#24
更新遅れましてすみません!
引き続き、消えた世界のお話です。
マーガレットに対して厳しい意見が多いですがご了承ください。
「そのようなことを言われましても、依頼がある限りお断りできませんからね。良いではないですか、これだけ変わり果てた貴女を尚、慕ってくれる者がいるということですから」
公爵の傍まで歩み寄り、勝手に治癒魔法をかける。
この部屋に来る度に言い合うのもいい加減無駄なことだからだ。
妹を虐げていたことが分かったとはいえ、長年仕え続けてきた家臣を容赦なく切り刻んだ公爵のことを、今でも慕う民がいるというのは、間違いなく彼女が善政を敷いてきた証拠だろう。
「ならば、なぜ、なぜ私の妹は殺されたのだ!? 仮にあの子が本当に死に値する罪を犯していたとして、国の法に則れば、私が駆けつける前に処刑が実行されることなど無かっただろう! 私を慕う者だというなら、私の妹も守れた筈だ!」
治癒魔法を大人しく受けていればいいものを、僕の言葉を嫌味と受け取った彼女は激高している。
少しずつ正気な時間が短くなっていく彼女がここで魔法を発動しないだけの分別が残っていることが救いだろう。
今のは自分としてはかなり素直な賞賛の言葉だったのだが。
相も変わらず見当違いな発言に思わずため息を吐く。
そんな綺麗な物語は、この汚い現実には存在し得ないと、理想論を愛するこの公爵も、もういい加減気付くべきだ。
「はあ、何度教えて差し上げれば分かるのですか? 貴女は父の妾が産んだ異母妹を、孤児院から引き取るだけ引き取っただけではありませんか。一度だって彼女の姉らしいことをしてやったのでしょうか?」
「それは!」
敢えて彼女の心を抉るように本音を告げる。
マーガレット・ブルーメが孤児院で育った少女リリアーネを妹として引き取り彼女にしたことは、貴族家の常識を教え込むことと、公爵令嬢の予算を与えること。
どちらも、本人ではなく部下に指示してさせたことだ。
ろくな監査も公爵の承認も経ずになされたそれは、予算の大半が着服され、リリアーネの心に深い傷を与えた。
彼女がリリアーネの為にそうと分かる形で手ずから行ったことなど、実際の所、ほとんどなかった。
その在り方は、外から見ればリリアーネを家の駒として使うための扱いに過ぎない。
公爵本人がどれだけ周りに慕われていようと、その異母妹が当然のように守られると考えるのは、人間に幻想を抱いていると言わざるを得ない。
血筋そのものから尊敬の対象である公爵に、腹違いの卑しい生まれの妹がいたらそれが貴族としての欠点に見えることは想像に難くなかった。
「言い訳は散々聞きましたよ。貴女の事情も十分承知した上で、彼等を責める権利は貴女に無いと申し上げているのです。リリアーネ・ブルーメを侮るものをしっかりと取り締まっていれば、あるいは、彼女と個人的な時間でも持っていれば結末は変わったでしょうに」
「……お前に何が分かるというの」
治癒魔法のついでに精神を安定させる魔法も重ね掛けしたことで、少しずつ公爵の動きが大人しくなる。
絞り出すような声で言い返した彼女は、もう叫ぶほどの気力も消え失せたように大人しくなる。
同情するような言葉、励ますような言葉をかけるのが教会に所属する者としての正解だと知りながらも、この状態になった彼女に正論と嫌味を浴びせ続けるのは僕の我儘に過ぎない。
「分かりませんよ。分かりたくもない。僕から奪った家族を死なせたお前を僕は一生理解しないし、許さない。リリだけは幸せになれると信じて関わることを避けた僕が愚かでした。お前たち貴族が、平民に対してどんな振る舞いをするのかを分かっていながら、リリの身内であるというだけで信用した僕が」
北部領にある隣国近くの孤児院で共に過ごした七人の内、成人を超えるまで生き延びたのは教会に神聖魔法の才を見出された僕と、ブルーメ公爵家に引き取られたリリアーネだけだった。
教会の有望な若き司教、アノン・アスターとして、人を動かせる地位になった頃には既に二名が奴隷として死に、資金の援助をしてこれから幸せをつかむはずだった三名は北部と隣国の戦争、国の各地で流行した伝染病で相次いで亡くなった。
貴族となったリリアーネにだけは、一度も連絡をしなかった。
北部は教会の介入を好まず、聖職者と親しい貴族は内部に病気の者や悪しき呪いにかかった者がいると見られてしまう。
僕が幼馴染のリリに会えば、公爵令嬢リリアーネ・ブルーメの立場を揺らがせる。
そもそも一支部の新米司祭が王族妃になるような令嬢に謁見できたかと言われればそれまでの話だが。
それもこれもすべて言い訳だ。
無理をすれば、いつだって会いに行けたし、理由をつければ彼女を教会で保護できた。
それをしなかったのは、公爵家に睨まれることを恐れた僕の自己保身だ。
僕の目の前の憔悴しきった女と、僕は、本質的に同じ過ちを犯したのだ。
「貴女と違って、僕は僕の苦しみを理解しろとも寄り添えとも言いません。ただ、これ以上事態を悪化させないでくれれば、それでいい」
女神の与えた加護の象徴、他に並ぶ者のいない強大な魔力をあろうことか、禁術に捧げたこの愚か者をそれでも愛した女神が教会に与えた信託は、彼女の信仰者にとって、ある意味、悪魔のそれよりも残酷なものだった。
たった一人が再び罪を犯さないために、数万の命を捧げよというのだから。
「本当に、妹は幸せになれるの?」
縋りつくような公爵の言葉を肯定できたなら、僕自身がどれだけ楽だったことか。
自分たちの救えなかった大事な家族を、必ず守れると嘘でも言ってやれたなら。
「知りませんよ。女神が愛したのは彼女ではなく貴女なのですし。本来人の生死になんて女神は関わろうともしないんです。よりにもよってそんな寵愛を受けた者が女神の敵である魔王を生み出す暴挙に出た尻拭いをさせられる信徒のことも考えていただけませんか?」
すげなく言い放ったのは彼女のしでかしたことは、僕一人の犠牲ではすまなくなってしまったからだ。
女神が大神殿の地下に書き込ませたその魔法陣は約十年の時を巻き戻す。
しかしその魔法陣を発動させるには、女神を心から信仰する者の魂を大量に捧げねばならないのだ。
司教でありながら女神に心酔しているわけではない僕は、捧げられる命ではなくその魔法陣の起点、唯一記憶を引き継ぐことが出来る役割を与えられた。
術がいつ発動しても良いように魔法陣の上に立ち、自らの手で死にきれなかった信者を切り殺す感触は何度やっても慣れなかった。
公爵を恨む気持ちは既にない。
彼女の苦しむ姿を見て、さらに苦しめと言えるほど、僕は公爵に興味を持てなかった。
もう既にリリアーネは死んだのだから。
ただ、彼女の行為のせいで犠牲にならざるを得なくなった者がいることだけは気付いて欲しかったのだ。
それももう認識できないほど、彼女の心が壊れてしまっているのだとしても。
「安心してください。貴女がそこでそうしているうちに、大神殿の殉教者は千を超え、近く万に達するでしょう。貴女の為に犠牲になったと言っても過言ではないのに、貴女はその献身も忘れ、過ちを起こす前の世界に戻れるのです」
心優しい女神は、元凶である貴女の記憶は全て消し、罪を無かったことにしてくれるのだから。
どうか術の発動まで生き延びてもらわねば。
術が発動する前にこの女が死ねば、魔王がすぐさまこの世界を破滅させに来るのだろうから。
せめて己の過ちを直視できるようになれ。
人は自分の過ちを理解して初めて、人であれるのだから。
治癒魔法を止めて、公爵の耳元に囁く。
「心配せずとも、僕は同じ過ちは犯しません。……お前が何をしようとも僕の大事な人を二度と死なせてなるものか」
女神も公爵も関係ない。
僕の家族は、僕が守る。
視点主はアノンでした。
彼にはまだ語らない秘密が多いですが、
すべてが明らかになる日は果たして訪れるのか。
アノンもマーガレットも、悪いことはしていません。
悪意を持ってリリアーネを貶めた人々が悪いので。
ただ、二人の行動によってリリアーネが死ななかった可能性は十分にあるでしょう。
お読みいただきありがとうございます。
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