2-9 それは永遠とも一瞬とも思えるような時間
「回復の泉、ですか? それはいったいどの様な効果があるのでしょうか?」
赤顔娘が、その神秘的なエメラルドグリーンの水面を見つめながら、不思議そうに尋ねてきた。
「この水に触れている間は、魔法を使うための魔力が、一瞬で、すべて自動回復するんだ」
「えっ!? そ、それはつまり……」
「そう。この泉に触れてさえいれば、どんな高位の魔法だろうがなんだろうが、『魔法使い放題』って訳だ」
おれは淡々とその絶対的なシステム上の利点を告げた。
原作ゲームにおいて、回復士をはじめとする魔法関連の職業の熟練度を上げるには、とにかく「魔法を使用する」以外に道はない。
魔法の使用MPの5%が職業の『習熟度』として換算されるため、たとえばMPを20消費する魔法を1回使えば、習熟度が1上がる仕組みだ 。
つまり、計算上1,332,200MPをここで消費し尽くせば、それだけで一気に『☆7(エリートランク)』まで引き上げることができるのだ。
星8以上の『エキスパートランク』へと上限突破するためには、この大陸を離れて「聖王国」へ赴き、運営の悪意が詰まった固有クエストを達成しなければならない。
そのため、この場所で上げられる現時点での限界までは、ここで上げきるつもりだ。
その驚異的なレベリングチャートの内容をアイシャにシェアすると、彼女は開いた口が塞がらないといった様子で、呆れ果てた驚愕の顔をしていた。
「そ、それはいったい、どれぐらいの時間が掛かるのでしょうか……?」
「他にも並行してやる事があるから、ざっくり10日から12日ぐらいかな」
「そ、その間は……ずっと、この狭い隠し部屋で、私とあなた、2人きりで作業を行うのでしょうか?」
おれが至極当然のように頷くと、アイシャは「そうですか。これが世に言う『同棲』というやつなのですね……」と、またしても重度の発作を起こし始めていたので完全に無視する。
おれはスタコラシスターズの2人の方を向いて、これからの防衛タスクを説明し始めた。
「お前ら2人は、おれ達が魔法ノックをしている間、このフロアのボス(階層主)を狩って経験値稼ぎだ。後で手本を見せるから、頑張ってくれ」
「えっ!? ランクBのフロアボスを、私達たった2人で相手しろってことぉぉ!?」
泡を吹きそうな勢いで泡娘が絶叫する。
「いや、ここのフロアボスは討伐後1時間で正確にリポップするから、そのタイミングになったらおれとアイシャも泉から出て戦闘に加わるつもりだ。ただ、夜間の睡眠中なんかは、交代でそいつの相手をしてもらうつもりだから。後でシステム上の『パーティー結成』を行うぞ」
このゲームでは、事前にパーティーを結成しておくと、経験値は完全な等分ではないが、誰か1人がモンスターを倒しても全員に分配される仕様になっている。
経験値の分配割合は、2人パーティーだと本来の経験値の『9割(90%)』がベースとなり、パーティーの人数が1人増えるごとに『1割(10%)』ずつ減っていく計算だ。
おれ達は今、全部で「4人パーティー」だから、割り振られる経験値は1人あたり『7割(70%)』になる。
ここの階層主は、現地の人間のような「正規の攻略方法」でまともに戦おうとすると非常に面倒くさいモンスターなのだが、その分、設定されているベース経験値が『900』と非常に美味しいのだ。
つまり、こいつ専用のバグ技を駆使して、24時間体制で攻略を回し続ければ、
【1日で最大:24時間 × 900経験値 × 0.01習熟度換算 × 0.7パーティー割 = 1人あたり151】
の習熟度が貯まっていく計算になる。
エリートランクになる手前の段階としては、これほど効率よく習熟度を引き上げられるモンスターは他に存在しない。
おれはその計算式もすべて全員とシェアした。
「で、でも本当に私達で勝てるの……!? 本来ならBランクのベテラン冒険者が、少なくとも10人の固定パーティーを組んで命がけで攻略するようなダンジョンなのよ!?」
泡娘が必死の形相で食い下がってくる。
「上手にギミック処理すりゃあ、1分だ」
「―――はぁっ!?」
「―――えっ?」
ブルブルブルブル……
時間も惜しいので、おれ達は早速ボスをハッキングしに移動することにした。
まず、システムのパーティー機能を有効化するため、おれ達は4人で円になって手を繋いだ。
「アイシャ、一時的な識別だから何でもいい。パーティー名を考えて」
「えっ? 私がですか……!?」
「何でもいいから早く」
「わ、分かりました……。―――では、【幸せな家庭をあなたと「却下だ」2人で】」
「わ、分かりました……。―――では【暁】で」
「システム承認。パーティー結成、暁」
おれが脳内でコマンドを唱えると、おれ達の身体を淡い光の輪が包み込んだ。
これでパーティーの結成(経験値の共有)は完了だ。
それぞれがここからの効率を見据えて上げたい職業へと転職を行い、おれ達はボスが配置されている大空洞へと向かった。
先ほどの落差100メートルの滝壺の前に、ジメジメとした巨大な岩場の広場があり、滝裏の隠し部屋からそこまでは、細い岩の足場を伝って進んで行く。
すると、広場の奥の闇から、地響きと共に体長8メートル、体高3メートルほどの、巨大なアメーバとナメクジをキメラ合体させたような粘液質の超巨大モンスターが、粘つく音を立ててこっちに向かって進んできた。
スタコラシスターズが瞬時に抱き合って悲鳴を上げている。
「こいつは物理耐性が100%に設定されてるから、真ん中にある光る核以外、一切の物理ダメージを受け付けない仕様だ。あの液体みたいな触手をムチのように振り回して広範囲に攻撃してくるから、絶対に間合いに入るなよ」
「じゃ、じゃあ、いったいどのようにして倒すのでしょうか?」
赤顔娘が長剣を構えながら鋭く尋ねてくる。
「こいつはシステム上の移動スピードが極端に遅いから、これを持って『囮』になってもらう」
おれはアイテムボックスから、街の商店で爆買いしておいた「ただの砂糖が詰まった麻袋」を引っ張り出すと、それを泡娘の手へと無理やり握らせた。
「それを持ってあいつの前を横切って走れ」
「そ、そ、そ、そんなこと!出来る訳ないでしょぉぉ!! 殺す気!?」
「大丈夫だ。そのアイテムを持っていれば、攻撃モーションから捕獲モードに移行され、一切の攻撃がされない仕様になってるから。だから、目をつぶって全力であいつの向こう側の岩影目掛けて走れ」
泡娘が「本当に……? 本当に嘘じゃないでしょうね……!?」と、今にも泣き出しそうな、それでいておれを信用しきれない目を向けて訴えかけてきたので、おれは無言のまま、力強く頷くき、そして目で早く行けと指示を出す。
「ち、畜生ーー!! もし死んだら邪神の呪いになって化けて出てやるからねーーーっ!!」
そう絶叫を上げながら、テルミナは「ギョエエエーーーッッ!!」と、この世の終わりみたいな奇声をあげて走り出した。
すこぶるダサい。
おれは、そのダサい泡娘の持っている砂糖の匂いに釣られてずるずると移動を開始した巨大モンスターを背後から静かに追いかけながら、アイテムボックスから新調したての弓を抜いた。
と同時に、矢の先端に「ただの塩」が大量に詰まった紙袋を素早く括り付け、モンスターの背面から、放物線を描くように少し上目を狙って鋭く放った。
シュパッ! と放たれた矢が巨大モンスターの巨体に命中した瞬間、紙袋が破裂して大量の塩がアメーバ状の肉体へと一気に降り注ぐ。
凄まじい化学反応。塩を浴びた粘液の身体が、浸透圧のシステムによってみるみるうちにドロドロと泡を立てて激しく溶け始める。
肉体が崩壊し、中心にある光る核が剥き出しになった絶妙なタイミングを見計らい、おれは右手を引き絞り、コアに向けて鋭い一射を正確に放った。
パキィィィンッッ!!!
乾いたガラスの割れるような音が響き、コアを射抜かれたBランクダンジョンの巨大階層主は、一瞬にして光の粒子となってその場から完全に消滅した。
おれは岩壁の端まで走りきってハァハァと息を切らしている泡娘に向かって、フッと勝ち誇った笑みを浮かべ宣言する。
「な? たったの1分だろ?」
おれは泡娘に向かって親指を立てる。
「―――私にとってはに1時間に感じられたわよォォォォォーーーーッッッ!!!!!」
泡娘はおれに向かって中指を立てる。




