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DOGS! ~戌亥ポートアイランド騒動記~  作者: じょぉん
<神無月学院入学案内・後編>
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【4】「都合のいい女じゃよ」

 ――とある公園にてお狐様が一匹のぶち猫を捕捉した瞬間より、少しばかり時間を遡る。






     ※     ※     ※     ※     ※






「一人が行方不明だ…?」

『Wolf in forest』カウンター内。携帯電話を手にした稜牙の眉根に皺が寄る。

 それは一体どういうことか。学院一つの敷地内でテロ屋が隠密裏にはしゃぎ回った件は、なんとか無事に一時の収束を見たのではなかったのか。

『まァ厳密には一人ってゆーか――ま・戌亥的に言やァ〝一人〟でカウントされるべきか』

 仔細を問い質す必要は無かった。

 電話の向こうの怪人のその口振りだけで、すぐに稜牙は直感した。

「人」とカウントするにはワンクッション置きたくなるような存在。そして、例え水面下の出来事であったにせよ、今回のような大騒ぎがすぐ近くで繰り広げられていたとなれば、なんだかんだで関わってしまいそうな手合いと言えば――

「まさか――あの白黒坊主が(・・・・・・・)?」

『サスガに察しが早いねェ』

 苦笑を交えつつ怪人は肯定する。稜牙は軽い頭痛に見舞われた。

「あの坊主が敷地内からロストしたと思われる最直前、一番確度の高ぇ情報は? 監視ツールとか色々あんだろ」

『帰りのHR(ホームルーム)までは居た(・・)。アウル7(セブン)直接の目撃証言だ、コレは間違いねェ』

「最後の目撃がそこか…。話に聞いた限りだと、くだんのドンパチが始まるまさに直前じゃねぇか」

 これはますます――なんらかの形で関わってしまっている可能性は、いよいよ高い。

 戦闘へ直接的に関わりケリを付けた面子の中には居ない。その点は確実に知れている。なら可能性として有り得るのは、結界の「開閉」の弾みでどこか妙な次元の隙間に滑り落ちでもしてしまったか、という所だろうか。

 白黒二色は猫の怪異だ。そして猫と言えば、狭い所や狭い隙間を好んでスイスイ潜り抜けて商売いくらの生き物である。その辺りの素養に因して――普通に立って歩いていたら、次元の隙間だかにハマったとか。

 やばい。

 超有り得そうだ。

 妖怪としての天性の素地をきちんと制御出来ていなさそうな所とかマジで特に。

 しかし――人に福を呼び込むという日本最()民間信仰(フォークロア)、その申し子。アレは本当にそういう存在なのだろうか。事ここに至り、どうにも疑念を禁じ得ないというのが正直な所だった。

 アレが少しうろつくと何かしらの厄介が巻き起こってばかりいるような気がする。化け猫は化け猫でも、招き猫でなしに「人の目の前を横切る黒猫」の方がまだ納得が行きそうだ。

 若干の非難の意を込めて――というわけでもないが、稜牙はなんとなく、かのおネコ様のお目付け役殿をチラ見する。着流し姿に隻眼といういでたちの御仁は、カウンター内で稜牙の胴をべしべし叩いているお玉のことを不思議そうに眺めていた。

 茶斑三毛次。

 白黒二色の目付役にしてお守り役。

 白黒が行方不明らしいという事態ともなれば、まず真っ先にその連絡を受けるべき人物であることには違いないが――


「三毛っちには悪いが、ここは伏せとくのがベターじゃろ」


 ピタリ、と。

 稜牙をポカポカやっていた手を出し抜けに止めるや否や、お玉が神妙な顔で言った。

 稜牙の胸倉を掴んで引っ張り目線の高さを自分に合わさせ、耳を自分の口元に寄せさせる。体勢はたちまちひそひそ話のそれへとシフトした。

 ちなみに、人外としてのフィジカルのスペックという点だけ抜くなら、ぶっちゃけ稜牙はお玉の数十倍といったラインを誇るわけなのだが(お玉はどっちかというとスピリチュアル寄りなのだ)、ここは大人しくされるがままにされておいてやっていた。

「ワシなんぞは知らん仲でもなし、後ろめたさはマジ半端ありゃせんがのー。しかし最善を採るなら、ここは裏っかわ(・・・・)の動ける面子でサクッと解決しちまうべきじゃろ」

「ちょっと待てお玉。何お前普通に話に入って来てんだよ」

 お玉が親指で自身――の狐耳、をビシィ! と指差してみせた(ドヤ顔で)。

 そのお狐様の耳の内側で綿のように鎮座ますますもっふもふの毛の中に、なんと小指の爪ほどの大きさの無線式のインカムらしきがちょこんと突っ込まれていた。

 稜牙は初めて見た。

 狐耳をこんな使い方する狐耳キャラを初めて見た。

「ああ、同時通話…」

 ともあれ理解は行った。どうやら現在進行形の怪人との通話にお玉も「聞き専」で参加していたらしい。

 ――恐らくは、最初の最初から。

 ――稜牙へ絡みにカウンター内へずかずか乗り込んできたのは、三毛次の手前の小芝居だったということか。

 まあお玉も戌亥ポートアイランドが孕む事情の内、深い所に一枚どころか二枚も三枚も噛んでいる口である。第五議席・第六議席付顧問相談役の肩書きは伊達ではない。〝爪痕〟絡みの情報が彼女にも等しく流されるのは当然とも言えた。

「三毛っちは国外に出たこともなけりゃ〝爪痕〟のことなんぞも微塵も知らんガチ日本妖怪じゃ」

「まあそうだろうな」

「故郷のお山もそこに残した女もほっぽって独逸(ドイツ)へ渡りくさった挙句、一〇〇年以上放置プレイかましおったどこぞの狼神(オオカミ)と違っての。ガチもガチな国産妖怪じゃ」

「おい今論点がズレたぞ」

「まあ別にぃー? ワシはぁー? 気にしとらんけどぉー? やはり人それぞれ事情ってモンはあろうしのぉー? ワシってば寛容じゃしぃー? 代わりにそのお山で土地神やっといてやるくらい出来た女じゃしぃー?」

「その話今蒸し返す必要あんのかよ!」

「ともあれ、そんな三毛っちは四〇〇年から〝白黒一家〟に憑き続けた化け猫じゃ」

 こほん、と咳払いを挟みつつお玉。どうやらズラしまくった論点を戻す気になったらしい。

「そのように義理堅く、良くも悪くも視野の狭いヤクザもんに、いきなり『〝爪痕〟どうこう言う手合いが宅の秘蔵っ子を脅かしているっぽいんです』なんぞと吹き込んでみぃ。探しに出させた所で、最悪、草の根分けるついでに地形を変えるかもしれんぞ」

「…。……。………。マジでか?」

 マジでか、というのは。

 茶斑三毛次という化け猫は白黒が致命的に関わるとそこまで見境が無くなるのか、という意味である。

「ワシもしばらく三毛っちとは逢っておらんかったしのー。しかし性根自体は十何年百何年経とうと変わっておらんと見た。断言しようぞ。――有り得る(・・・・)

「…宮内庁で()を立てたコトがあるとかいう噂も聞くお狐様の言か。蔑ろにゃ出来ねぇな」

「ああ、その噂はマジじゃぞ。結構割のいいバイトじゃった。とにもかくにも――三毛っちはアレで結構な猛者なんじゃよ? 倒幕前には見上げ入道をロー一発で沈めたこともあったかの」

「なんだよそのちょっと胸躍る情報」

 三毛次が白黒至上主義だということは、これまでの様子を見ていれば十二分に理解出来る。

 そしてそこにお玉お墨付きの腕っぷしと見境の無さとやらが万一まずい方向に化合してしまうと――成る程確かに、これはまずい。

 まがりなりにも善性の妖怪であるらしい御仁の見えている地雷を放置してテロリスト化させてしまうのは、寝覚めも悪ければ後味も悪いに違いない。


 ――まあもっとも、それ以前に。

 ――〝爪痕〟にまつわる事情は秘密裏に処理しなければならない。

 そのように徹して計らわなければ、稜牙は戌亥の深部と繋がるパイプを失うことにもなりかねないのだ。


(…三毛の旦那にゃ悪いが)

 例えばの話、ヒルデガルド・シュナイダーが危ない目に遭ったりしていようが稜牙に報せることは一切許されないだとか、ほんの少し状況と人物の配置を置き替えてみるなら、つまりそういう構図である。後で知れたらどれだけ憤慨するか分かったものではない。

 だからせめて万全を尽くす。秘密裏に。

 白黒二色の所在不明――この問題をクリアする為に、お玉が言うように、今出来る「最善」を採る。秘密裏に。

 白黒を確保さえすれば、とりあえずはそれでいい。どんな問題の渦中に陥っていたとしても、たぶん言い包めること自体は簡単だ。人を化かしてなんぼの化け猫の分際でそれは一体どうなのだと思わないでもないが、多分白黒は、本気で騙そうとする分にはこの上なく難易度の低い手合いだ。最悪、うまいメシを付けてやりさえすれば記憶の上書きもしくは改竄すら可能なのではとすら思う。

 だから、少なくとも島の中に居ることには違いない白黒を確保する為には、その為の最善最速の手段は――


「頼む、お玉」

「ふーんだ。どうせワシは都合の良い女じゃよ」


 稜牙が皆まで言い切るよりも早く、お玉はもう踵を返していた。

 勝手知ったるなんとやらとでも言わんばかりの素振りで、カウンター内の厨房の一隅から精米済みの米粒を大さじ一杯分ほど素手で抜いていくと(手は洗ったんだろうなこの野郎ブン殴るぞ)、その足で店の出入り口を目指していく。同時、インカムを仕込んだ狐耳を手で押さえながら「ルの字はけつかっちん(・・・・・・)なんじゃろ? ワシが出ておく。ワンミニッツでイナフじゃぜ」とかなんとか呟いていた。

 第五議席・第六議席付顧問相談役様は、人狼少女といい猫又少年といい、今日は学生の出迎えで忙しい日らしい。

 ともあれ、これが最善であることには違いない。

 もしも白黒の現在位置が異空間的な事情が絡んだ座標だった場合、その手の概念にスパッとアクセス出来る術の持ち合わせは、取り分け稜牙にはない。というか適性自体が無い。

 ともなれば、スピリチュアルな側にスペックの寄った九尾の大妖に任せておくがここは上策というものだ。お玉にしても、その辺りを汲んだ上での受諾なのだろう。

「…? 玉姐さん、どちらへ?」

 地雷か機雷のように扱われていることなど露知らず、三毛次はそんなお玉を見付けて不思議そうな声を上げる。

「三毛っちと話し込んでおる内に興が乗った。もう授業も終わった頃じゃろうし、ちと散歩ついでに四十六代目の面でも見に行っておこうかと思うての。どうせアレが帰って来るのはこの店なんじゃろ? 迎えついでじゃ、迎えついで」

「だってんならあっしも――」

「んにゃ。それには及ばん」

 腰を浮かせ掛けた三毛次を、お玉は鷹揚に笑いながら軽く手で制してみせた。

「三毛っちが傍におると基本アレも見栄を張ろうとするじゃろ? 歴代物九郎は(・・・・・・)皆そうじゃ(・・・・・)。そりゃ面白うない。ここはアンブッシュでサプライズ一択じゃろ! 四十六代目の器量、まずはワシ単騎でしかと見定めてきてやろうぞ! あーっはっはっは!」

「…ああ、ああ。玉姐さんだきゃァ相変わらずお人が悪ぃ」

 苦笑ながらに、三毛次。

 そんなやり取りを傍から眺めている格好の稜牙としては、もう呆れるしかなかった。


 嘘の中にも真実を混ぜて、狙った方向を目掛けて物事を綺麗に回すその手管。

 稲荷大明神の眷属「仙狐」に鞍替えしてみた所で、こいつは結局、根っこの部分はつくづく狐の化生――大陸渡りの「妖狐」なのだ。


「それとあれじゃ。ついでのついでに、そこのくそたわけ(・・・・・)が和菓子なんぞ取り置いておらんっちゅうから、適当に羊羹でも仕入れてくるわい。やい稜牙! ワシは夕餉もここで食っていくぞ! 和菓子を載せても遜色ない皿の準備をしておくんじゃぞ!」

「勝手にウチのメニュー変えんな」

「客のニーズを読み取らんかいポンコツめが」

「誰がポンコツだ狐色になるまで焼くぞ」

「もう狐色なんじゃが!?」






          ※     ※     ※     ※     ※






 そのようにしてお玉は『Wolf in forest』を出立した。

 とりあえず神無月学院の方角を目指し徒歩で往く。霊的な感覚を研ぎ澄ますと、自然と狐耳がパタリと立った。

 道中、足元に水たまりを見付けた。

 昨日の「降るはずの無かった雨」によるものと見て相違あるまい。

「全く、五穀豊穣の神様も形無しじゃよなー。まさかこうもダイレクトに雨を呼ばわってのけるとはの」


 ――ご心配にゃァ及びやせん。

 ――四十六代目が見事に巻き返してくれやしょう。

 ――コイツはただの心意気じゃァねえ。


 白黒一家の進退をして、そのようにコメントしていた三毛次の言葉がふと思い出される。

「成る程。要は四十六代目にして、ようやっと〝九尾〟の扱いが形になったと、つまりそういう――」

 呟きながら、先ほど厨房からパチってきた米粒を水面へ無造作にぱらぱらと放る。

 片目を閉じてその米粒らの「バラけ具合」を――見る、視る、観る。

 そうして佇むことしばし。三秒後、お玉は面を上げた。

 そして言う。


「すぐそこにおるやないかぁーい! めいっぱい凶事を想定しておったワシの心労どうしてくれるんじゃコラァー!」


 なんだなんだ変わった格好した狐耳の幼女がなんか一人で喚き散らしてんぞと辺りを行き交う人々の視線を軽く集めながら、お玉はすぐ横手に見受けられた公園へとずかずか驀進していった。

 茂みの中でひっくり返ってビクンビクンしている迷子の子猫をお狐様が確保するまで、あと十秒そこらである。

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