秘密を握る者。④
豪傑のグラン。
名前をしっかりと呼ばれ、グランは不思議と背筋を伸ばしていた。
疾風のディティアが、微笑む。
「私は、私が断れなかったから仲間を失った。そう思っていないって言ったら、嘘になります。……でも、確かに、私達は共に戦いたいと思ってた。……今の白薔薇のように」
「…………」
グランは、グラスを持ったまま、ディティアを見ていた。
驚くほど大人びた顔をして、最強の双剣使いは、頷く。
「もう、断る判断をするには、秘密を握りすぎてるような気がします。私達は」
「……そうか。……秘密、か」
「はい。だから、こうしましょう」
「ん?」
「多数決!自分の運命を決める、大切な決断です!」
……グランは、ぽかんとディティアを見て……。
「ぶはっ、ははっ!何だそりゃ!俺とお前で、もう2票だろう?」
噴き出してしまった。
「わ、笑わなくても!それに、私まだ賛成とは言ってないですよ!?」
「じゃあ反対か?」
「さ……賛成ですけど」
ディティアは口を尖らせて、視線を逸らす。
「やっぱり、誰かが決めたっていうより、自分で決めるのが大事かなと……」
もごもごする疾風に、グランは空いてる手を伸ばして、その頭をわしわしと撫でた。
「ああ。そうだな。さて、反対はいるかな」
悩んでいたのが、何となく馬鹿らしい。
けれど、気分はすっきりした。
共に戦いたい。
それは、確かなことだ。
この仲間で有名になりたいと思った日を、遠い昔のように懐かしく思う。
「……いないですよ」
ディティアは撫でられながらはにかんで、付け足した。
「あとは、ファルーアを待つだけです」
******
「うふふ」
飛び跳ねるように歩くディティアに、騎士達が何事かと言いたげな視線を向ける。
グランはその近くを歩きながら、髭を撫でた。
今日は朝整えただけだから、少し乱れがあるな。
帰ったら整えよう。
そう思いながら、楽しそうな双剣使いから眼は離さないでおく。
……こりゃあ、呑ませすぎたか?
やたらふわふわしているディティアは、あの後たっぷりと酒に付き合ってくれた。
持っていった酒はすっかり無くなっていたが、思えば自分は普段あまり口にしない甘い酒だったので、結果的にディティアの飲む量が多かったように思う。
『グランさん、グランさん』
「何だ?……って、おいおいおいおい」
一瞬、考えを巡らせていただけなのに、いつの間にか双剣使いは廊下に飾られた甲冑の兜を取り上げて被っていた。
磨かれた甲冑だが、ゴテゴテの装飾で、恐らくは飾るためだけに造られたか、式典のみの仕様だろう。
『こういう鎧は、大盾使いには必要ないですか』
くぐもった声が兜の中から聞こえる。
どう見ても、ディティアには大きすぎるし重たいだろう。
ガチャッ
グランは兜の全面にあるカバーを上に持ち上げた。
エメラルドグリーンの眼が覗く。
「大盾で守りゃいいとは思ってるが、これでもそれなりの鎧着込んでるぞ?」
ガツン、と胸を叩いてみせると、ディティアは兜を被ったまま笑う。
「この際、皆の鎧新調しましょうよ!私とハルト君のはタイラントの革だから、メンテナンスでいいと思うんですけど。ボーザックのなんて胸が割れてますし」
グランは、思わず苦笑した。
確かに、ボーザックはひび割れた鎧をまだ大切に着込んでいる。
旅立ちの時に、あんなに無駄遣いすんなと言ったのに所持金叩いて買った鎧だ。
メンテナンスしながらずっと苦楽を共にしてきた、相棒みたいなもんなんだろう。
しかし、流石に今回ばかりは新調するタイミングだろうな。
「そうだな……そうしたら、ハルトのをメンテナンスするのは任せたぞディティア」
「……ハルト君の鎧のメンテナンス……甲冑っぽくしたら似合うかなぁ」
「待て待て待て。甲冑着せるつもりか?」
突っ込むと、ディティアは楽しそうに眼を細めた。
「うーん、正直邪魔です!」
「見りゃわかる!」
グランはディティアの頭から甲冑を取り上げると、元の場所にしっかりと戻した。
立派な槍を持った甲冑を眺めて、グランは肩を竦める。
「そういやここまで着込んだ奴、見たことねぇなあ…」
******
「あれ?おーい、グラン~ディティアー」
俺は並んで歩いてくる2人を見付けて、手を振った。
貴族街と商店街の中間あたり。
路地裏のひっそりとした空気に佇む本屋から、ギルドへ帰るところだ。
「わあ、ハルトく~ん!」
楽しそうに手を振るディティアに、首を傾げる。
テンション高いな。
「……なんだ?飲んでたのか?」
聞くと、グランが肩を竦めた。
「まあ、そんなところだな」
「えへへー、秘密だよ~」
ディティアが、そんなグランのセリフに被せてくる。
「ん??秘密って??」
聞き返すと、彼女はにこにこと楽しそうだ。
「ハルト君にはね、甲冑が邪魔です!」
「……グラン…何の話?」
「悪ぃな、飲ませすぎたかもしれん」
「だから秘密なんだってばハルト君~」
ぷうと頬を膨らませるディティア。
俺は思わずその頬を左右からつまんだ。
「ふぐっ!?……いひゃい、いひゃいよハルトくん!?」
「ははっ、可愛いなディティアはー」
「な、何をいっ………いひゃい、いひゃいー!!」
そのまま引っ張ったり緩めたりしていると、とうとうディティアは観念した。
「ふぁうーあのところで、ぐあんさんとあってね!?」
「ファルーア?」
「ああ。これからのことを話したくてな」
グランは、憐れな双剣使いを売り渡し、続けた。
「ハルト。お前は、ユーグルのロディウルの所に行くか?」
あー、成る程。
ファルーアの前で、相談でもしようと思ったんだろうな。
そこにディティアが巻き込まれたらしい。
ディティアの頬から手を離して、俺はグランに向き直った。
「……俺は、行くべきだと思ってるよ。……ただ、ファルーアも一緒じゃないとな」
グランがディティアと眼を合わせて、ふっと笑う。
「……そうか」
「甲冑は邪魔だから、軽いのにしようねハルト君」
「………だから、何の話??」
俺の問いへの答えは、返ってこなかった。
秘密とやらは、握られたままらしいな。
諦めて肩を落とすと、グランにわしわしと撫でられた。
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