2-25 占いをここまで信じられることはない
「―――こちらで少々お待ちください」
強制的に気絶させたスタコラシスターズを引きずりながら、学園へ戻って来たおれ達は、受付の横を通り過ぎようとした時に受付のお姉さんに「すみません」と呼び止められ、近付いて話を聞くと、ここで待てとの指示が飛んできた。
なんだ?
こちとら早く図書館に行きたいだけなんだが?
ゲートで飛べば良かったな。
無視して行こうかな。
「どのようなご用件でしょうか?」
ケイコがおれと受付嬢の間に割り込み、代わりに問いかけてくれた。
その凛とした後ろ姿は、かのソロAランク冒険者の気迫と、良家の貴人とした佇まいが漂っている。
引きずられて頭を打ち続けているスタコラシスターズとは雲泥の差だ。
冷静に対象しようとおれへのフォローをするケイコを見て、おれは胸を撫で下ろした。
良かった良かった。
街に着いてからあの悪い病気も少しはナリを潜めてくれたかな。
「私の旦那様に媚びるような目をし、慈悲をこう様な猫なで声で呼び止めるとは。あなたは死にたいようですね。では殺しますね。私の世界のすべてである旦那様に対して呼び止め、ましてや待てなどと、あまりにも不敬で無知な言葉をよくもその薄汚い唇から吐き出せたものです。その程度の低い視野と、塵芥のような魔力しか持ち合わせていない哀れなあなたには、旦那様が歩まれてきたあの気高くも苛烈な道程の価値など、逆立ちしても理解できないのでしょうけれど……神聖なる知識の場を汚しているのは、他でもない、その席に座っているあなた自身の分不相応な『傲慢』なのですが、ご認識されていますか?あなたのような有象無象は、自らの矮小な存在を恥じ、ただ床に額を擦り付けて全ての書架を差し差し上げるのが、唯一許された正しい生存戦略というものでしょう。それなのに……こともあろうに、私の愛しい旦那様にその不潔な視線を向け、あろうことか直接言葉を交わすなどという分不相応な誉れを授かろうとするなんて……。ああ、本当に虫唾が走ります。今すぐその不愉快な眼球を抉り出し、その囀る舌を引き抜いて、二度と旦那様の視界に入らない静かな肉塊にして差し上げましょう。……おっと、申し訳ありません。あまりにもあなたの存在が醜悪でしたので、つい少々お口が滑ってしまいましたわ。このような公共の場で無駄な『お掃除』はしたくありません。ですから、もしほんの少しでもご自身の命が惜しいとお思いでしたら、今すぐその震えるお口を完全に閉ざし、そこに這いつくばって旦那様の歩まれる道の『踏み台』になっていただけますかしら? ――フフフッ(この間4.8秒)」
ダメだ。
全く治っていなかった。
もう少しリハビリが必要だな。
おれはケイコに【虚無の魂縛】の魔法を掛け、強制的に黙らせる。
こいつはデスマーチの弊害として、おれが話す女性全般に極殺意を抱くようになってしまった。
スタコラシスターズでさえ、あまりに長くおれと接していると殺す勢いで攻め立ててくる。
ああ、あの10mの彗星落としも、おれとじゃれ合っていた2人を確殺するつもりで放っていたんだ。
冗談ではなく、除弾(邪魔者を排除する殺意のこもった弾)だ。
受付嬢が涙目で産まれた小鹿になっていた。
おれは静かに無詠唱で【クリーン】を掛けてあげた。
そんなやり取りをしていた時だった。
「―――やっと見つけた」
背後から、おっとりと棒読みしたセリフみたいな声が聞こえた。
後ろを振り返ると、140センチほどしかない、金髪ロングの美少女がこちらにゆっくりと歩み寄って来ている。
あれ?
なんでこんなとこにいるんだ?
本来ならこんなとこにいるいるはずがないキャラを目にし、一瞬頭が思考回路を停止した。
おれが戸惑っていると、彼女はさらに一歩おれへと距離を詰め、その端麗な顔を近付け、透き通るような翠の瞳でおれの顔をじっと見つめてきた。
そして、彼女のその長い耳が、感情の機微を映すようにかすかにピクリと揺れると、抑揚の無い言葉でおれに話掛けてくる。
「やっと。帰ってきたんだ、ね。じゃあ。行こう」
……ん?どこに?ってか何の用だ?
……ってかお前と会うのはこんなとこじゃないだろ。
……本当になんでこんなところにいるんだ?
――――――ハイエルフの皇女【星読みのリターナ】。
本来なら、この世界のシナリオ通りであれば、こんな場所でおれ達が出会うはずがないのだ。
なぜなら彼女は、この世界の遥か奥深くに隠された秘境――世界樹の加護を受けしエルフの国を統べる、ハイエルフの正統なる後継者その人だったからだ。
ゲームの仕様であれば、シナリオ終盤の『エルフの里防衛戦』で初めてお目にかかる超重要NPCであり、現在は何らかの国家存亡の危機に瀕して、絶対にその地から動けないはずの最高位キャラクターである。
「……リターナ。なんでお前がこんな学園なんかにいるんだ?」
おれが思わずゲーム知識ベースの名前を口にすると、彼女は少し驚いた後、抑揚の無い声のまま、しかし確かな安堵をにじませて淡々と言葉を紡いだ。
「リタの名前を。知っているんだね。すごい。驚くの、無理はない。けど。リタには、あなたの助けが。どうしても、必要なの。だから。『星読みの巫女』の力を、使って。未来を、視た」
『星読みの巫女』
ハイエルフの王女にのみ数千年に一度発現するという、世界の因果律を覗き見る文字通りのチート能力を授かった、プレイヤーには転職する事が出来ない固有の職業だ。
「リタの国、は今。滅びの厄災に、呑まれかけている。世界樹の根が、何者かに汚染されて。もう、時間がない。エルフの、全戦力をもってしても、防げない。絶望。だけど。星の導きが、教えてくれた。……この世界のあらゆる常識を置き去りにして、狂ったように強さを求める『バケモノ』が、この学園にやって来る、と。そして、リタ達を、救えるのは、その人だ、と。」
彼女の言う「バケモノ」が、今まさにおれの手の中でロープに縛られ、ニヘラ笑顔を張り付かせたタンコブシスターズと、おれの魔法によって満面の狂気スマイルのままフリーズしている嫉妬娘のこと指しているのは明白だった。
誰がどう見てもバケモノだ。思考回路も含めて。
星の導きめちゃくちゃ的確だな。
「だから、リタは、王宮を抜け出し。星の軌跡を辿って。あなたが、この場所に来た時に、会えるように、待ってた。けど、すぐに、いなくなったと、聞いた。リタは、門番から、あなたが帰還したら、連絡もらえるようにして、ここでずっと、待っていた」
リターナはそう言うと、おれの手を小さく、だが拒絶を許さないほどの強い力でギュッと握り締めた。
いつ帰って来るか分からないおれ達を待っている間、ずっと1人で心細かったのだろう。
いつも無表情で感情が無い筈の彼女の手が、少しだけ震えていた。
「お願い。リタの国を、世界樹を。あなたのその、理不尽なまでの、力で。救って、欲しい。……じゃあ。行こう」
どうやら彼女は今すぐエルフの里へ直行させたいらしい。
抑揚が無い声の中にも、焦りと不安が垣間見れる。
深緑の瞳を覗き込むと、彼女の瞳が助けてと悲壮な想いを告げている。
………………でもお断りします。
おれはロープを素早く手繰り寄せ、スタコラシスターズを抱えると、リターナの手を振りほどき、ゲートを図書室へ繋げる。
流れるような所作で、ケイコの頭を鷲掴みにし、そちらへ走り出そうとした時、ケイコが強STRを使っておれの脱出を阻止してきた。
なんだ?と思いケイコの目を見ると、彼女の瞳にはある決意が込めらていた。
あの目は見たことがある。
あの獣人の少女を助けようとした、あの時の目だ。
そこには、もうおれの魔法で操られていた虚ろな表情ではなく、弱きを助ける強き想いが表れていた。
彼女のその想いが、おれの高度な魔法を打ち消し、おれの力を撥ね除ける意思を作り出したのだ。
貴人とした優しい心の持ち主。
彼女は本物の強き人なのだろう。
おれは「またか」と半ば諦め、仕方がないなとため息を1つついた。
ケイコはリターナの近くにゆっくりと歩みより、そっと片膝を付いて目線を合わせると、優しい笑顔を作り出した。
「身の程を弁えなさい、この厚顔無恥な泥棒猫が。こともあろうに、私の愛しい旦那様にその薄汚い手を伸ばし、馴れ馴れしく指を絡めるなど……一体どれほど傲慢になれば、そのような神をも恐れぬ不敬が働けるのか、私の理解の範疇を超えています。『助けて欲しい』? 『じゃあ行こう』? ふふ、笑わせないでいただけますか。国家の危機だか何だか知りませんが、あなた方の無能のツケを、なぜ我が旦那様がそのリソースを割いてまで支払って差し上げねばならないのでしょうか? あなたのその透き通った翠の瞳は実は曇っているのではないでしょうか?いいですか、よくお聞きください。旦那様のその圧倒的な強さも、世界を滅ぼしかねない魔力も、すべては旦那様自身のもの。そして、それを最も近くで支え、共有することを許されているのは、この私だけです。それなのに、可哀想な被害者の顔をして旦那様の慈悲を乞うなど……ああ、本当に虫唾が走ります。その長く尖った耳ごと、あなたのその生意気な首をへし折って、二度とお星様すら見上げられないようにさしてあげましょう。……おっと、申し訳ありません。あまりにもあなたの甘え腐った根性が醜悪でしたので、つい少々お口が滑ってしまいました。このような公共の場で無駄な『お掃除』はしたくありません。ですから、もしほんの少しでもご自身の命が惜しいとお思いでしたら、今すぐその旦那様に触れたその両の手を切り落とし、自国のゴミはご自身たちで片付けに、おいたわしいエルフの里へお帰りいただけますかしら? ――フフフッ(この間2.7秒)」
おれはケイコへ【傀儡の洗礼】の魔法を即座に掛け、その場に口と体を固定した後、頭へ強烈なハリセンをお見舞いして地面へ叩き伏せる。
そして、流れるような所作で、自分の両膝と両手と額を床に擦りつけ、皇女へ許し乞う。
横では魔法にアがらって暴れるバケモノ一匹――――――。




