた理由は私にもわからない。イオには心当たりがないの?」
「ううん、特には……。強いて言うなら、雷精の声が聞こえて、それに応えたくらいだけど」
「……精霊の声が聞こえた時点で契約の条件は満たしているわ。というより、精霊側が〝契約する気になってる〟からイオに声を届けたのよ。でも、どうしてイオが雷精に気に入られたのか、そこがわからないの。もし落雷に打たれてたら、無傷のわけがないし……」
「……落雷?」
俺は内心ドキリとしつつも、顔には出さず聞き返した。
「あ、ごめんなさい。何の事か、わからないよね。えっと、雷精と契約するには、落雷に撃たれる必要があるって説があるの。だからイオがもしかして……と思ってしまったのだけど。そんな事があったら、無事でいられるはずがないものね」
「ソ、ソウダネ」
動揺しすぎて、口調が片言になってしまった。
だって、心当たりがありすぎる。
前世で落雷が直撃しました。当然、無事ではいられず即死でした。
でもその経験のおかげで雷精と契約できました……なんて、言えるわけない。
まさに災い転じて福となった典型だが、理由が微妙に情けない気がして素直に喜べん。
というか、雷精との契約条件ハードすぎるだろう!
そりゃ誰も雷精使いになれないわけだよ。納得した。
とりあえず、俺が雷精と契約できた理由はわかった。
レナにそれを説明できないのは悪いと思うけど。
話題を引っ張って藪蛇になっても困るし、これ以上の質問は控えるか。
「まあ、契約できた理由はともかく、精霊使いになれたのは喜ばしい事よね……」
レナは独り言を呟くように言って、フッと微笑う。
そして俺の頬を両手で優しく包むように触れながら、
「おめでとう、イオ。幾久しく、あなたに精霊の恩寵がありますように」
と祝福してくれた。
不意うち気味なその行動と言葉に、俺は心を打たれた。
涙腺が緩みそうになるのを堪え、口をひらく。
「ありがとう、レナ。そう言ってもらえて、僕、とても嬉しいよ」
「言うのが後先になってしまって、ごめんなさい」
「気にしないで。むしろ僕の方こそ、黙っていてごめんなさい」
元はと言えば、雷精との一件を隠していた俺が悪い。
いずれは話すつもりだったが、言い訳にはならないだろう。
俺の謝罪返しを、レナはにっこりと笑って受け容れて、
「その件は、後でお説教ね?」
……くれなかった。
むねん。
「……どうやらお話は纏まったようですね」
すっかり空気が軽くなったところで、女性職員が口をはさんだ。
俺とレナの会話が落ち着くのを待っていたのだろう。
「ひとまず私からもお祝い申し上げます。これでエトランジェ子爵家の将来も安泰ですね」
続いて祝福してくれた女性職員の表情は柔らかく、社交辞令や追従の類ではないと感じられた。
「ありがとうございます。将来は武人を目指すと決めてる訳ではありませんが、家族や領民を守れる力でありたいと思っています」
「イオ……」
「……ライオット様は、本当にご聡明であられますね。《エトランジェの麒麟児》の評判は私のような下々まで届いておりましたが、これほどとは考えておりませんでした。エトラニアに住まう民の一人として、頼もしく思います」
「あ、いえ、それほどでも……」
レナには感動され、女性職員からは手放しの賞賛が与えられて少々面映ゆい。
それに《エトランジェの麒麟児》って渾名はちょっと恥ずいな。
まあ《異端児》とか呼ばれてないだけましか。
「さて、本来の目的が霞んでしまいましたが、存在位階の確認を済ませましょう。よろしいですか?」
「はい」
「では、金色面を上向きにして、《表刻》と唱えて下さい」
金色カードは完全な無地で、文字どころか模様の一つもない。
これでどうやって存在位階を確認するんだろうと疑問に思っていた。
どうやら、その謎の答えがこれで解るようだ。
「わかりました。……表刻」
キーワードを唱えた途端、カードが薄く燐光を放った。
黄金を背景にして浮かび上がる黒の文字列。
期待と興奮を抑えつつ、その文字列に目を走らせる。
カードに表示されていた内容は……
【存在位階】2521
だった。
前回書き忘れましたが、傭兵ギルド=冒険者ギルド的なものだと考えていただければ。




