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9 悪魔の指輪の伝説

 クリスティーナとランスロットはルーナ王国を出て、小国を渡り歩きひと月ほどかけてアイテール帝国へと辿り着いた。


「ここがアイテール帝国の帝都……」


 城下町の向こう側には大きな宮殿が見える。

 ルーナ王国の王都の城とは比べものにならないほど大きな城。

 馬を馬宿に預けて、宮殿の近くまで行けばその迫力に唖然とする。


「流石にこの格好では宮殿の中には入れてもらえないわよね……」


 旅の装いで何日も湯浴みなど出来ていない。どこか良い宿に泊まって、皇帝陛下に面会を申し出るにふさわしい装いをしなければならないかと考えため息を吐く。


 門の前は武装した衛兵が立っており、物々しい雰囲気がある。


「せいれーーつ!」

「!」


 突如衛兵たちが掛け声に合わせて門の前に並び始めてクリスティーナとランスロットはビクリとする。


「けいれーーい!!」


 衛兵たちが一斉に敬礼をする。


「なんだ?」


 衛兵たちの後ろで様子を見る。

 パカラッパカラッと二頭の軽快な馬の足音が聞こえてきた。

 前を走るのは癖のある黒髪を靡かせたアイテール皇帝のアレクシスだった。黒毛の立派な馬に乗り、颯爽と前を通り過ぎて行く。


「っ……!」


 目が合った気がした。


 アレクシスは馬を急停止させ少し戻る。まっすぐクリスティーナを見つめて近づいてくる。

 気のせいではない。間違いなく目が合っている。


「なんだ。姫の方から会いにきてくれたのか」


 アレクシスは柔らかく笑う。


「アイテール皇帝陛下、お話があります」


 クリスティーナは真剣な顔をしてハッキリと言う。


「いいだろう。ヴィクター」


 アレクシスはすぐに、後ろで待機をしていたヴィクターという名の従者に指示を出し宮殿の中へ入っていった。



     ◇



「クリスティーナ王女はあちらへどうぞ。従者の方はこちらでお待ちください」

「いや、おれ、私は王女の護衛ですので共に参ります」


 アレクシスの従者のヴィクターに言われたが、他国の宮殿でクリスティーナを一人にするなど心配だ。


「宮殿内には警備もおりますのでクリスティーナ王女に危険はありません」


 ヴィクターに冷たくあしらわれる。


「ですがっ──」

「ランス!」


 しつこく食い下がるランスロットをクリスティーナが止める。


「平気よ、ランス。お前はここで待っていて」

「危険すぎる! 相手はあの皇帝だ! 何をされるか!」


 声のトーンを落としつつもランスロットは、クリスティーナのことを「欲しい」「手に入れる」と言ったアレクシスの強い視線を思い出してクリスティーナに反論する。


「私は黙って何かされるような女じゃないわ。大丈夫」

「…………わかりました。気をつけてくださいね」


 クリスティーナの力強い目にランスロットは引き下がる。


「では参りましょう」


 クリスティーナはヴィクターに案内されて宮殿内を歩く。他国の姫を宮殿の随分奥まで案内するのだなと違和感を覚える。

 だが、ここはクリスティーナにとって初めて来た宮殿で、随分奥まで来たように感じたが、意外とまだまだ先があるのかもしれない。

 そして一つの部屋に案内された。たくさんのドレスや宝飾品が置いてあり、どう見ても衣装部屋に見える。


「ここで身を清めて身なりを整えてください」

「姫様、こちらへどうぞ」


 そう言ってヴィクターは部屋を出て行き、代わりに侍女に湯殿へ案内された。


「え……? 私はアイテール皇帝陛下と話をしたいだけで、このような歓待は……」

「ですが……そのようなお姿で陛下とお会いになるのは……」


 侍女は上から下までクリスティーナの装いを見てそう言った。

 確かに旅の装いのままで、土埃なども被っていて、自分でも皇帝に会う前に一度どこか良い宿に泊まらなければならないと思っていた。

 侍女の言うことはもっともだった。


「では、お言葉に甘えて……」


 侍女に案内されて広い湯船に身体を沈める。

 久しぶりの贅沢な風呂に不思議な気持ちになる。


「なんかお花の匂いもする……。良い匂いだわ」

「お気に召されましたか? それは陛下が好まれている香油の香りです」


 カーテン越しに侍女が声をかけてきた。


 ――なんで皇帝陛下の好む香りの香油を……?


 よくわからないが、身体を清めて湯殿から出ると侍女がすでに衣装を用意してくれていた。

 ごてごてに飾り付けられたらどうしようかと思ったが、意外にも装飾品も髪の結い上げもなく、コルセットもしなくて良いと、薄めの化粧を施され、簡単な下着に締め付けのないゆるめのドレスを着せられた。


 そしてまた別の部屋へ案内された。宮殿のさらに奥の大きな扉の部屋。


「お食事を用意しますので、お待ちください」

「そこまでしてもらっては悪いわ」

「いえ、陛下にはまだ執務があってこちらにお越しになるにはまだ時間がかかります。従者の方にもご用意してありますので」


 お越しになる? またどこかへ出かけたのだろうか。

 突然の訪問なので待たされるのは仕方がない。


「そう、わかったわ」


 部屋に食事を持ってきてくれるということで大人しく待った。


「賓客用の宿泊室かしら……?」


 にしては部屋に本棚や執務机があり、異様に質の良い調度品で揃えられていて、奥には大きすぎる寝台がある。

 少し嫌な予感がする。


 ――ま、まさね……。


 ソファに座って待っているとメイドが食事を配膳し、侍女が毒味をしてくれた。

 そしてクリスティーナは用意された食事をいただいた。久しぶりの贅沢な食事に舌鼓を打つ。帝国の宮殿の食事はさすがの美味しさだった。

 別室で待っているランスロットも同じ食事を食べてくれていると良いなと考える。

 食事を終えてお茶をいただいているときだった。


「陛下がお見えになります」

「えっ……?! こちらから伺うのでは?」


 てっきり謁見室かどこかへまた案内されるものと思っていた。

 というか、この部屋で会うのはまずい。


「ここではだめよ。どこか別の部屋に……! せめて寝台のない応接室で……」

「応接室などムードのない部屋は私は好まない」

「っ……! アイテール皇帝!」


 侍女に訴えているつもりだったのだが、もうアレクシスは部屋まで来ていた。


「陛下! 私は話をしに来ただけです」

「話ならこっちで聞こう」


 アレクシスはすぐにクリスティーナの腕を掴んで部屋の奥へと進んでいく。


「やめてください!」


 クリスティーナはアレクシスの腕を振り払う。


「姫、私はお前が欲しいと言った。そしてお前はノコノコここまでやってきた」


 アレクシスはクリスティーナを見つめて手で顎を掬う。アレクシスの美形が近づいてきて、クリスティーナはグッと拳を握りしめる。


「黒真珠の指輪……」

「やはりルーナ王国にあったか……」


 アレクシスはクリスティーナから手を離す。


「どこにある? あの馬鹿王子か?」

「我が国の公爵が持っているようです」

「ゼクト公爵か」


 アレクシスはため息を吐いて寝台に腰掛ける。


「うちの宝物庫にねずみが入り込んで盗っていったんだ」

「ゼクト公爵の手の者が盗んだのでしょうか?」

「おそらく違う。犯人の目星は付いている。そのうち捕まえる予定だ」

「そうですか」


 彼がそう言うからにはきっと捕える算段も出来ているのだろう。


「あの指輪の効果は言い伝え通りなのでしょうか」


 アイテール帝国に伝わる言い伝えでは黒真珠の指輪は嵌めた者の発言が聞いた者の精神へ干渉する、麻薬のように耳当たりの良い言葉に聞こえてくる作用がある。


「だいたい間違いではないが、あれは古い魔道具だから、昔に比べて効果は弱い。強い精神力を持つものには効かない」

「なるほど」


 実際に検証したらしくアレクシスには効かなかったらしい。それであればリットレーベル公爵家やペルシュマン辺境伯家の人々に効かなかったというのも納得できる。


「指輪の効果に当てられてゼクト公爵の言葉を信じてしまった者たちの精神を元に戻す方法はありますか?」

「公爵の指から指輪を外すだけで元に戻る」

「外すだけで?」


 意外と簡単な方法で元に戻るようで安心した。


「ああ、だがあれは黒真珠の指輪などという名の魔道具ではない。皇家に伝わる伝説では悪魔の指輪と言われている」

「あくまの……ゆびわ……?」


 初めて聞く。


「大変物騒な名前ですね……」

「ああ、伝説も物騒だぞ」


 それは使用するたびに悪魔に魂を売るというもので、使い続けるとそのうちに悪魔に魂を全て持って行かれて自我がなくなり指輪は外せないものとなるものだった。


「指輪が外せなくなるのですか?!」

「ああ」

「それでは精神干渉を受けた者たちは……!」

「永遠に元に戻らない」


 それを聞いてクリスティーナは青ざめる。


「なんてこと……! 早く公爵の指から指輪を外さないと!」

「まぁ慌てるな。伝説には伝説が有効らしい」

「伝説には伝説?」


 言われた意味がわからない。


「身に覚えがあるだろう? ルーナ王国伝説の聖女……」

「っ……!」


 クリスティーナはアレクシスに腕を引かれて寝台に押し倒された。


「故事にどうするのか細かな方法までは記されていなかったが、悪魔の指輪に打ち勝つには聖女の力が有効らしい。クリスティーナ姫……お前なら悪魔の指輪を持つゼクト公爵に打ち勝てる」

「何か勘違いをしているようですが……、私は聖女ではありません」


 アレクシスは目を細めて、シーツに広がるクリスティーナのゆるく波打つ焦茶の髪をそっと撫でる。


「銀の髪を染めているのだろう。そのままの方がきっと美しいのに勿体無い」

「っ!」


 事実だった。

 祖母からもらった不思議なネックレスは水に浸すと茶色の液体が出てきて髪を染めることができる。

 幼い頃は上手く染まらず、金色になってしまうことも多かったが、徐々に茶色にそしてどんどんと濃く染まるようになってきた。


「私は聖女じゃないわ! 傷を治す力も病気を癒す力も持ってない」


 それも事実だ。力もないのに聖女だなんて持て囃されたくない。


「やはり……伝説は伝説でしかないか……」


 アレクシスの諦めたような口調にホッとする。


「だが、たとえ姫が聖女でなくとも私はお前を手に入れたい」

「!」


 グッと両手首を押さえつけられ、クリスティーナの唇にアレクシスの唇が重なって、クリスティーナは目を見開く。


「んんっ……!」


 首を振って抵抗するとすぐにアレクシスの唇は離れていった。


「情緒がないな。瞳くらい閉じてくれよ……──うぐっ……!」

「何するのよ!!」


 思わぬ衝撃にアレクシスは頬を押さえた。


「お、お前……平手ならまだしもグーが来るとは……!」


 というか、両手首を両手で完全に押さえつけていたはずなのに、すごい力で外された。


「私は話をしに来たと言ったのよ! こんなことをするためにここへ来たつもりはない! そういうことがしたいのなら、たくさんいる側妃とすれば良いでしょう!」


 アレクシスには四人の側妃がいる。

 クリスティーナはものすごい形相でアレクシスのことを睨みつけた。


「ふん、失礼するわ!」


 聞きたいことは聞くことができた。もうここに用はない。

 クリスティーナは寝台を降りてスタスタと扉は向いバタンと強く扉を閉めて部屋から出て行った。

 アレクシスはポカンとその様子を眺めて、少ししてから部屋を出る。


「へ、陛下……? 怒った様子でクリスティーナ王女が出て行ってしまわれましたけど、よろしいのですか?」


 部屋を出るとヴィクターがオロオロして立っていた。


「ああ、構わん。また来たくなるような餌を撒けばいい」

「陛下……? 頬、めちゃくちゃ痛そうなんですが、なんでそんなに嬉しそうなんですか?」


 アレクシスは赤く腫れ上がった頬を押さえながら不敵な笑みを浮かべていた。

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