22.人生は儘ならぬもの
リンウッドは笑みを湛えたまま、モニカへと近付く。まだモニカの声に返事はしていない。だが助ける気はあるのだろう、歩きながら指笛を吹き、うさぎの注意をリンウッドへ向けさせた。うさぎはモニカの方を気にしつつも、ひょこりひょこりとリンウッドの元へ近寄っていく。
うさぎの痛々しい傷を見たリンウッドは「何?怪我したの?」と明るく言うと傍へ来たうさぎに此処で待つよう指示を出した。リンウッドには現在魔力は無いが、魔獣使いである。そして元々うさぎはリンウッドの使い魔だ。すとんと素直に言う事を聞いた。
うさぎが離れた事にホッとしたからか、モニカの眦から涙がぽろりと落ちた。元々涙が溜まっていた瞳は瞬きをすれば次から次へと涙が零れる。リンウッドはモニカに手が届く範囲に近付くと、自身のピアスを1つ破壊した。
パキンと割れた石がリンウッドを守る様に一瞬光った。それはきっと身を守る魔石なのだろう。モニカの纏う爆ぜる魔力がそれを避ける様に動く。
「ちなみにただでは助けないから。わかるよね?」
腕を伸ばし、リンウッドは歌うようにモニカへ言った。モニカへ伸ばされた手は涙で濡れた頬に触れる。決して優しくは無い指先が、作業的に涙を拭いとった。
モニカは鼻を啜りながら頷き、リンウッドにだけ聞こえる声で「いいよ」と震える声で伝えた。これは自分への恐怖からなる震え。でもその中には僅かだが、これから起こる事の恐れも含まれていた。モニカはきゅっと下唇を噛み、自分へ言い聞かせるように何度も頷く。もう逃げられない、彼の食料にならなければという諦めも込めて。
リンウッドはそんなモニカを満足そうに見つめると、モニカの涙で濡れた自らの指を舐めた。
モニカの体液は全て甘い。それは魔力を含んでおり、尚且つリンウッドと相性が良いからなのだが、それを踏まえても中毒性のある甘さだ。恍惚な表情を浮かべたリンウッドは大きく甘い息を吐き、モニカの頬へ唇を寄せた。
「はあ、ほんと久しぶり」
零れる涙を唇で拭い、指を首筋に這わす。覚悟をしていた事だが、その覚悟が揺らぐ程の恥ずかしさにモニカはピクリと肩を震わせた。
感じる吐息と、他人の香りに頭がクラクラとする。触れられている肌がひりひりと痛い。モニカの感情に合わせ、魔力が一層激しく音を鳴らした。
だが、そんな事お構いなしなのか、リンウッドは楽しそうに喉を鳴らし、唇を頬から離すと獰猛さが見える灰色の瞳でモニカを見た。そして首筋に這わせていた指でモニカの顎を持つ。長い睫毛がモニカの頬に付かんばかりに近付き、唇が触れ合う程の距離でリンウッドが低く、甘い声を出した。
「口開けてね」
その声と感じる吐息にぞくりと背中が粟立つ。
あ、と声を出した瞬間、意識を奪うような荒々しいものが口内に侵入してきた。全てを奪い、暴くようなキス。深く深くモニカを責め立てる甘さに思考がぼんやりとした。零れていた涙は先程とは別の感情で瞳から流れ、頬を伝い、唇へと流れる。それさえも貪欲に舐めとられ、恥ずかしさと息苦しさから顔が上気した。
魔力はモニカの感情に反応する。顔が上気するタイミングでリンウッドも肩を揺らす程の爆ぜる音が響いた。
これにはリンウッドも思うところがあったのだろう。モニカの背中に回していた腕を外し、口付けをしたまま、指を弾く。
すると軽快な音と共に、モニカが纏っていた魔力がシュウウ……と収まっていった。爆ぜていた魔力はあっという間にモニカの中へ戻り、しんと胸の中に納まる。
一体何をしたのだろう。キスでぼんやりとしながらもモニカは胸に納まった魔力を感じていた。本当は今後の為に何をどうすれば良いのか知りたかったのだが、今はそれどころではない。
キスで酸欠状態なのだ。
器用に口の中を蹂躙され、息をすることもままならない。これ以上無理だと逃げれば、許さないとばかりに絡め取られ、鼻で息をするよう諭される。だが、鼻で息をするのは何となく恥ずかしい。モニカは唇が離れた隙に口をぎゅっと閉めるが人差し指を差し込まれ、結局は振り出しに戻った。
「や、だ」
「やじゃない」
どのくらいそうしていたのか。モニカ的には一日していたのでないかと思われる程、長い時間だったがきっとほんの数分の出来事だろう。モニカが膝から崩れた事でキスは終わり、リンウッドは上機嫌な顔でモニカを抱えてた。
ここに来た当初は青白かった顔も今は血色良く赤くなっている。どちらのものか分からない唾液がついた唇も女性らしい赤さをしており、リンウッドはそれを見て頷いた後ぺろりとその唾液を舐め取った。
もうモニカは抵抗するのも面倒臭くなった。されるがままそれを受け入れ、ぼんやりと前を見る。そしてハッと思い出した。
元々こうなってしまった原因を。男達がずっと目の前にいたという事を。
青くなっていいやら、赤くなっていいやらモニカはリンウッドの胸の中でハクハクと口を動かし、よろりと前を指差した。
リンウッドとは決して意思の疎通は出来ない。リンウッドはモニカの指差す先を見て、「知ってるよ」と笑うと片手でモニカを抱いたまま愉快そうに口を開いた。
「さて、こんにちは。醜いおじさん達」
混乱する頭で聞いても酷い言葉だとモニカは思った。きっと当人達もそう思っているに違いない。
男達は一体自分達は何を見せられていたのか、と恐怖よりも呆然とした顔をしていた。そんな中で吐かれた暴言は直ぐには理解出来なかったようで困惑の声を出す。
リンウッドは男の返事など何一つ求めてはいない。返事がどのようであってもやる事は1つだからだ。リンウッドはにっこりと微笑むと緩慢な動きで空いている腕をゆったりと動かした。
「楽しい事しよう?」
それはとても美しい笑みだった。これから行われるのは悪魔のような所業だというのに。
読んで頂き、ありがとうございます。
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