目覚めの時ですか。③
久しぶりに、馬車の無い野宿となったその夜。
テントを張り終え、軽く食事もした後。
俺は、双剣を磨き終えてディティアに確認をお願いした。
グランは筋トレをしていて、ボーザックとディティアは俺と同じく剣の手入れ。
フェンは何処かへ散歩に行ったようだ。
段々慣れてきて、ディティアのオッケーをもらうまでの時間は大分短縮されてきた気がする。
災厄の黒龍アドラノードを倒し、バフが切れて動けなくなった後……身体が回復してから、何度かディティアにコツを教えてもらったのもある。
「うん、だいぶ良くなってるよハルト君。……でも、ここ。前も指摘したけど、少し研きがあまいね」
「うわ…気を付けたつもりなんだけどな」
「うーん、そしたら、少しやすりの当て方を変えてみたらいいかも…こっちから、こういう風に」
「わかった」
ディティアは根気強く教えてくれるから、俺も応えようと思って奮闘していた。
「ティア、大剣の研きにもアドバイス出来ないかなー?」
ボーザックも、気になったのか聞きに来る。
「えっ?……どうだろう、双剣と同じでいいのかなぁ……」
ディティアは一生懸命大剣の刃を見詰め、指差した。
「この辺、少し刃にムラがあるような」
「え、本当?……おお、確かにそうかも」
…こうして、武器や防具を手入れすることも、冒険には大切なことである。
日々のメンテナンスを怠った冒険者の末路も、物語としてよく語られているのであった。
…ちなみに。
テントの類はグランが。
調理器具をボーザックが。
俺は雨の日用のポンチョや応急処置用品を。
ファルーアは寝袋を。
ディティアは食器類を、それぞれ持っているんだけど。
ファルーアがいない今、ボーザックが寝袋も持っている。
どれもこれも冒険のために小さく纏められるようになっているけど、戦闘の時は基本的にその辺に放り投げてたり、街から近い場合はそもそも宿に置いてきたりだ。
食糧は分散して持つことで、万が一はぐれたりしても大丈夫なようにしてある。
1番かさばるのはテントで、それは1番力のあるグランが受け持ってくれた。
俺の場合は背負ったまま戦ってもあまり支障は無いように考慮してあって、皆でよく考えた采配だったんだ。
そんなことを再確認しながら、思う。
久しぶりに、こんな……当たり前のような冒険をしてるんだなぁ。
「ハルト君、手が止まってるけど……どうかした?」
「あっ、悪い。いや、なんか普通の冒険だなぁって感慨深いというか」
それを聞いて、ディティアはふふっと笑った。
調度戻ってきたフェンの背中を、彼女はもふもふする。
「そうだね、あとはファルーアがいたら完璧だね」
「ティアも居てくれるのが当たり前になったもんねー」
ボーザックが剣をかざしながら、一緒に笑う。
彼女は、少し驚いた顔をして、はにかんだ。
「へへ、そうかな?そうだと嬉しいな」
見上げた星空は、少し雲がかかっているけど壮大で、綺麗だ。
アドラノード戦の前に、皆で見上げた空を思い出す。
「ファルーアのためにも、頑張るとするかー」
******
太陽が昇り、空が明るくなる頃に出発。
道が険しくなり、所々岩が剥き出しになっていて、生い茂る草木に視界も悪くなった頃。
「グランさん、あれ!」
湧き水が小さな川となったその岸辺に、それはあった。
……まだ昼前で、川まで下りれば明るい。
水が太陽の光を散らして、さらさらと流れていた。
「見た目はちょっと、美味しくなさそうだね…」
ボーザックはすくっと立ったその植物に、眉をひそめる。
太い濃い緑の茎に、ハート型の葉。
紫色の花は細長い花びらが5枚。
オレンジの斑点が、花びらに2つずつついている。
高さはディティアの顔くらいで、花はグランの顔くらいある。
…結構デカい。
それから、何て言うか……咽せそうなほど芳しい香りが…。
「う、うぅぷ……」
「は、ハルト!?大丈夫!?」
「くっさ!!な、何だよこれ!」
ボーザックに言われて思わず叫ぶと、グランが鼻を摘まみながら険しい顔をして言った。
「こりゃ……袋がいるな」
フェンに至っては余程臭うのか、遠巻きに見ていて寄ってすら来ない。
「袋なんて持ってきてないぞグラン」
「わ、私もです……」
俺はグランの真似して鼻を摘まみながら、ふとバフを飛ばした。
「…………魔力感知」
すると……おお。
茎と葉を巡るように、きらきらとした流れが見える。
そしてそれが、花に流れ込んでいた。
「綺麗……」
言いながらも、ディティアの口にはタオルが当てられている。
臭いんだな。
見渡すと、少し上流にも1本見えた。
グランは肩を竦め、呟いた。
「仕方ねぇな……ひとり1本だ」
「えぇー、俺やだよー」
「目標3本だったし、ひとり1本で4本、1本はファルーア用でいいだろ!気張れ!」
「うう……」
ボーザックは項垂れながら、渋々テルロッサの傍に向かう。
……が。
「がうがうがうっ!!」
フェンの吠え声。
俺達は咄嗟に背中合わせになって、構えた。
どん、どしん、どしん。
重そうな足音が、こちらに向かってくる。
「嫌な予感しかねぇな」
「同感」
グランに答えて、俺はバフを選ぶため、音の方向をしっかりと見た。
……やがて。
揺れる草木の間から、ゆっくりと。
その巨軀は現れる。
大きな紅い一つ目。
岩に似た白と黒のまだら模様の身体。
2メートルはある身体に、樹を1本丸々使った、粗削りの棍棒。
サイクロプスだった。
本日分の投稿です!
今日も今日とて暑いですね……
正直溶けそうです。
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