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逆鱗のハルト  作者:
逆鱗のハルトⅢ アイシャ

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発症を促すのは③

「――これでもう、お前は戦えねぇぞ」


 アルミラさんの前、グランが静かに告げる。


 けれどセウォルはどこか飄々とした態度のまま続けた。


「残念ながら俺は捨て駒だよグラン君。お前たちの切札を見せてもらうためのね」


「――黙れ。その首を掻き斬るぞ」


〈爆風〉の刃のような鋭い声でセウォルの眉が僅かに振れる。

それでも彼はすぐにヘラリと笑い、黙らなかった。


「ひひっ、正直この中でアンタが一番恐い! 本当に従ずる者の子孫なのか疑わしいよ。俺の下についてくれたらよかったのに。……よく聞けグラン君。アルミラちゃんの発症を促したのはタトアルだ。アルミラちゃんはタトアルの血を浴びたんだろう? だから俺が抑えられる(・・・・・)


「……あ?」


「元々、彼女の魔力は俺の魔力と混ざり変質していた――それをお前たちが捏ねくり回したんだろう? そこにタトアルの――始祖人の魔力が大量に取り込まれたらどうなったと思う? いまアルミラちゃんからは堪らなくいい匂いがしているんだ」


「……」


「彼女は……従ずる者に限りなく近い状態さ。統べる者がひとたび噛み付けば昏睡しない駒の出来上がりだ」


「ふん。黙らねぇと思えば戯言か。俺たちは治療方法を手に入れた。問題にもならねぇな」


「ひひ、問題だらけだよ。言っただろ、始祖人は始祖人を操れないけど、下位の者を絶対に逆らえないようにすることはできる」


「過程はいい。さっさと結論を言え」


〈爆風〉が言うと、セウォルはぎゅっと眉を寄せた。


「……本当に固いやつだなぁ。じゃあ結論だ。アルミラちゃんは、俺が操ってるわけじゃない」


「……あ?」


 グランが思わずといった様子で聞き返す。


「彼女を治すなよグラン君。彼女は――いまの血でないと制御できない毒に侵されてる。その上で操られたんだ。薬を自分ごと爆破しろとかそんな感じだろうね。それを俺が抑えている状況ってわけ。つまり……操られてはいるが、俺が動かないよう命令したからそれに逆らえない状態でもあるのがいまのアルミラちゃんだ。従ずる者に限りなく近い状態で、さらにはタトアルの血……その魔力のお陰ってことさ」


「……信じると思うか? 俺が、お前の言葉を」


 グランがそう言ってギリリと歯を食い縛る。 


 セウォルはスッと双眸を眇め、ゆっくりと頷く。


「信じるしかないだろ? 俺は上位に――クトラフ(・・・・)の命令に逆らえない。本来ならクトラフが操るアルミラちゃんに命令を課すこともできないはずなんだ。俺がお前たちの切札を探れと命じられ役目を果たすために逃げ出すこともできなかったのが証明になるだろ? そら、クトラフの虫を逃がして(・・・・・・)いいのか?」


 ――その瞬間、ボーザックがはっと肩を跳ねさせた。


「ハルトッ! 扉に向かっていく虫がいる!」


 その言葉と同時に〈爆風〉が右腕をしならせ、剣を放つ。


 意識しなければ捉えられない小さな気配、それがアルミラさんから飛び立ったのだ。


 咄嗟に双剣を抜こうとした俺の横、アイザックとの間を抜けた刃は廊下の壁にぶち当たって落下し、ガランガランと音を立てた。


「仕留め損ねたか。思いのほか素早い」


〈爆風〉が呟くけど……いやいやいや、めちゃくちゃ肝が冷えたぞ。


 状況は緊迫しているのに、それとは関係なく心臓がバクバクしている。


 ちらと窺えば、アイザックも顰めっ面をしていた。


 でも――それで力が抜けたというか、反対に冷静になれたというか。


 思考が巡り、状況がストンと理解できたんだ。


 アルミラさんはいま古代の血――その魔力をふんだんに持っていて、始祖人の統べる者が噛み付けば操ることができる。


 さらに、従ずる者に限りなく近いせいで始祖人の上位の命令に逆らえないらしい。


 セウォルの言う通りだとすれば、アルミラさんを操ったのは草原の町で虫の研究をしていた始祖人クトラフ。


 そして恐らく毒を盛られたうえで、アルミラさんは自身の命を犠牲にするような行動を強いられ、それをセウォルが「動くな」と命じて抑えているんだ。


「残念、俺としては虫を仕留めてほしかったんだけど。まあ……これでクトラフはお前たちの切札を知ることになる。これは詰んだかもね。……んー、この感じ、俺は弱体化されたのかな? それなら尚のことアルミラちゃんの石を外すなよ。俺を弱体化した以上、その石だけがアルミラちゃんの枷として機能してるんだから」


「……ぐ」


 グランが呻くけれど、なんにせよ俺たちは迂闊に行動できない。


「落ち着いてグラン。残念なことに、私たちはセウォルの言う毒に心当たりがあるわ」


 静かに告げたのはファルーアだった。


 ――そう。俺たちは知っているから。魔力を不活性化することで命を奪う、その毒を。


 隣の大陸(トールシャ)のアルヴィア帝国で蔓延する病がそれだ。


 古代の魔力に作用するその毒には、まだ『魔力活性』バフだけでは足りない。


 それこそ始祖人の血から作る薬が効けばと期待しているくらいなのだから。


「……デミーグさんに助言を請いましょうグランさん。アルミラさんのことは、それからでも遅くありません」


 ディティアが冷静に応えると、グランは大盾を背負い、大股でセウォルに歩み寄った。


〈爆風〉はいまも油断なくセウォルの首に左の剣をぴたりと当てているが、その隣に立ったグランはセウォルに問う。


「俺たちに教えたのは何故だ?」


「ひひ、何故って? 言ってなかったっけ? 俺、アルミラちゃんのことは気に入っているんだ。お前たちこそ彼女を巻き込んでなにがしたい? 海の先まで逃がしてあげたのに連れ帰ってくるなんて正気か?」


「……ッ! ふざけんじゃねぇぞ。お前の寵愛なんて姉貴には必要ねぇんだよ」


「寵愛、寵愛か! ひひ、確かにそんな感じだな。でもなぁグラン君、きっと後悔するよ。俺と違ってクトラフは用意周到だ。まだ罠を張ってるだろう」


「問題ねぇよ。全部ぶっ飛ばす、それだけだ」


「そうか。――ならもう言うことはないね。さっさと屠れよ」


「ああ、じゃあ面貸してもらう――ぜッ!」


 瞬間、グランが右の拳を振り上げて思い切りセウォルを殴り飛ばした。


 ゴッ……!


 鈍い音とともに反動で床に転がったセウォルが両手を突いて上半身を起こし、口元を拭う。


 唇を噛んだのか赤い液体で汚れた顔を痛みに歪ませ、それでもセウォルは笑った。


「……ッ、痛めつけてから屠るのか? 非道なことをするもんだね」


「っは! 誰がお前の望み通りにしてやるかってんだ。一発じゃ殴りたりねぇが、残りは姉貴に殴られろ。あとは知らねえよ、騎士団にでも任せりゃいい」


 ……グラン……。


 俺は知らずぎゅっと手を握りしめた。


 許しはしない。だけど――だけど俺たちは、命を奪うことはしない。そうありたい(・・・・・・)のだ。


 それがグランの言葉から、その声から、真っ直ぐに伝わってくる。


「ボーザック、ハルト。悪ぃが俺の両親の縄を切ってそいつをふん縛ってくれ」


 彼は肩越しに俺たちに指示を出すと、セウォルに背を向けた。


 本当はもっと悪態だってつきたいだろうし、言葉通り一発殴ったくらいじゃ足りないんだろう。


「了解だよ、任せて」

「わかった」


 応えてから、ボーザックと俺は目を合わせて頷きを交わす。


 ――そうだ。だからこそ俺たちはグランを支えたいんだよな。


「やっぱさー、グラン格好いいよね」


 ボーザックはそう言うと大剣を背負い、自身の短剣を抜いてグランの両親を縛る縄を切った。


 俺は「おう」と同意して、解いた縄でセウォルを縛り上げる。


〈爆風〉はそこでやっと刃を収めたけれど、その間、セウォルは一切抵抗しなかった。


 ただ――どこか力の抜けた表情でアルミラさんを見ていたんだ。


夜中に失礼します。

皆様こんばんは、大変ご無沙汰しておりました。

明日は広い範囲で雪が降るみたいですね!

お気をつけてお過ごしくださいませ。

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