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21.暴走しがち


 一体何が爆発したのか。あまりの激しい音に奇跡的に男の動きも止まった。驚いたのはモニカだけでは無かったようだ。

 モニカは鍬をピッチフォークをいなし、距離を取る。そして音の方を振り返った。


 モニカの視界に入ったのは扉が吹き飛んだ玄関と丸い物体。白く丸い物体が「ぶぅぶぅ!」とが激しく威嚇しながらこちらへ弾丸のように駆けてくる姿だった。


「うさちゃんっ!?」


 そう、うさぎだ。白く耳の垂れたうさぎ、見た目はモニカがいつも見ていたうさぎだ。だがいつもと違う点が一点あり、それがモニカの顎をあんぐりと開けさせる。


「でっかい!なんでそんなに大きく!?」


 なんと体が恐ろしく大きく成長していたのだ。


 今までは普通のうさぎサイズだったのだが、今はイノシシ程の大きさがある。朝食の時は普通だった。という事はこの数時間でこの大きさに成長したという事になる。この大きさで玄関扉へぶつかれば、それはあのような大きな音になるだろう。玄関がもう修復不可能なほどボロボロなのも頷ける。


「ひいぃぃぃぃぃ!」

「食われる!やめてくれ!」


 眼前にうさぎが迫り、男達は腰を抜かし悲鳴を上げる。それはそうだ、可愛がっているモニカだって腰を抜かしそうになっているのだから、よく知らぬ人には本当に恐ろしいものだろう。しかし、うさぎは自分たちが思っているような攻撃的な行動はせず、モニカを守るように男達の間に入り威嚇するのみだった。この行動にモニカは腰を抜かしそうになった事を反省した。と同時に嬉しさが込み上げる。懐かれているとは思っていたが、自分が思う以上に懐いてくれていたのだ。


「うさちゃん……」


 モニカは威嚇する巨大化したうさぎの背を撫でた。その触り心地はいつもと変わらずふわふわだ。


 男達はうさぎが攻撃してこない事にほっとした表情を見せたあと、一人が現状を思い出しモニカを指差し、声を張り上げた。


「お前!魔女だったんだな!魔獣まで使役してる!化け物だ!」


 その声につられ、他の2人も声を上げる。


「やっぱりおかしな事してたんだろ!何偉そうに言いやがって!」

「こんな恐ろしいものを飼っていやがって!憲兵に突き出してやるからな!」


 形勢逆転とでも言うような勝ち誇った表情に、モニカはどうしたものかと顔を歪めた。


 うさぎは正確にはモニカが飼い主ではない。飼い主はリンウッドだ。近隣の村の人であればモニカがうさぎを抱いて飼い主を探していた事を知っているので、その誤解はすぐに解けるだろう。だが、問題はそれではない。うさぎが魔獣であるとバレてしまった件だ。


 このサイズになってモニカは本当にうさぎが魔獣であったのかと認識した。角があるのは知っていたが、一見するとわからないので「もしかしたら奇形のうさぎなのかも」とも思ってもいたのだ。


 自分達の村の近くに魔獣がいると知った人々は何と思うだろう。きっと恐怖する。怯え、この男達と同じように糾弾するに違いない。モニカが胸に抱いていた時はあんなにも可愛いと言っていたのにも関わらず。


 モニカはどう答えたらいいか、言い淀んだ。市場云々の返答の際は自分に疚しい事がないので堂々と出来た。だが、これに関しては難しい。どう説明しても納得はしないだろう、ただでさえ彼らはモニカを弱める為に来たのだ。これを好機と嬉々として責め立てるに違いない。


「こ、この子はただのうさぎです!少し大きいだけで!」

「そんなわけないだろうが!」

「どう見ても魔獣だ!ふざけてんのか!」

「ぶぅぅぅ!!ぶぅッ!ぶぅッ!」


 男達の声に反応してうさぎが威嚇する。

 最初はうさぎの姿を見て怯えていたが、威嚇するだけの姿を見て男の一人がスコップを振り上げた。


 あ、と思った時には既に遅く、スコップの側面でうさぎは頭を叩きつけられた。鈍い嫌な音が鳴り、うさぎが悲鳴を上げ倒れる。


「ぎゃッ!」


 聞いた事のない鳴き声、「ぶぅぶぅ」以外の悲痛な声にモニカは目の前で起きた事が一瞬理解出来なかった。真っ白になった頭で自分を守るようにいたうさぎを見る。その白い被毛に赤が見え、頭の中がパチンと鳴った。


 何故野菜を売っているだけでこんな目に遭わなくてはならないのか。生きる為に商売をしているだけなのに。ただ暮らしていきたいだけなのに何故こんな目に。自分達の商売の出来なさが原因なのにどうして自分が責められなければならないのか。生きる為に生活しているのは皆同じだ。それなのに何故それを責める?


 モニカは倒れるうさぎの額に触れる。ぬちゃりとした血の感触に背筋が凍る。目の前の男達が「ざまあみろ」と笑う声が聞こえた。


 自分が素直に市場に行かないと言っていれば、うさぎは倒れなかった?もっとうまく立ち回っていれば?


 様々な感情が去来する。これは怒りなのか、視界が狭窄していく感じがする。それと同時に耳の中で血流の音が聞こえた。ごうごうと流れる血潮の音、昂ぶりすぎた感情を鎮める術をモニカは知らない。鳥肌が立つ。怒りから全てのものがどうでも良くなってきた。

 

 倒れるうさぎ、生きてはいる。生きてはいるが元気はない。それでもモニカを守ろうと立ち上がる姿にモニカは感情が止められなくなった。


 その証拠にズン、と胸の中の魔力が暴れ出す。


「魔獣なんて俺達で殺してやる!死体を村に持っていっても信用して貰えるだろう!」


 そう言ったのは鎌を持った男。その声にモニカの魔力が激しく体内を巡った。血流よりも激しく体を巡り、刺激し、モニカの体からにじみ出る。普通、魔力は可視化出来ないものだ。だが、モニカの激しい魔力は存在を主張するようにモニカを身を覆う。それは水の中の油の様に空気と相反し、モニカの輪郭を僅かに歪ませた。


 男達は怒りに染まったモニカの姿を見て、粋がった表情を真っ青にし、息を呑む。そしてその空間の歪んだ空気を見て理解した。モニカは魔力のある人間だと。


 男達に魔力は無いが、魔力のある人間は知っている。だから分かった。これは勝てる喧嘩では無かったのだと。魔力があるものに喧嘩を売る事など基本しない。魔力が無い者が喧嘩を売れば負ける事は分かっているからだ。そして一歩間違えれば自分が死ぬかもしれない事態にもなりかねない。


 つまりは今がそれだ。死ぬかもしれない事態になっている。


 男達は本来見えない筈の魔力がパチパチと音を立て、モニカに纏わりついている姿を青褪めた目で見ていた。

 モニカを魔女と罵ったのは正しい言葉だった。男達はモニカを魔女と言ったが、だからと言って本当にモニカに魔力があるとは全く思っていなかった。馬鹿にしていたからだ。自分より弱い人間だと決めつけていたからだ。だから武器を手に脅せばどうにかなると浅はかな事を思っていた。


 後悔した。だが、男の矜持が此処に来ても邪魔をする。だからだろう。男の一人が自分を奮い立たせ、鎌を振り上げた。

 

「ま、魔女が!ここから出て行け!もう市場に来るな!」


 その鎌の先にはうさぎがいる。唸るうさぎ、攻撃の意思はない。その健気な姿を見てモニカの魔力は制御不能となった。


(ああ、もう駄目だ)


 パチン、バチンと空気が爆ぜ、鎌の先に雷が落ちた。ドン!という激しい音がなり、短く悲鳴を上げた男が膝から崩れる。見えた顔は白目を剝いており、口が弛緩したのか、ぽかんと開いていた。


 モニカはこの日、初めて魔術で人を攻撃した。やってはいけない事だと認識はしていた。だが、制御できない魔力がモニカを唆す様に、甘やかす様に囁くのだ。


『やってしまいな』と。


 仲間が白目を剥いて倒れた事で男達は悲鳴を上げ、どすんと尻もちをついた。怯えた視線の先には倒れた仲間、そして冷めた目をしたモニカがいた。その冷えた桃色の瞳を見た一人がじわじわと股間からズボンを濡れていく。失禁したのだろう。


 なんと情けない事か。モニカは冷え冷えとした頭でそう思った。怒りが通り越し、今は冷静に物を見られる。


(ほんとうに?ほんとうにわたしは冷静?)


 もう一人の自分がそう疑問を呈す。それにモニカは冷静に頷く。だってモニカの生活を壊そうとした人を、うさぎに怪我を負わせた人を懲らしめたのだ。自己防衛にあたるだろう。これでもし彼が死んだとしても自業自得だ。そうだ、死んでも良いのだ。


(え、私は今なんて?)

 

 モニカは自分が人の死を自然に受け入れた事に驚愕した。いや、自分はそんな事は決して望んでいないと否定する。そして、ハッと靄が晴れたような視界で改めて前を見た。


 生きているのか分からない倒れている男、失禁している男、そして


「ひっ人殺し!」


 そう叫ぶ男。

 失禁している男も叫びはしないが、今にも死にそうな表情をしてモニカを見ている。小さくぱくぱくと口を動かし、何かを言っているようだ。


 その姿を見てモニカは愕然とした。自分が作り上げてしまった空間に茫然ともする。


「わ、わたし……」


 一歩、また一歩モニカは後退る。どうしてこうなったのかわからない、そんな表情をしていた。自分がやった認識はある。だが、今となってはどうしてこんな酷い事が出来たのかわからない。


 そんな中でもモニカの魔力はまだ目の前の男達を攻撃しようと爆ぜていた。パチパチとまるで好機を伺うように。もうモニカに戦意は無い。それなのにも関わらず、モニカの魔力はまだやれというように感情を揺さぶってきた。


 揺れる魔力は増大する。モニカの体を大きく覆い、空間を大きく歪ませる。男達は見た事も無い魔力に怯え、息も出来ないようだった。手にしていた農具はもう地面に転がっている。


 だが、怯えているのはモニカも一緒だ。


 自分が自分でないように感じる力に、やめてと訴えても止まらない力に体が震えだす。うさぎが自分も辛いだろうにモニカの元へ来ようとする。それを制止しようと首を振った。それでも来ようとするうさぎにモニカはどうしようもなく泣きそうになる。


「うさちゃん、来ちゃ駄目よ」


 モニカは宥める様に声を掛けた。それでもやはりうさぎはひょこと近付いてくる。視界が滲み始め、もうこのまま自分だけで死んでしまおうかと思った。ぎゅっと目を閉じ、首を何度も振る。


 やっと健康になったのに此処で終わりなのか。本当になんて人生だったのだろう。モニカは走馬灯を見るよりも自身の人生に悲観した。


 生きるのが楽しくなっていたのに。それなのにもう終わりらしい。


 モニカはゆっくりと瞼を上げ、目の前に来たうさぎを見た。自分がいなくなってもこの子には本当の飼い主がいる。だから、



「ほらね、だぁ~から言ったんだよ」


 悲観したモニカの鼓膜を不意に揺らしたのは軽い声だった。それは3日に1回は聞いている声。震える体を自身で抱きながら振り向けば淡い薄桃が目に入る。

 

 モニカはその薄桃を希望のように感じた。一縷の望み、そう言っても過言ではない程に。


 薄桃の髪、リンウッドはいつもより楽しそうに笑みを浮かべながらモニカへ手を振ると「モニカ、大丈夫?」と軽い調子で言った。


 男達は突然現れた男に、モニカと同じように希望を見たが、モニカへ親しく話し掛ける姿を見て味方ではない事を悟る。男達の絶望に沈んだ表情を見てリンウッドは口元に手をやり小さく笑った。


 モニカはリンウッドの姿を確認するとくしゃりと泣きそうな顔を浮かべ、その名を呼んだ。


「リンウッド、さん」


 彼ならばこれを止める術を知っているのかもしれない。モニカは縋る気持ちで掠れる声を出す。


「たすけて」


 リンウッドはその縋る声ににやりと笑う。その目は美しく弧を描き、興奮する心を綺麗に隠していた。




読んで頂き、ありがとうございます。


♦︎先日短編を投稿致しましたので良ければどうぞ!

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