第十二話 傭兵ギルド
――でかい。
レナの先導によって辿り着いた傭兵ギルド。
その建物を一目見ての感想だった。
敷地含めた面積は野球場なみに広く、高さは三階建てくらい。
そのうえ建物は頑丈な石組みで造られており、もはや小規模な城塞といった風情である。
防御力だけならエトランジェ家の屋敷よりも優れてそうだ。
まあウチの家は防衛拠点というより、でかいだけの一般家屋だから比較すべきじゃないんだが。
傭兵ギルドの敷地は鉄柵で囲われており、複雑な意匠を施されたアーチ状の門構えは見る者を圧倒する出来映えだ。
金かかってるなあ、と俗っぽい感想が頭に浮かぶ。
建物の偉容に圧倒されている俺のポカーンとした間抜け面が可笑しかったのか、レナはクスッと笑ったようだった。
「さあ、中に入るわよ」
「うん」
レナに促され、俺は傭兵ギルドの敷地に足を踏み入れる。
建物の入り口前に着いたところで、大人四人は並んで通れそうな両開きの金属扉が内からギギギ……と音を立てて開いてゆく。
すわ自動扉か、と感心しかけたところで、開いた隙間から複数の人影が外に出てきた。
丁度こちらと相対するタイミングで現れたその人たちは全員が剣や鎧を装備しており、いかにも傭兵風な外見である。
暴力的な気配を身に纏う彼らは、扉の前で待ち受けていた(ように見える)俺やレナの姿を目にしてギョッとしたようだった。
その反応も無理はないかな、と思う。
殺伐とした者たちが集う傭兵ギルドに齢一桁の幼児とエルフ少女がセットで訪れるなど、場違いに過ぎる。
背後に屈強な護衛兵の二人が控えてなければ、いったい何者だと誰何されてもおかしくない。
期せずして出口を塞ぐ形になっているので、脇によけて道を譲る。
傭兵たちはこちらを微妙に警戒しながら足早に通り過ぎていった。
たぶん、俺たちがいかにも貴族とそのお付きって感じだから、関わりたくないんだろう。
ま、こちらとしてもトラブルの種は避けたいので好都合だが。
傭兵たちが去ってから、気を取り直して開いたままの扉を潜る。
「へぇ……」
思わず感嘆の声が漏れた。
傭兵ギルド内部の様子を一言で言い表すなら、《酒場のような役所》。
入り口を抜けた先の場所は、天井が二階の高さまで吹き抜けになっている横長のホールだった。
一階部分は右手に酒場、左手が役所みたいな作りになっており、それぞれ奥側にカウンター、そして二階へと続く階段がある。
一階ホールに面した二階部分は幅広の廊下になっていて、奥側への通路や扉が見える。
そうした中で、異様さが目につく部分が一点ある。
それは二階廊下の広間側が、大人の腰の高さ位まで凹凸の石壁で仕切られている事だ。
まるで城壁に存在する狭間のような作り。
明らかに外敵に備えたものだと解る。
仮想敵が誰なのかはさておき、一階広間をキルゾーンに見立てているのだろうなと想像はついた。
また、建物内にいる人の数は少ない。従業員を除けば疎らと言っていいだろう。
酒場には真昼間から飲んでる連中がそこそこいるが、役所側は十人もいなかった。
「受付はあっちね」
内部の観察に余念がない俺の注意を引くように、広間の左奥に顔を向けてレナが言った。
右と左を見比べれば、傭兵ギルドとしての機能がどちらにあるかなど一目瞭然である。
耳聡くレナの言葉を聞き付けたのか、こちらに注目が集まってきているのを肌で感じる。
予想していた事とはいえ、レナに向けられる下卑た視線やざわめきが多いのが気になった。
まあ街中を歩いていた時にも少なからず感じたが……。
特に酒場の方からは「おい見てみろよエルフがいるぞ」とか「なんだあれ、貴族のガキか?」という露骨な発言が視線と共に飛んでくる。
ちらっと酒場に目を向けると、大きいテーブルを占拠している六人ほどのグループが一番騒いでいるようだった。
ガラわりーな……チンピラかよ。
中にはターバンみたいなのを巻いてる奴も一人いて、もしかしたら異国人の傭兵なのかもしれない。
騒ぎの声は当然レナにも届いている。彼女は「空気の悪い所ね」と若干険のある声で呟き、左側のカウンターへと歩き出す。
護衛兵の放つプレッシャーのおかげか、酒場の野次はともかく、実際に絡まれる事はなかった。
カウンター前に到着すると、受付らしき若い女性が寄ってくる。
「傭兵ギルドの受付はここでいいのかしら?」
「はい、こちらになります。ご用件は何でしょうか?」
営業スマイルを浮かべ如才なく応答する受付、もとい女性職員。
近くで見ればなかなかの美人で、しかもけしからん乳をしている。
女性職員のお仕着せっぽいノースリーブの服を、下から二つの山脈が盛り上げていた。
レナもまたその事に気付いたようで、女性職員の胸部をぎろりと睨みつける。
その時、女性職員が一瞬勝ち誇るような表情をしたのを俺は見逃さなかった。
だが、胸に視線が行っているレナは見逃したようだ。
もし気付いていたらプライドの高いレナの事だ、一悶着起きたかもしれない。
俺は小さくため息をついた。
「依頼があって来たの。内容はこちらに記してあるわ。確かめて頂戴」
「承知しました」
レナがスカートのポケットから封筒を取り出し、女性職員に手渡す。
その封筒はエトランジェ家の印璽で封蝋されており、中には母さん直筆の紹介状が入っている。
封筒の裏面を確認した際、女性職員は僅かに目を瞠ったが、動揺した様子は見せなかった。クールだな。
封筒から取り出した紹介状を読み終えると、女性職員はやや緊張した面持ちでカウンターから出た。そして「こちらにおいで下さい」と俺たちを手招く。
言われた通りついていくと、女性職員は二階通路下のドア前で立ち止まり、振り返った。
「失礼ですが、お二方のお名前を伺っても?」
「レンシエルよ」
「僕はライオット・エトランジェです」
名を訊かれて答えると、女性職員は「ありがとうございます」と言って軽く頭をさげた。
おそらく紹介状に記されていた名前に誤りがないか、念のため確認したのだろう。
「被測定者が十三歳未満の場合は保護者、あるいは後見人の同伴が必要ですが、どなたが?」
「もちろん、私よ」
女性職員の確認に、やや気負った様子でレナが応じた。
これから受験に臨む子供の母親的心境なのかもしれない。
「では中にお入りください。護衛の方々は外でお待ちを」
女性職員が鍵を使ってドアを開け、俺とレナを中に招き入れた。
「これは……」
「何だか、凄いね」
部屋に入り、中の様子を目にしたレナは呆然と呟いた。
その一方で俺は、初めて目にする魔法陣らしきものに目を奪われて感嘆した。
部屋の広さは十二畳ほどの縦長で、周囲を石壁で覆われた完全な密室である。
部屋の天井四隅にはランプ型の魔導具が吊り下げられ、光源となっている。部屋のドアを開けたら自動的に点灯するのだろう。
部屋の奥、平面に磨かれた光沢のある床と天井には、直径二メートル位の円型魔法陣が赤い塗料で描かれている。
魔法陣には大小無数の象形文字や記号のような紋様が描かれていて、知識のない俺には意味を読み取る事は出来ない。
入り口のすぐ左手には木製の机と壁際に棚があり、ペンなどの筆記用具やよく分からない小物などが置かれている。
全員が入室すると、女性職員はドアを閉めカチャリと鍵をかけた。
それから机の前に移動し、机の引き出しから台座付きの水晶球を取り出す。
推測するに、存在位階測定用の魔導具だろう。いかにもそれっぽい。
女性職員は水晶球を机の中心に置いてから、ドア前にいる俺とレナに顔を向ける。
「ライオット様は魔法陣の上で立ってお待ち下さい。レンシエラ様はこちらへどうぞ」
「あ、はい」
「わかったわ」
測定準備が整ったのだろう。
俺は少しわくわくしながら指示に従い、魔法陣の上に立つ。
レナは女性職員の横で待機の姿勢だ。
ちなみに女性職員も立ったままで作業するようだ。
机はあっても椅子はないらしい。
「それではこれから存在位階の測定を開始します。ライオット様は目を閉じて、心を落ち着かせてそのままお待ち下さい。身体に危険が及ぶ事はございませんので、その点はご安心ください」
「わかりました」
「イオ、頑張ってね……!」
女性職員の指示に従い、両目を瞑って心を静める。
直後に聞こえてくるレナの声援が嬉しくも気恥ずかしい。
俺は立ってるだけだが、それでも声をかけずにはいられないレナの親心か。
「存在位階測定を開始します。――霊識圧透過術式、起動」
女性職員の宣言の後、頭と足元からスウッと冷えるような感覚がじわじわと広がってゆく。
寒いと思うほどではないが、体の芯まで染み入るような透徹した冷感だ。
――むっ。
冷感が胸まで届いたとき、雷精の動揺が伝わってきた。だが深刻な影響ではなかったのか、すぐに落ち着く。
どうやら精霊は魔法的な干渉に対しての感受性が鋭いようだ。
まあ精霊も魔法的な存在だと言えなくもないしな。
「測定終了です。お疲れ様でした」
冷感が全身に行き渡ったあたりで、女性職員が終了を告げた。
「ライオット様、こちらへおいで下さい」
「はい」
指示に従い、俺は女性職員が立っている机の前まで移動する。
女性職員は水晶球の台座に手を伸ばし、出っ張りを掴んでゆっくりと引っ張った。
すると机の引き出しのように台座の中央部がスライドして出てくる。
平面の石版といった感じの引き出し中央には長方形の窪みがあり、テレホンカードサイズの何かが収まっている。
女性職員は引っかくようにしてそのカードらしきものを取り出すと、無言で俺の方へ差し出した。
カードを受け取る。
手に取って裏表を見た限りでは、両面とも無地の白色で、光沢のある金属的な材質でできていた。
「……これは?」
「それは、特殊加工されたミスリル製のカードで、今ほどの測定で得たライオット様の存在位階が記録されております。そのカードにライオット様の血を触れさせる事で術式が完成し、存在位階数値が読めるようになります」
なるほど、もう一手間必要って訳ね。
「まさか、カードを浸すくらいに血が必要って事はないわよね?」
「いえ、指先を少し切って、血を一滴かける程度で充分です」
「そう、なら良かった……」
横からレナが不安そうな声で口を挟むと、女性職員はやんわりとした口調で説明した。
レナはホッとした表情で胸を撫で下ろす。
血の必要量とか考えてなかった俺もちょっぴり安心した。
「これをお使いください」
そう言って、女性職員が胸ポケットからペーパーナイフを取り出して俺に差し出す。
先ほど封筒を開けるのに使ったものだ。
俺は頷いてペーパーナイフを受け取り、左手小指の先を切る。
ぷっくりと指先で膨れる赤色の血。
俺は小指を下向きにし、右手に持ったカードの真ん中へんに血滴を落とした。
すると、血が染み込むようにカードの色が変わっていき、僅か数秒で真っ白だった一面は黄金色へと変わった。
魔法というより錬金術みたいだ。
「えっ!?」
突然、女性職員が驚くような声をあげた。
見れば、女性職員の視線は黄金色に染まったカードに注がれている。
……何かおかしな点でも見付けたのだろうか?
そういう態度を取られると、こちらもいささか不安を覚える。
「あの、何か気になる部分でも?」
「あ、いえ、失礼しました。実は少し……いえかなり、驚いただけです」
俺が尋ねると、女性職員は平静を取り戻して釈明した。
つーか、真面目な顔で「驚いた」とか告白されてもな……。
気休めになるどころか、不安が倍増である。
レナもまた、怪訝そうな眼差しを女性職員に向けている。
「驚いたって、何にです?」
「あ、えと、それは……」
女性職員は口篭ると、ちらっとレナの方へ視線を逸らす。
まるでレナの前で話すのを憚るような態度。
つまり、保護者にすら知られるとマズイような問題発生とか?
それともまさか、俺が転生者だって事が発覚したとか……。
最悪の想像が頭に浮かび、俺は青くなった。
「あっ、ごめんなさいごめんなさい、そういう意味で驚いたんじゃないんです、決して悪い事じゃ、ないんですっ……」
いきなり鉄面皮が崩れ、わたわたと慌てふためく女性職員。
小さい子供を不安がらせた挙句、今にも泣かしそうだとでも思ったのかもしれない。
女性職員のテンパった顔が何だか可愛い。
キリッとしてればいかにも大人の女性って感じだったけど、崩れた表情を見てると結構童顔だとと思う。
この女性はこれが素なのかもしれないな。
「職員さん、落ち着いて。僕は大丈夫です。ひとまず、事情を説明してもらえませんか?」
「うぅ……わかりました……」
宥められて少し落ち着いたのか、女性職員はしょんぼりとした様子で頷いた。
そして俺の手元のカードを指差し、恐る恐るといった感じで説明を始める。
「実は……ですね。ライオット様のそれ、金色に染まってますが……通常はカードの色が変わったりはしません」
「そうなんだ。これはこれでキラキラして綺麗なのにね」
わざと子供っぽい感想を言って、カードの金色面を目の前に翳して眺める。
ちなみに金色なのは片面だけで、もう片面は白色のままだ。
俺の無邪気な反応を見て安心したのか、女性職員の表情が緩む。
「ですが異常という訳でもありません。稀なケースではありますが、普通に起こりうる事です。ただ……」
女性職員は言いよどんで、再びちらりとレナを見る。
さっきといい今のといい、微妙にレナを警戒してる?
「……カードの色が変わる。その事態が意味するものは――被測定者、すなわちライオット様が……精霊使いであるという事です」
ピキッと音を立てて部屋の空気が凍りついた。




