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02 悪魔? 人間? それとも……

 ごつごつとした大きな岩に座り込み、私は途方に暮れた。

 夜の闇と白い霧が相まって、視界は最悪。ついでに夜露で服まで濡れて、春先の夜の寒さが身に沁みる。

 そして私は様子を窺うように、そっと隣を盗み見た。

 そこには先ほどの少年が、お行儀よく膝に手を揃えて座っている。

 身に着けているのは仕立てのいい濃紺の夜会服と、そして体をすっぽり覆う黒いマントだ。


「君、どこからきたの?」


「お前こそどこから来た」


「私はね、魔女の里から飛んできたの」


「魔女の里? それはどこにあるんだ?」


 偉そうな言葉遣いの割に、子供は先ほどから何かと質問したがるし、何より私の後をぴったりとついてくる。

 どこかに保護者がいるんじゃないかと探してみたが、周囲に他の人物の気配はなかった。


「ええっと―――……うぅ、さむっ」


 ふっと風が吹いて、私は両肩を抱いてぶるっと震える。

 先ほどまで室内にいたので、今日は夜着の上に薄手のローブしか身に着けていない。


「寒いのか?」


 こは不思議そうな顔をした。

 確かに彼の羽織っているマントは厚での立派なものだから、風を通さないのだろう。それにきっとロウ引きして、防水加工も万全に違いない。

 けれど子供に心配をかけてはいけないと思い、私は首を横に振った。

 すると彼は眉を顰め、私を睨みつけた。

 子供とはいえ、壮絶な美貌に睨みつけられると身が竦む。


「な、何?」


「お前今、嘘をついたな?」


「へ?」


 ぴしりと指差され、私は呆気にとられた。


「そんな嘘をついてなんの意味がある? 俺を謀って面白がっているのか!」


 そうして、小さな肩をかっかと怒らせている。

 私は呆然としてしまった。彼の言動は私の理解を越えている。


「あ、あ―――……うん。嘘ついてごめんね」


 とりあえず謝ると、気が済んだのか少年は指を降ろした。

 まったく、子供の相手というのは難しい。

 私は自分より小さい子供と接したことがないので、余計にそう思うのかもしれない。

 少年は何か考えるように首を傾げ、腕を組んでいる。

 不可思議な言動さえなければ、その見た目は最上級に愛くるしいのに。

 何を思ったのか、彼は突然岩の上に立ち上がった。


「ちょ、滑ったら危ないよ……」


 そして私の心配などどこ吹く風で、ぱちんと指を鳴らす。

 するとどうだろう。私達の周りに五つほどの火の玉が現れた。

 火の玉は周囲を照らし、そして私の冷えた体を温めてくれる。

 私は唖然としてしまった。


(人間じゃないとは思ってたけど、まさか魔法が使えるなんて……)


 よく誤解されがちだけれど、魔女は魔法は使えない。

 魔女が駆使するのは、薬学の知識だけだ。

 そうして作り出す薬によって、人の目には不思議に見える事象を引き起こすのである。

 時に薬で妖精を呼び出し、その力を借りて魔法のようなことを起こすことはあるにせよ。

 けれど少年が、その薬を使っている様子はなかった。

 つまり己の力で、魔法を引き起こしたということだ。

 この世の中で魔法が使えるのは、妖精か悪魔ぐらいのもの。天使も別の特別な力を持つと聞くが、彼らはなかなか地上におりてこないのでその生態は詳しく分かっていない。


(じゃあ彼が、悪魔……?)


 一度も悪魔を見たことのない私は、首をかしげた。

 確かに他の魔女の行っていた通り凄まじい美形ではあるが、いかんせん小さすぎる。これではかっこいいと言うよりかわいいだ。

 恋心ではなく母性が目覚めてしまいそうになる。


「どうだ? あったまったか?」


 不意に尋ねられ、どきりとする。

 少年は照れくさそうな顔をしていた。私を心配していると知られるのが気恥ずかしいのだろう。

 その不器用な仕草が、またきゅんとくる。


(前言撤回)


 小さいけれど、十分彼はイケメンだ。



  ***



 仕切り直して、私は彼にここに来るまでの経緯を語った。

 ヴァルプルギスの夜の夜会に参加するため、掟に背いて魔女の軟膏を試作したこと。

 それを試したら、突然この場所に飛ばされていた事。

 私の話を、少年はずっと難しい顔で聞いていた。

 そして大体のことを語り終えると、ふうと息をつく。

 どうやら自分で思っていた以上に、今の状況にストレスを感じていたらしい。

 全て掃き出したことで、それが少し軽くなったのが分かった。


「ヴァルプルギスの夜……」


 小さな顎に手を当てて、少年が呟く。

 何かを考えている様子だ。


「そう。あなたも悪魔なら、行ったことあるでしょ?」


「悪魔?」


「そうよ。だってその角に、その赤い眼。牙も生えてるし、どこからどう見たって悪魔でしょ?」


 と言っても、私は実物は見たことないんだけれどね。

 けれど人非ざるそれらの条件は、他の魔女たちが話していた悪魔の姿と一致する。

 ところが彼は、呆然と目を見開いた。


「俺が、悪魔?」


「え、違うの?」


 違うのだとしたら、悪いことを言ってしまった。

 私が知らないだけで、本当は角や牙の生えた人間もいるのかもしれない。魔法の使える人間も。


「あ……ご、ごめんね。私てっきり―――」


「……いや。気にするな。大丈夫だ」


 彼はそう言ったが、私と目を合わせようとはしなかった。


(折角火を出して温めてくれたのに……)


 どこか気落ちした様子の小さな横顔を見ながら、私は必死に別の話題を探した。

 けれどこんな時に限って、何も浮かんでこない。

 いつもは魔女の姉さん弟子に、少しは口を閉じなさいと注意されるぐらいだというのに。


「で、でもね、私悪魔に会ったことないの! だってまだ半人前の魔女なんだもの」


「半人前の、魔女?」


 少年が魔女のことを知らない様子だったので、私は今度は魔女について語り始めた。魔女と言うのは魔女薬学を治めた人間の女のことを言う。私達は人里離れた魔女の里に、ひっそりと身を寄せ合って暮らしている。


「―――昔は、もっと人の近くで暮らして、交流もちゃんとあったんだって。魔女の薬で人間の病気を治してあげたり、代わりに人間の作った作物を分けてもらったり。でも人の国の王様が変わって、その王様が大の魔女嫌いだったの。沢山の魔女が殺されて、だから魔女たちは逃げて今の場所に里を作ったんだって」


 悲しい話。

 だから私は人間がどんなものなのか知らない。

 魔女とはいっても、そのただの人間の一人にも関わらず。

 女しかいない魔女の里では、新しい子供は生まれない。

 だから私の里では、私が一番最後の魔女なのだ。

 なんだか空気がしんみりしてしまったので、私は話を明るい方向につなげることにした。


「でもね、人との交流が無くなった代わりに、魔女たちは一年に一度悪魔と舞踏会を開くようになったの。それが春の終わりのヴァルプルギスの夜。この日は無礼講で、皆で一晩中踊り明かすんだって。悪魔ってかっこいい見た目だから、魔女たちはこの日を心待ちにしてるんだよ。だからあなたが悪魔だったら、嬉しいなって思ったの」


「なんで参加したことがないんだ? お前も魔女なんだろ?」


「だから、半人前なんだってば。魔女の軟膏を完成させて一人前にならないと、ヴァルプルギスの夜には連れてってもらえないの。もう二回もチャレンジしてるのに、なかなかうまくいかなくて……」


 しょぼんと肩を落とすと、少年がくすりと笑った。


「ちょっと、真剣に悩んでるのに笑うなんてひどい!」


「ああ、すまない。でもあまりにも、表情がくるくる変わるものだから」


 白すぎる顔が、僅かに赤みを帯びている。

 ずっと難しい顔をしていたので、ようやく見れた彼の笑みはとても素敵なものだった。

 だから私も一緒になって、ついつい笑ってしまったのだ。

 先程までの寒さが嘘のように、心と体がほっこりと温まる。

 失敗して飛ばされた先が彼の所でよかったと、私は頭の片隅でこっそりと思った。





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