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はしのさき

多少の残酷表現があります。

苦手な方はご注意ください。

家の裏側をずっといった所に橋があるだろう、いいか柚子、20歳になるまで女の子は決してその橋を1人で渡ってはいけないよ。



なんで?もし渡ったらどうなるの。



そんなことはあってはならん。

だがもし渡ってしまったらこちらには帰ってこれんじゃろうて。



お母さんみたいに死んじゃうってこと。



いいや、ただおじいちゃんとはもう会えん



よくわかんないよ、おじいちゃん。私お母さんに会いたい



わかんないままでええ。ただ橋だけは渡ってはいけないよ。

おじいちゃんは柚子に向こうにいってほしくないんじゃ。




祖父はいつもにこにこと笑っている優しい人だった。

母が死に、葬式が全て終わったその晩、その話をした時だけは、酷く険しい顔をして私を強く抱きしめた祖父。

よくわからない話、母が死んだいう事実をうけいれたくない私は祖父の腕の中でただただ泣いていた。

父親がいなかった私は9歳にして家族は祖父一人になった。



その10年後とうとう祖父が老衰で亡くなった。

高校を卒業し、地元で就職しようとした私に大学ぐらいは出ておけと進学させてくれた祖父。あと1日で夏休みだというときに訃報をうけた。


準備等は全て業者の人たちが代理でやってくれていた。全て祖父が生前に手配していたらしい。


「柚子ちゃん」

近所のおばあちゃんが私を呼ぶ。

その人は残念だねぇと私に同情した後、あることを教えてくれた。

祖父は自分が危なくなっても連絡はしないでくれとお願いしていたらしい。理由を尋ねれば、心配されるのはごめんだと答えたそうだ。

その話を聞き祖父らしいと思ったが、ならば、せめてあと1日だけでも生きていてくれたらと苦々しい気持ちになり唇をかんだ。





祖父の葬式が終わり無気力のまま8日間がすぎた。

ごはんを食べたり、お風呂に入る以外は全て、祖父と母、そして会ったことがない祖母の遺影をずっと眺めている日々が続いている。


「明日は二十歳の誕生日だよ、おじいちゃん。生きていたらなんていってくれたのかな?」


ふと祖父の思い出とは切り離せない例の橋の事を思い出した。

子供の頃、昼は祖父が目を光らせていて橋には行けなかった。それなら、と12歳の私は祖父が夜寝入っているのを確認し、こっそりと橋に向かった。

怖がりだったはずなのに、何故かその晩だけは夜道が怖くなかった。ただただ橋を早く渡らなければ無意識に思っていた。

あと少しで橋につくというところ、後を追いかけてきたのだろう祖父に首根っこを捕まえられて怒鳴られた。


「なにをやっている!」はっと気付いたように祖父を見上げた私に祖父は心底安心していた。後にも先にもあのように怒鳴られたのはその時だけだった。

植えつけられた恐怖とは不思議なもので、今まで柚子をその橋に近づかなかった。


そんな祖父はもういない。


「今は昼だし、橋を渡らなければいいよね。」


何故かあの時の感情が戻ってくる。

今いかなければいけないと何かが私を駆り立てる。


自分に言い訳をするように立ち上がった私は遺影の前にある祖父のハンカチをお守り代わりに手に取りビーチサンダルをひっかけ、橋に向かった。



祖父に怒られて以来めっきり通らなくなった雑木林の先にその橋がある

なんで祖父があんなに橋に行くのを怒っていたのか、理由を知ったのは中学生になってから友人に聞いた時だった。


遠い昔あの橋付近で若い女性の神隠しが多発していたらしい。

その後行方不明になった女性達は、運よく発見されたとしても、獣に食いちぎられていたり、又は川の下流でぶよぶよに皮膚が膨れ上がった状態で発見されたらしい。

かろうじて見につけているもので誰かわかるくらい悲惨なものだったらしく当時の現場に立ち会った人は恐怖したようだ。たまに行方不明の人もでるらしいが山ではよくあることだという。


今更神隠しとか信じているのは老人くらいだよと笑って話を終えた友人達。


なるほど、だとしてもまた見に行って祖父にあんなしかられ方をするのはごめんだとその時は友人に合わせて一緒に笑った記憶がある。


そんな記憶を思い返していると橋の前に着いた。人気はなく、蝉の鳴く音だけが酷く煩く聞こえる。

幼い頃は遠かった思い出があるこの場所もこうして大きくなってから来てみると大した距離ではないことがわかる。


「橋というか石がうまいように川の向こう岸まで繋がっているのね」


川の流れを遮るようにてんてんと置かれた石が綺麗に向こう岸まで伸びている。

初めて辿りついたこの場所は、昼だというのに薄暗く不気味であるのにも関わらず何故か神聖な空気が漂っているように感じた。

橋の目前まで近寄ってしゃがりこみ石を観察してみる。

橋になっている石は、どこにでもあるような石ではなく全てが真っ黒な石で、光沢をはなっている。

誰か手入れでもしているのだろか。


橋の先は木が邪魔をしていてよく見えない。


こんなすべすべしている石なら滑って落ちてしまう人がいたのかもしれない。

気になるがこれ以上は進めない、もし進みたいなら祖父がいっていた20歳、つまり明日になってから来ればいいのだ。


私の中でじわじわ芽生えるなにかを無理やり抑え、

今度は祖父が眠る家に帰るために立ち上がった。


その際にぽとりと祖父のハンカチを落としてしまった。

慌てて拾おうとするがそれより早く、強風がハンカチを向こう岸まで飛ばしてしまった。


「今まで風なんて吹いてなかったのに。」


急に突風が吹くなんてことはあるのだろうか?

石と石の間には隙間があるため、下手をすれば川に流されてしまっていたことだろう。

その点では幸運だった。


「どうしよう。」


絶対に橋を渡るなといった祖父。今このまま帰ったとしても祖父は私を怒らない確信はある。でもあれは大事なハンカチなのだ。生前祖母が祖父のためにとひとつひとつ丁寧に縫った紅葉柄のハンカチ。それを祖父は後生ずっと大事に持っていた。


やはりとりに行かなければならない。

微かに宿る胸騒ぎを無視し、滑ると危ないとサンダルを橋の近くに置いた。

おそるおそる滑らないように橋を渡り始める。素足のため石のすべすべとした感触と冷たさが直に伝わってくる。


「ただの迷信、なにもおこらない。」


恐怖を誤魔化すために自分に言い聞かせながら先を急ぐ。

幸い、石と石の間はあまり広くないため危うくなく渡ることができた



向こう岸まで渡り終わったが、なにもおこらなかったことに柚子は心底安心していた。

早く戻ろうと祖父のハンカチを拾おうとしたとき、僅かな時間差でそのハンカチは他の手によって奪われる。

血管が青く透けて見えそうなぐらい白い肌をした男。

その肌同様に白い着物を着て立っている。あまりの色彩の無さに、その男が手にしている祖父の紅葉色に染まったハンカチが全ての色彩を奪ったような錯覚を覚えた。


「あ、え。」


「ようやく会えた柚子。ずっと待っていたよ。」



突然目の前にふっと現れた男。彼は唇を吊り上げて嗤う。

恐怖で逃げ出すことが出来ない私をあざ笑うかのように近づいた彼は

私の頬を撫で、首筋を舐めあげ耳に口付けながら返事が返ってこないことを気にすることなく話続けている。


「あの男はよくよく私の邪魔をしてくれた。だが10日足りなかったな。」


嬉しい誤算だった、と耳元で笑う。

直接かかる息がくすぐったい。


「怖がる必要はないよ、ほかの女のように妖に与えたりしない。私の柚子だからね。」



耳から入った言葉の羅列が逃げることなく私の脳裏でぐるぐる回る。



あの男とはきっと祖父のことだ。祖父がいっていた理由はこの男のことだったんだ!

何故私はここに来てしまったのだろう。後悔してもしきれない。

名も知らぬ男の行動はどんどん激しさを増し、遂には柚子の小柄な体をすっぽりと己の白い腕の中に覆い隠した。

この男から酷く甘い香りがする、この香りのせいかぼんやりしてくる意識に柚子は恐怖が段々薄れていくのを感じる。


白い男はもう用がないとばかりに祖父のハンカチを空に放った。

ハンカチは紅葉がちるようにひらひらと川の下に落ちていく。



紅葉色が堕ちていく―――



わたしなにをしているんだろう。

祖父の言いつけを守らずここに来てしまった。

祖父があんに一生懸命になって私を守ってきてくれていたのに。


私は何をしているんだろう。


こんなとこで動揺している場合ではない、逃げなければいけないのだ。


少しだけ恐怖が薄れた




「さて、ここでこうしているのも勿体無い。私とお前の家に行こうか柚子。」

「っ、いや!」


男が優しく柚子の手首を掴んだ瞬間、反射的に男を突き飛ばしそのまま反対の岸に向かって走り出す。



あれだけ慎重にわたった橋を今度は急いで渡っているため、危なっかしい足取りになってしまうがそれでも柚子は必死に走る。


「酷いな、柚子。痛いじゃないか」


その言葉とは裏腹に楽しげな声が後ろから聞こえる。

どうやら追いかけてきてはいないようだ。


どうかそのまま追いかけてこないことを祈りながら私は石を飛び越える。

橋を渡り終わった私は裸足のまま雑木林をはしり抜けようとした時に背中に感触を感じる、あの甘い香りが柚子の嗅覚を刺激する。また意識が鈍る。


「そのまま走っては駄目だよ。柚子の足が傷ついてしまう。」


「なんで?さっきまでうしろ。」


「ん?ああ、人は跳べないのか。もう鬼事は終わりでいいだろう。抵抗する柚子も可憐だが、あまりおいたが過ぎるとああなるかもしれないよ。」


「ひっ」


意識が戻ったときには柚子の視界には血肉にまみれた死体がそこらじゅうに広がっていた。

死体は着物を着ているものや洋服などさまざまで、これはかつて友人が神隠しにあったと話していた人たちではないのだろうか。もはや形も残っていないものまである。

がちがちと歯がなっている私を尻目に男は私が目を背けるのを許さないとばかりに柚子の顔を真正面のまま固定し後ろから抱きしめてくる。



「もう、逃げないよね?」


「…はい」


「いい子」


ふふと白い男は綺麗な顔をほころばせた。

こんな状況じゃなく、普段の自分だったら見ほれていたであろうこの笑顔も

今の柚子にとってはただの恐怖でしかない。



男は柚子を抱き上げ橋の先に足を進めた。

あまい香りが満ちていくと不思議と恐怖は段々と少なくなっていくのがわかる。


このかおりがあればこわいおもいをしなくてすむ


柚子は神隠しにあったのだ。






あと2話ぐらい続きます。

ご閲覧ありがとうございました。

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