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第十一話 はじめてのおかいもの


「うわぁ、賑わってるなぁ」


 エトラニアの商業区を訪れた俺は、思わず感嘆の声をあげた。

 大通りを闊歩する通行人と、店舗や露天で商売に精を出す人々が生み出す活気や熱気に当てられたのだ。

 まるで田舎から来たおのぼりさんのような反応である。

 だがそれも仕方ない。自分の足でここを訪れたのは初めてなのだ。 これまでは馬車の中から眺めるだけだったからな。


 早くも観光気分の俺に、レナが苦笑しながら声をかけてくる。


「しつこいようだけど、絶対に私から離れないでね、イオ。エトラニアの治安は良いけど、だからって油断しちゃダメなんだから」

「うん、気を付けるよ」


 レナの忠告に従い、浮つく心を引き締める。

 同時に、右手に繋いでるレナの手をぎゅっと握った。


「それじゃ、まずは予定通り薬草の仕入れからね。貴方たちは警戒を怠らないよう付いて来て」


 レナの台詞の後半は、俺たちの背後に控えている三人の護衛兵に向けたものだ。

 身なりの良い幼児とメイド姿のエルフが兵士姿のごつい男を複数引き連れている。傍目にはさぞかし奇妙な集団に映っている事だろう。

 まあ俺やレナの立場を考えれば仕方ない。というか、これでもかなり身軽な方だと言える。

 なんせ本来の護衛数は三十人とかだったからな。

 いったいどこの大名行列かと。

 悪目立ちするし、街の人たちにとってもいい迷惑だろう。

 そう道理を説いて、護衛を十分の一に減らした。そして削った人員を街の巡警に充てて間接的な護衛にした。


 なお、お荷物になりそうな千鳥はお留守番だ。


 生薬の調合に使う素材を調達するため、レナは定期的に街の商業区に足をはこぶ。

 いつもはレナだけ(護衛兵はいる)で済ませていた用事である。今回は無理を言って同行させて貰った。


 その際、過保護な母さんの説得には骨が折れた。だがリーンが口添えしてくれたおかげで許可が下りた。

 また、レナにもかなり渋られた。こちらは社会勉強を建前にして説得し、何とか承諾を取りつけた。

 

 ここへ来た俺の目的は存在位階測定の件だ。

 もちろん、その事は母さんやレナも承知している。

 他にも観光や視察目的で純粋に街に来てみたかったのもある。


 そんなわけでレナの用事を済ませた後、傭兵ギルドに立ち寄る予定だ。


 周囲から好奇の視線を集めながら、石畳で舗装された街路を歩く。

 時折、物怖じしない露天の店員から客引きの声をかけられるが、レナが世慣れた対応で断っていた。

 それが実に自然な振る舞いに見えて、レナが人間社会に馴染んでいる証に思えた。


 注目を浴びる事にも慣れ、周囲を観察する余裕が出てくると、人種の豊富さがまず目に付いた。

 九割がた人間の白人系だが、浅黒な肌の黒人寄りの人もいる。

 人間以外だと、獣人の姿もちらほら見かける。

 さすがにレナ以外にはエルフの姿はない。ドワーフなど他の妖精種もいないようだ。


 街並みは、中世欧州風の建物が区画毎に整然と立ち並んでおり、街路と並行する水路では小舟が行き交っている。

 我が街ながら、実に美しい景観だと思う。

 また、下水道も整備してあるので、汚物による悪臭などもない。

 暮らしやすく美しい街作りを掲げるエトランジェ家の政策が形になったものだと思うと、感慨もひとしおである。


 観光気分で歩いているうちに、目的地に着いたらしい。周囲と比してやや小さな店舗の前でレナが足を止めた。

 頑丈そうな木製のドアを押し開けて店内に入ると、何とも形容し難いむわっとした芳香が俺を包みこんだ。

 店内には大きな棚が立ち並び、その段には俺の腕で一抱えほどの壷が幾つも置かれている。恐らくその中に薬草などが収納されてるのだろう。

 物珍しさに感心しながらキョロキョロと視線を巡らせていると、奥のカウンターらしき場所に座っている人物と偶然目が合った。


「うゎぁ……」


 吃驚して、思わず声に出してしまった。


 何故なら、その人物の見た目がまんま魔女だったからだ。

 だが、可愛い魔女っ娘なんかじゃあ、断じてない。

 もっと恐ろしいもの……老婆な魔女だった。

 黒いローブにとんがり帽子を身に着け、鉤鼻が特徴的なしわくちゃの顔。

 おまけにカウンターの上に黒猫まで侍らせてる。

 パーフェクトだ。


「ヒヒ、いらっしゃい」


 しわがれ声で常套句を口にした老婆は、目を丸くする俺にニヤリと笑いかけた。

 幼い子供なら泣き出してしまいそうな顔だ。

 客を驚かせて喜ぶ趣味でもあるのかもしれない。


「久しぶり、マルタ。相変わらず元気そうで何よりね」


 老婆の外見に驚く様子もなく、親しげに声をかけるレナ。

 その態度からして知り合いなのだろう。

 普通に考えて常連客と店主の関係、といったところか。


 それで老婆の名前はマルタ、と。

 いちおう覚えておこう。

 てか、インパクトが強すぎて忘れたくても無理そうだが。


 狭い店内だと並んで歩くのに不自由するので、俺とレナは繋いでいた手を離してカウンター前へ移動する。


「ああ、ああ、もちろんさ。薬師が不養生で早々にくたばっちまったら看板に傷が付くからね。あと百は生きるつもりさ」

「ふふ。マルタなら本当にそうなりそう」


 マルタの他愛ない強がりを、レナは笑って受け取った。

 しぶとそうな婆さんだし、本当にそれくらい長生きするかもしれない。


「その子は例の坊やかい」

「ええそう。私の小さなご主人様よ」


 視線をこちらに向け、訳知り顔で尋ねるマルタ。

 ぞんざいな質問であったが、レナは気を悪くした様子もなく、それどころか誇らしげな顔をして俺を紹介した。


 マルタは人相を吟味するかのように俺の顔をまじまじと見つめる。

 レナの顔を潰すわけにはいかないと、仕方なく俺も愛想笑いを浮かべてマルタと視線を合わせた。

 相対すると胸焼けを起こしそうなご尊顔である。


「賢そうな顔立ちの子じゃないか。しかも随分……」

「……随分、何?」


 言い淀むマルタに、レナが訝しげな視線を向ける。

 マルタはニタリ、と人の悪い笑みを浮かべた。

 嫌な予感。


「良い性格をしてそうだねえ」

「……ぷっ、あははっ。た、確かにそうかも……」


 人を食ったマルタの回答がツボだったのか、レナは軽く吹き出して笑った。

 はなはだ不本意だと言うほかない。

 てか、相手が子供とはいえ初対面の人にかける言葉じゃないだろう。

 良い性格してるのはどっちだよ、と言い返したくなる。

 だがそれをしたらマルタの評価を自ずから証明するようなもの。

 ここは我慢だ。


 レナの様子が落ち着くのを待って、マルタが話題を切り替える。


「さて、今日の用件はいつもと同じかい?」

「ええ。在庫あるかしら」

「無論さね。量はいつもと同じでいいかい?」

「そうね、それでお願い」

「了解だよ。少々待っといで」


 ツーカーのやりとりで商談を済ませたマルタは、そう言ってカウンター奥の部屋へと姿を消した。

 バックヤードと思われるその部屋から、ガサガサガタガタと物音が聞こえてくる。

 五分程度は待っただろうか、マルタが手ぶらで奥の部屋から出て来た。


「商品は裏口に置いといたよ。検品は必要かい?」

「ううん、結構よ。代金は幾らかしら」

「そうさね、六タリアと四十リアでどうだい」


 マルタの告げた金額を聞いて、俺は一瞬耳を疑った。

 なぜなら、その額が余りにも高すぎたからだ。


 とはいえ、商品の単価や購入量を知らない以上、代価が適正かどうか俺には判断できない。

 よってこの場で訊ねるわけにもいかない。

 もちろん後でレナに確認する必要はあるが。


 ちなみにイシュタリア王国で流通している貨幣を説明すると、


 1タリア:金貨1枚。日本円換算で約200,000円。

 1リア :銀貨1枚。日本円換算で約2,000円。

 1ラン :銅貨1枚。日本円換算で約20円。

 両替価値:100ラン=1リア 100リア=1タリア

 

 となる。

 日本円換算の価値はあくまで俺の独断と偏見による設定だ。

 パン一斤の代金がおよそ十ランなので、それを元に推定した。


 つまり、マルタの提示した代金は日本円換算で128万円。

 前世の金銭感覚が抜けてないからかもしれないが、個人の買い物にしては高すぎるように感じる。

 まあ医薬品の原料と考えれば高価なのも解らなくもないが……。


 俺の危惧を余所に、レナは動じた様子もなく頷いた。


「ええ、それでいいわ。でも、今回は少し高いわね」

「済まないね。この頃は薬草採取なんて地味な依頼を受けてくれる傭兵がめっきり少なくなってねえ。報酬を上げないと仕入れもままならないのさ」

「イシュタリアは最近、平和が続いてるから仕方のない事ね……。傭兵の多くが国外に職を求めるでしょうし」


 マルタの釈明に、レナは苦笑顔で理解を示した。

 やや政治向きの話だが、二人の会話は俺にも理解できた。


 傭兵は名前の通り雇われて戦う職業であり、その主たる活躍の場は戦争に求められる。

 一方で、護衛・探索・討伐・採取といった、いわゆる冒険者的活動で生計を立てる傭兵もそれなりにいる。

 二人が問題視してるのは、後者の傭兵が少ないという点だ。

 これはイシュタリアが旧くから続く文明国である事が関係している。


 イシュタリアは約八百年以上の長きにわたり、繁栄してきた。

 それゆえに、国土の大半には人の手が及んでいる。魔物や賊が跳梁跋扈する危険地帯や未開領域などは、もはやほとんど存在しないと言っていい。

 強いて挙げるなら王都にある巨人族の遺跡迷宮くらいか。だがそこは王家の管理下にあるため、有象無象の傭兵が立ち入れる場所ではない。


 また、イシュタリアは近年、外国との戦や内訌の兆しもなく平穏を保っている。


 冒険者的な需要が少なく、戦人としての稼ぎ場もないとなれば、傭兵の国外流出は起こるべくして起きている事態と言えよう。


「それじゃこれお代。不足がないか確かめて」


 懐から巾着袋のような財布を取り出したレナは、カウンターの上に金貨と銀貨を積み上げる。


「ヒヒ、毎度あり」


 目を細めて硬貨の数を確認したマルタは、魔女っぽい含み笑いをして取引完了を告げた。


「それじゃ、これで失礼するわね」

「おや、慌しいね」

「ごめんなさい、今日はこの後も用事があるから長居できないの」

「そうかい、ならお話(・・)は次回にしようかねえ」

「ええ、お願いね」


 微妙に含みがありそうな話を交わしてレナは踵を返す。

 俺もまたマルタに別れの会釈をし、レナに追随して店を出た。

 

 レナから少し遅れて店外に出ると、外で待機していた護衛兵の一人がデカい篭を抱えて近くに寄って来た。そして護衛から離れる旨の断りを入れ、離れてゆく。

 レナに事情を求めると、護衛兵の一人は購入した素材を持って一足先に屋敷に戻る役割だったとの事。


 納得した俺は再びレナと手を繋ぎ、次なる目的地である傭兵ギルドに向けて歩き出した。


読んでいただきありがとうございます。

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