2-11 いざ魔法国へ
「ただいまシルフィード! 10日間も待たせてごめんなさいね、寂しかった?」
おれ達が湖の陸地へと這い上がると、主の帰還を待ちわびていたらしい助平馬が、嬉しそうに鼻面を鳴らして赤顔娘へと擦り寄り、熱烈に撫で回されていた。
その横では、過酷な10日間のデスサバイバルを生き延びたスタコラシスターズが、お互いにガシィッと抱き合いながら、涙を流して本気で生還を喜んでいた。
おれはそんな光景を横目で見ながら、あいつらのこの10日間の成果のログをきっちり回収しておくかと、生物鑑定スキルを発動し、姦娘たちの最新のステータス画面を順番に脳内スキャンしていった。
アイシャ
【職業】
☆7 神官
【職業履歴】
☆7 白騎士、☆6 剣豪、☆4 槍士、☆5 闘士、☆5 修道士、☆5 諜報員、☆3 調教師、☆3 盗賊
テルミナ
【職業】
☆5 諜報員
【職業履歴】
☆3 狩人、☆3 剣士、☆3 槍士、☆3 戦士、☆3 武道家、☆3 盗賊
ルナ
【職業】
☆5 魔物師
【職業履歴】
☆3 剣士、☆3 槍士、☆3 戦士、☆3 武道家、☆3 盗賊
ふむ。……なるほど、これはなかなかに素晴らしいリザルトじゃないか。
おれは脳内で腕を組み、ニヤリと満足の笑みを浮かべた。
スタコラシスターズの2人は、基本職のほとんどが一律で☆3以上へと成長し、それぞれ元々持っていた職業を☆5の諜報員と魔物師まで引き上げている。
前世の廃人理論から見れば「ようやくスタートライン」に立ったレベルだが、現地の同年代の冒険者と比較すれば、すでに中々の戦闘力になるはずだ。
そして何より、赤顔娘のビルドが凄まじいことになっていた。
回復職を☆7の神官まで上げきったことで、おれと同じく上級回復魔法を完全習得。
これだけの職業履歴が重複加算された今の彼女は、もうちょっとレベリングを頑張れば、Sランクの領域にすら手が届きそうなバケモノに育ちつつある。
純粋な基礎パラメータの数値だけで云えば、おれよりも遥かに高そうだ。
本当はもっとあそこで経験値稼ぎをしたかったが、文字通り命の危険(3人から命を狙われる)があったから仕方ない。
――よし、それじゃあ片付けをして、予定通り次の目的地【アルカノ魔法国】へ向かうぞー!
おれは赤顔娘の、ドロドロとした未練の視線から逃れるように、大声で出発の号令をかけた。
―――それから、馬車を走らせること丸10日後。
おれ達の目の前に現れたのは、中世ファンタジーの常識を根底から覆すような、天を衝くほど巨大な金属製の防壁ゲートだった。
街道を駆け抜け、無事に魔法国の門まで到着したおれ達は、入国手続きを終わらせた、門のすぐ内側から発着している、鈍い鉄光りを放つ「魔道列車」へと乗り込み、街の中心部を目指した。
―――プッシューーー! ガッコン!!
凄まじい魔力の排気音と共に鉄の塊が滑らかに動き出し、ゆっくりと開いていく巨大なゲートの中へと進んで行く。
おれ達を乗せた列車がそのゲートをくぐり抜けた、その瞬間――おれ達4人は、五感を一気に揺るがすような、圧倒的な光と音の洪水を全身に浴びることになった。
「……うそ……これが、本当に魔法国なの……?」
窓の外に広がる景色に、泡娘が呆然とした様子でぽつりと呟いた。
視界に飛び込んできたのは、無数のカラフルな魔法陣のネオンサインがSF映画のように妖しく明滅する、活気に満ちた超近代的なサイバー・ファンタジーの街並みだった。
重厚な石造りのクラシックなビルの合間を、浮遊する巨大な魔導スクリーンが何枚も泳ぐように行き交い、不思議な調和を保っている。
眼下の道路には、タイヤを持たない流線型の魔導車が滑るように風を切って走り去り、遥か頭上では、空中を立体交差するように無数の配達用のフクロウたちが規則正しく行き交っていた。
街のあちこちからは、怪しげなポーションを調合する巨大な大釜のカラフルな蒸気(湯気)が立ち上り、魔力を動力源とする魔導蒸気機関の重低音の駆動音が、大気をビリビリと心地よく震わせている。
「す、すごいわルナ! あれ見て! なにあの宙に浮いてる機械!? 回ってるわよ!?」
魔法国へ来るのが完全に初めてだというスタコラシスターズの2人は、お互いに窓へ顔を張り付け、目に映る不思議なハイテク魔導具を見つけては、子供のようにはしゃぎ回っていた。
おれ達は街の中心部に近い巨大な中央駅で列車を降り、そこから目的地を目指して石畳を歩き始める。
その目的地は、遠くからでも圧倒的な存在感を放つ建造物で、広大な私立大学のような敷地の中央に、巨大な魔法結晶をそのまま削り出して作ったかのような、天天高くそびえ立つクリスタルの巨塔が建っており、太陽の光を浴びて、七色にギラギラと乱反射している。
おれ達は十数分程歩き、目的地の入り口から中に入って行く。
「――ようこそ、我がアルカノ魔法国立学園へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付カウンターの向こうで、洗練された制服を着たエリート風の受付嬢が、事務的な微笑みを浮かべて出迎えてくれた。
おれは後ろに控える赤顔娘の背中をポンと叩く。
彼女は事前に約束していたチャート通り、凛とした態度で一歩前に進み出た。
「はい。私を含めた、こちらにいる4名で、貴学園の『入学試験』を受験させて頂きたく、参りました」
「左様でございますか。承知いたしました。では、本登録の編入試験に進んでいただく前に、まずは当学園の規定に基づき、受験資格を測るための『簡単な適性テスト』を受けていただきますので、こちらへお越しください」
基本職【魔術師】への転職条件を満たすため、おれ達はこの学園に入学する必要がある。
この国では、国内外を問わず実力さえあれば「いつでも途中入学(編入)」が可能なので、このような形で飛び入りで入っても対応してくれるのだ。
ただし、それにはまず、目の前の受付嬢が言う通りの「簡単な適性テスト」をクリアしなければならず、そこをパスして初めて本番の「入学実技試験」を受ける権利が与えられ、そこで合格して初めて入学許可が下りるという、3段階のフラグ管理になっている。
おれ達はテストを受けるため、案内人に連れられて広い回廊を渡り、専用の試験会場(教室)へと案内された。
この国へ向かう10日間の馬車旅の間、おれは姦娘たち3人に対し、前世ゲームの過去問をベースにした「テストに合格するための魔導知識」を、耳にタコができるほど徹底的に叩き込んでおいたのだ。
こんな最序盤の小テストくらいなら、おれ達の敵ではない。
問題なく一発パスできるだろう。
「試験会場はこちらになります。お時間まで、この中で暫しお待ちください」
案内された大きな階段教室の扉が開かれ、おれ達は中へと入っていく。
部屋の中には、すでに何人かの現地の受験生(エリート魔術師の卵たち)がそれぞれの椅子に腰掛け、緊張した面持ちでテストの開始を静かに待っていた。
おれは適当な空席を探そうと、教室内へ視線を走らせた。
……ん? ――あ、座標データをスキャン。一番、後ろの、席に座っている、あの金髪は――……
「――――――げっ……!!!」
その人物の生体グラフィックを網膜が捉えた瞬間、おれの口元から、思わず本気の嫌悪の籠った生々しい声が漏れ出てしまった。
隣を歩いていたアイシャが、おれのただならぬ動揺を敏感に察知し、「どうかされたのですか」と不思議そうに覗き込んできた。
おれは一瞬にしてメイン職を【気配遮断】のスキルが使用出来る斥候へと切り替え、姦娘たちを自分の背後に隠すようにして身を寄せる。
そして、これまでで最も冷徹な、それこそ世界の崩壊を告げる大賢者のようなガチのトーンで彼女たちの耳元へ囁いた。
「いいかい、全員よく聞いて。……今から言う内容を、脳細胞に叩き込んで完全に記憶して。あの一番後ろの席にふんぞり返って座っている、金色短髪の、やたらと顔だけは良いチャラそうな男……あいつには、この国にいる間、何があっても、天地がひっくり返っても、絶対、確実、100%関わるんじゃないぞ。視線を合わせるな。話しかけられても完全シカトを噛ませ。いいな?」
おれの放った、あまりにも尋常ではない殺気を含んだ警告の言葉に、赤顔娘はゴクリと喉を鳴らして生唾を飲み込み、怯えたように再び聞いてきた。
「あ、あの……アキヒロ様がそこまで強く仰るなんて……。あの方は、一体どなたなのでしょうか……?」
おれはクソゲー特有の最悪シナリオを思い出してボソボソと答えた。
「あいつは―――この【アルカノ魔法国】の第一皇子だ―――」




