鬨の声を上げますか。④
ヒュウッ
矢が放たれて、クロの後ろを抜けていく。
視力が上がってるから、矢の先が丸い石みたいになってるのが視えた。
やっぱり俺を殺すつもりは無いらしいな。
命を奪うつもりで戦っている奴らは容赦が無い。
だから、それに比べればぬるいはずだった。
それでも。
どっ、どっ、とうるさいくらいに心臓が跳ねる。
ヒュウッ
かっ!!
俺は、まるで強い奴みたいに矢を弾くことに成功。
反応速度と五感が増しているからこそ出来る、バフのおかげの一撃だった。
これを見たら、敵もますます警戒するに違いない。
そうすれば慎重になって、近付くのを躊躇うだろう。
ここで、ひとりくらい上手く昏倒させることが出来たら……。
俺はしっかりと双剣を握る。
ふう……。
落ち着くために、息を吐く。
「……よしっクロ、仕掛けよう」
「ヒィン」
1つ鳴いて、黒い馬は俺の思う方向へと回り込んだ。時計回りに、街道を逸れて岩の方へと走る。
こっちの方が気配が薄く、さらにこの岩には少ない人数しかいないような感じがしていた。
気配が、戸惑ったように動いたのを感じる。
岩を回り込むと、初めて人の姿を捉えることが出来た。
弓を持った、2人の男。
「おおおおっ!」
声を上げて、俺はすれすれに駆け抜けてくれるクロから身を乗り出す。
弓で防御の姿勢をとったそいつに、バフを。
「五感アップ!!……くらえぇーーっ!!」
ゴッ……!!
「ぐふっ」
剣で突く!…と見せ掛けて、思いっきり体重を外側に振りながら、足を振り抜いた。
詰まったようなくぐもった声をあげて、男が転がる。
その間に、もう1人は距離を取っていた。
布で鼻までを覆い、すっぽり顔を隠している。
「クロ!」
「ヒィンッ」
パカッ、パカラッ
蹄の音が響く。
男には眼もくれず、俺は街道に戻ってまた進むことを選んだ。
……何人かの弓部隊がいるとして、馬に乗ってない奴等がいることはわかった。
彼等は、俺を止めるために配置されていたのか、それとも。
ここに来るはずのラムアル達を狙っていたのか。
その時だった。
前方の岩影から、ぞろぞろと人が出て来たのである。
馬に乗る奴等と、乗ってない奴等が入り乱れていて、俺は咄嗟にクロの手綱を引いた。
バリィンッ!!
ガラスが粉々になるような音と共に、少し前の地面から氷が突き立つ。
「っ」
息を呑んだ。
あの歩兵達、メイジか!!
……フェンの姿を咄嗟に探す。
何処にもいない。
こいつらを回避してることを祈った。
「そこのお兄さん、ちょーっと名前聞かせてくれる?」
よく通る声が、放たれた。
まだ幼い声は、声変わりする前の少年のような音で、俺の耳に飛び込んでくる。
ひょいひょいと出て来たのは、白い馬に乗った細身の男。
白と金を混ぜたような薄い色の髪に、鳶色の明るい瞳。
五感アップで上がった視力で、まだ若い男性なのがはっきり見てとれる。
「……反応速度アップ」
小さく囁いて、俺はバフをかけ直した。
残していた五感アップを反応速度アップにかえ、反応速度アップ二重に持久力アップを重ねた三重を保つ。
「ねえ、聞こえてるの?」
俺は、声が震えないように、しっかりと息を吸った。
「人の名前聞く前に、自分が名乗るべきじゃないか?……いきなり攻撃された側としては納得いかないんだけど」
「それは確かに。オレはダルアークのフォルター。用があって、この後に来る集団を待ってるんだよねぇ」
意外にも素直に名乗った。
ダルアーク……。
躊躇いなく魔法をぶっ放してくる辺り、こいつら、やっぱりやばい集団だと実感する。
さっきのをくらっていたら、俺はともかく、クロは串刺しだった。
「……俺はめちゃくちゃになった帝都から、ラナンクロストに戻る所だ」
「ふうん?」
そこに、右後ろから大回りでやってきた馬を駆る男が、フォルターに走り寄った。
「……、……」
何か言葉を交わすと、フォルターが左手を振って、馬を駆る男を下がらせる。
「ちょっとお兄さん、困るなぁ。オレの仲間、昏倒させたって本当?」
「……ああ。矢を射られたからな」
「それに、フェンリルがいたって聞いたんだけど?」
「……」
黙っていると、彼は少し考える素振りを見せた。
「うーん、やっぱり名前、教えてよ。そしたら通してあげる」
「気に入らない名前だったら?」
「……お兄さん、中々ぐいぐいくるね」
「まあ、わかりきってることではあるんだけどな。……クロ、ここまでだ」
俺はクロから下りると、離れるように言った。
クロは蹄を鳴らしてぐいぐいと鼻を寄せてくる。
怒られているようだ。
「……大丈夫。いいか、巻き込まれないように離れて、街まで行くんだ」
「ぶるる……」
漸く離れていくクロを見送って、律儀に待っていてくれるフォルターに向き直る。
大丈夫。
まだ、距離がある。
「……悪いな、待たせて。……俺はハルト」
「……ハルト。……ふうん、お兄さんが、逆鱗なんだ?」
首を傾げて言うフォルターに、俺は双剣を握ったまま肩を竦めた。
「そう。はっきり言って嫌いな奴からもらったから、自分じゃあんまり名乗らないけどな」
「ふ、面白いお兄さんだね。……白薔薇のバッファー、逆鱗のハルト。本当かどうか知らないけど、聞かせてよ。お兄さんが持ってる情報を、ねっ」
ふわりと走り出す、白い馬。
俺は腰を落とした。
「速度アップ、速度アップ、速度アップ!」
バフを書き換え、重ねて、踏み出す。
まずはあの集団を突破しなければならない。
俺の後ろには、ディティアと、ラムアルと、帝都民達がいる。
ここを抜けて、援軍を呼ぶこと。
それが、俺のやることだから。
「何のことだか知らないけど、通してもらうっ!」
「どっちにしても、お兄さんには、来てもらう!」
まっすぐ馬へと走りよる。
フォルターも、馬ごと俺目がけて突っ込んできた。
近くに味方がいれば、魔法は躊躇うはずだ!
フォルターは馬上から双剣よりも長い短剣2本を繰り出してくる。
それを離れて避け、隙をついて横から切りつける。
フォルターは馬を跳ねさせるようにして交わし、馬ごとぶつかってこようとした。
「ふっ」
速度アップをかけている俺はすぐに距離をとり、また近付いた。
離れたら撃たれる。
それだけは徹底的に避けなければならなかった。
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