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第十話 訓練と成長


 母さんがエトラニアの街に帰還して数日後、ある晴れた日の午前。

 かん、かん、かん……と、硬質な物をぶつけ合うような物音が裏庭に響いていた。


「く……っ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 こちらの攻勢を凌がれ、一旦大きく距離を取った俺は肩で息をし、呼吸を整える。


「今のは力が乗った良い連撃でした。どうやら私が不在の間もたゆまず鍛錬を続けてたようですね」


 嬉しそうに目を細めて、俺の成長と努力を認めてくれるリーン。

 彼女は俺と違って全く息が乱れてない。

 肉体も技術も高いレベルにあるリーンにとって、未熟な俺の攻勢を捌く程度では消耗しないのだろう。


 俺とリーンは今、木剣を手に裏庭で剣術の訓練をしている。

 言うまでもないが、リーンが教師で俺が生徒だ。

 元傭兵で現軍人のリーンは教官としての力量も高い。

 それを見込んで、俺が五歳の頃から稽古をつけて貰ってる。

 俺の体がまだ未成熟なため、あまり激しい事はしないが。

 前世では剣道を嗜んでいた事もあり、こうして剣を振るうのは俺にとって楽しい一時だ。


「リーンにそう言ってもらえると自信が付くよ。さあ、もう一度行くよッ!」

「はいっ」


 再び俺とリーンの間で交わされる剣戟の応酬。

 七歳児である俺の攻撃は重さに欠けてリーチもない為、どうしても手数や技に頼った戦い方をせざるを得ない。

 具体的には小手や足元などを狙って戦闘力を削る戦法だ。

 小賢しいと思われるかもしれないが、他にやりようがないのだ。

 策もなしに、圧倒的に膂力や体格に優る相手の懐に飛び込むのはリスクがでかすぎる。


 しかし俺の思惑などリーンには筒抜けというか、そもそも俺にそういった戦術思考を叩き込んだのは彼女である。

 なので俺の攻撃は予定調和の如くリーンに避けられ、いなされ、防がれてゆく。


 リーンは基本、受身に回っている。だが大きな隙を見せると容赦なく打ち込んでくる。

 前回まではそれで木剣を弾き飛ばされたり、体に痛打を受ける事で戦いが中断していたが、今日は違った。

 ふしぎと体が軽い。以前より木剣が軽く感じる。リーンの打ち込みが良く見えて、回避や防御がしやすくなった。


 何十合か打ち合ったところで、俺は持久力の限界を感じ大きく後退した。

 俺が休憩を欲してると察してか、リーンは追撃して来ない。


 俺がふぅふぅと荒く息を整えていると、相好を崩したリーンが声をかけてくる。


「やはり今日のイオ様は動きが冴えておりますね。しばらく会わなかった間に何があったのかと思うほどの進歩。実に素晴らしいです」

「は、ははっ、たまたま調子が良いだけさ」


 なかなか的を射た内容の発言にドキッとしつつ、謙遜で流す。

 褒められて嬉しい気持ちはあるが、素直に喜べなかった。


 いきなり身体能力が向上した理由は恐らく先日の一件だろう。

 精霊の恩恵か、はたまた雷皇鳥倒した経験値でレベルアップでもしたのか。

 まあ前者はともかく、後者の可能性は低いだろう。

 この世界で数年間生きてきたが、ゲームのようなシステマチックな法則があるとは寡聞にして知らない。

 ステータスオープンとか鑑定とか使えたら便利なのになあ、と思っていた時期が俺にもありました。


「ふふ、シャルロット様に似てイオ様も謙虚ですね。しかし、私の見立ては間違っていません。きっとお父上譲りの才能が開花し始めたのでしょう」


 誇らしげな表情で断言するリーンの瞳には、俺ではない別の人物が映っているのではないか、という気がした。


「父さん譲りの才能、か……」


 俺のライオネル・フォン・エトランジェは、智勇に優れ、仁慈に厚く、公正無私な人物であったと聞いている。

 それが盛られた評価でなければ、正しく英雄的な存在だったのだろう。

 息子としては誇らしい限りであるが、リーンが時折見せる父への想いは、俺とは趣を異にしていると感じる。


 かつてリーンは国軍将軍だった父の副官を務めていたらしい。

 しかし父がエトランジェ家に婿入りすると同時に、リーンは母さんの護衛武官として移籍したそうだ。

 父との関係に理由があるのだろうと、容易に想像がつく。


 俺の成長を喜んでくれるのは、愛する男の面影をその息子の中に見出したからではないか、とつい邪推してしまうのだ。


「イオ様は一度、街の傭兵ギルドに足を運ばれるのが良いかもしれません」


 唐突にリーンが脈絡のない話題を切り出してきた。

 物思いに耽っていた俺は思考を切り替える。


「……その心は?」

「傭兵ギルドには《存在位階(オーラ)》を測る魔導具があるからです」


 存在位階とか、なんか興味深い単語が出てきた。


「つまり、僕の存在位階? ってのを調べてみれば、って事?」

「はい。本来は傭兵としての適性を測る為の物ですが、然るべき代価を払えば部外者でも利用できます」

「なるほどね……で、その存在位階というのは?」

「存在位階は存在力とも言われ、個としての〝格〟を示す指標です。より具体的に言うと、《霊格》と《構成強度》の平均値が存在位階です」


 言うほど具体的ではなかったが、なんとなく意味は解った。

 霊格は魔力とか精神力で、構成強度は身体能力あたりか?


「霊格と構成強度というのは?」

「霊格は、魂という器の強度や容量を数値化したもの。高いほど魔力資質に優れ、構成強度の成長も早いです。構成強度は、肉体の強度や生命力を数値化したもの。加齢による成長・老化や鍛錬などで変動します」

「……えーっと、要するに霊格は才能、構成強度は現在の身体能力って解釈でいいのかな?」

「はい、その認識でよろしいかと。なお蛇足しますと、魔力を伸ばすと構成強度の成長が、肉体を鍛えると魔力の成長が鈍くなると言われています。これは霊格という器に魔力と生命力のどちらをより多く注ぐか、という命題に繋がります」


 つまり、ステータスポイントの配分みたいな感じか。魔法か物理の片方に特化するか、両方バランス良く育てるか。


「なるほど、よく解ったよ。……ちなみに補足ではなく蛇足と言った理由は?」


 リーンは一瞬、意表を付かれたような表情を浮かべた。それからクスッと微笑い、話し出す。


「……ふふ、本当に聡い。ああ、蛇足と言った理由は簡単です。その話がまだ仮説の域を出ないからですよ。とはいえ傭兵たちにとっては半ば常識の話で、経験論として知られていますが」

「ふーん……まあ大勢が出した結論なら間違ってないと思うよ。統計学的にもさ」


 所感を述べたら、リーンがちょっと変な顔をした。


「……トウケイガク? 何かの学問ですか?」

「ああ、うん。そんなとこ。あまり気にしないで」

「は、はぁ……」


 戸惑いを残した表情で、リーンは頷いた。


「話を戻すけど、存在位階の測定を僕に勧めるのはどうして?」


 私見だが、存在位階を知る事には弊害が大きいと思う。

 存在位階が現有能力を示すだけなら問題はない。だが、内在項目の霊格は根源的な才能を表している。これは良くない。


 特に魔力資質に直結してるのがまずい。貴族にとって、いや人間社会にとって、魔力が高い事は一種のステータスなのだ。

 測定して霊格が低いと判れば、落胆してやる気の欠如や劣等感を招きかねない。

 また、他人に存在位階を知られる事で、妬み・差別・偏見・イジメといった社会問題を引き起こす可能性もある。


 まあ、リーンとてその辺は理解してるはずだ。

 その上で勧めてくるという事は、俺にとって存在位階の把握はプラスになる、有意義だ、と考えてるのだろうけど。


「それは、イオ様の存在位階が非常に高いと確信したからです」


 俺の疑問にドヤ顔で答えるリーン。

 いや、それだけじゃ意味わからんから……。

 俺は頭をひねってリーンの言いたい事を推測する。


「……存在位階が高ければ、それを知っても不都合がないから?」

「はい。将来を考える上で良い判断材料となるでしょう」


 リーンの言う事は一理ある。

 存在位階測定の弊害の多くは、他者より数値が低い場合に発生する。高いのならメリットは多くデメリットは少ない。

 まあ、才能にあぐらをかいて努力を軽んじたり天狗になるような性格でなければ、だが。


「なるほど、提案の理由はわかった。でも、一つだけ。僕の存在位階が高いと判断した根拠は?」

「イオ様の身体能力が同年代の常人より明らかに優れてるからです。存在位階が高ければ、成長もまた早いですから」

「あー……うん。理解した」


 理屈はわかった。しかし、リーンは少し勘違いをしている。

 急に身体能力が向上したのは精霊のおかげか、雷皇鳥を倒してレベルアップ? したからだ。

 つまり俺から見て、存在位階が高いと確信できる根拠ではない。

 計測の結果、「存在位階たったの5か……ゴミめ」なんて事になったら目も当てられない。


 とはいえ、潜在資質を把握できるのは、その弊害を踏まえた上でも魅力的である。

 期待より低くてがっかりする可能性も否めないが、それならそれで割り切って、将来設計に役立てればいい。

 そのうち口実を見つけて、傭兵ギルドに行ってみよう。

 

「ちなみに傭兵の平均的な存在位階は40レベル前後と言われています。参考までに申し上げますと、私は179レベルです」


 単位がレベル……これを安直だと思うのは転生者だからか。まぁ解りやすくていいけども。

 こういうのも一応、同じ人類の共通点になるのか?


 それはさておき、179レベルか……さすがに優秀だな。

 いやまて、普通に考えて平均の四倍以上ってヤバくね? 三国志の呂布なみに無双できそうな数値に思えるんだが……。


「へえ、さすがリーンは強いだけあって、存在位階も高いんだね。というか、僕にそれを教えても良かったの?」

「構いません。イオ様でしたら無闇に触れ回る事はないでしょうし、何より二つ名持ちには存在位階を公表してる者も多いですから。私は特に公表してませんが、隠してもいませんので知ってる者はそれなりにいます」


 俺を信用してくれてると思えば嬉しいが、台詞の内容からすると単にオープンなだけって感じだ。

 それはそうと、二つ名とかこれまた気になる単語が出てきたな。


「そっかあ……ところで、二つ名って何?」

「そ、それはその……実力と知名度の高い傭兵や軍人に定着する渾名のようなものです」


 リーンは俺から目を逸らし、やや躊躇う様子を見せつつ答えた。

 間接的な自画自賛になるので、いたたまれないのだろう。

 悪い事したかな……とは思うも、興味を優先する俺。


「ほほう、リーンも持ってるんだよね? 聞いてもいい?」

「私は……《ベルンの忠犬》などと言われておりますね」


 そう答えたリーンの声は、ほのかな憂いを帯びていた。

 この態度からすると、自分の二つ名をあまり良く思ってないのかもしれない。

 いくら獣人族とはいえ、犬扱いされたらねえ。

 これを褒めるのはさすがに失礼な気がする。


「うーん、リーンには悪いけど、ちょっと微妙な感じだね」


 仕方なく曖昧に言うと、リーンは悄然とした様子で頷いた。


「そうですね……私としては、《ライオネルの忠犬》と呼ばれたかったのですが」

「問題そっち!?」

「? そうですが?」


 思わず突っ込んだら、「他に何が?」とでも言いたげな顔で聞き返された。


 どんだけうちの親父好きなんだよ……。


 俺が内心呆れていると、リーンは表情をきりりと引き締めて訓練の再開を告げる。


「さて、休憩は終わりです。もう一息頑張りましょう」

「いえっさー」


 リーンに打ち込みながら、街へ行くためにどうやってレナを説得しようかと考える。

 それで集中が疎かになり、リーンの一撃を食らって痛い目を見たのだった。


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