#23
またしても遅れまして申し訳ありません……
これから起きてはならない、未来のお話です。
※少しばかり心情的に受け入れられないかもしれない、きつい描写があります。
ご注意ください。
(side ???~消えてしまった世界で)
馬車から降りて屋敷の門へと向かう。
既に門前で待機していた屋敷の使用人の男が平身低頭で出迎える。
しばらく寝れていないのであろう、男の目には酷い隈がある。
「ああ、司教様、お待ちしておりました! どうか閣下を……マーガレット様をお救いください!」
「お待たせしてすみません。この情勢では教会もなかなか人手が足りないのです。……公爵様は今もあのご様子で?」
救われたいのはこちらの方だ。
こちらには貴族の屋敷に訪ねていく時間さえ惜しいというのに。
縋りつくような勢いの使用人をいなしつつ、内心の怒りを堪え、申し訳なさそうな顔をする。
自分の顔はどうも庇護欲をそそるものだと同じ神殿の同期は言っていたが、目の前の使用人の勢いも気まずさからか一歩引いたものになる。
しかし私の問いに、我が意を得たりとばかりに使用人は頷き、嘆き始める。
「はい、閣下は妹君が処刑されたあの日から一時間たりともあの部屋からお離れになりません。……司教様、本当に、違うのでしょうか?」
「違うとは何がですか?」
彼の答えが恐らく自分を苛立たせる内容であると察しながらも、司教としての仮面をかぶり厚顔無恥な風に尋ねてみる。
「妹君が、あの卑しい王子妃リリアーネが、閣下を呪ったのではないかという噂ですよ!」
卑しい、か。
少なくとも、彼女は平民に過ぎないお前よりは尊い血を引いているよ。
冷めた目の自分が心の中でつぶやくのを黙らせて、使用人に続きを促す。
如何に私の気に障るような内容であっても、情報収集は怠ってはならない。
特に、この公爵邸は現在ほとんどの使用人が亡くなっており、外へもその詳細は漏れてこないのだ。
「……それは、どなたがおっしゃっているのです?」
「そりゃあ、もちろん国中の民が信じておりますよ! あんなに公明正大かつ理不尽に暴力を振るわない貴族として有名だった北の大公爵が、あの事件の直後に使用人を大量解雇、拘留していた犯罪者の一斉処刑! 罪人であるあの女の死体を引き取った挙句、氷漬けにして一日中傍にいるだなんて、呪いをかけられたとしか思えませんよ! 聞けば閣下が処刑場に駆け付けたとき、あの女はまだ息があったというではありませんか。今際の際に何か仕組んだに違いありませんよ」
「本当に愚かな奴らだ……」
公爵邸内ではなく、市井での噂か。
おおかた、あのろくでもない王子が自分の行為の正当化を図って国王にでも泣きついたのだろう。
リリアーネの婚姻相手だった第二王子は、自分の犯した不法行為の証拠を全て彼女に擦り付けて処分するような屑である。
そして少々、考えの足りない愚か者でもある。
処刑の知らせに駆け付けた公爵に対して、妹への侮辱を堂々とした彼は、激高した公爵によって、ご自慢の顔を歪められ、二か月ほどの療養が必要だった。
治癒魔法やポーションは表面を治せても、繊細な部分である顔などの治療には安静にする期間が必要だからだ。
個人的には殺されなかっただけ幸運だとも思うが、公爵にとっては殺すほどの価値すらないだけなのかもしれない。
いずれにせよ、殺されなかったことを良いことに王子は熱心に元妻の悪評を流し続けているのだ。
「司教様?」
「いえ、なんでもありませんよ。私が知る限り公爵様に人間からの呪いはかかっておりません」
あくまで、人間からは、だが。
あからさまにホッとした顔をする使用人が滑稽にさえ思える。
ここまで怯えながらも使用人を続けているあたり、忠誠心が高い……のではなく、早晩財宝を抱えて逃げ出すつもりなのだろう。
本当に、この公爵邸はろくな人間がいない。
こんな場所で生活せざるを得なかった彼女にとても申し訳なく思う。
使用人は私の内心には気づかず、声を潜める。
「そうなのでしょうか……。司教様、どうか私がこんなことを言ったのは閣下にはご内密にお願いいたします。今のあの方に目をつけられれば一晩で首が飛びますので……」
「ええ、分かっておりますよ」
分かっているとも。
お前のような使用人は、わざわざこちらが告げ口をしなくとも早晩亡くなるだろうということもね。
使用人は何度も礼をすると、逃げるように去って行く。
公爵邸の一番奥、私室の中では一番日の当たらないその部屋を訪ねるときは、いつも全力で結界を展開する必要がある。
それは、この扉を開ければすぐに飛んでくる氷の矢が主たる原因だ。
まともに体に刺されば一発で絶命するであろうこの矢は、うかつに触れれば触れた箇所から体が凍っていくという危険な代物で、並の人間ではどうしようもできない天災にもなり得る。
部屋に入ると、奥の方でベッドに寄り添っていた人影がゆらりと立ち上がりこちらを睨みつける。
「公爵様、失礼します」
「誰だ! この部屋に入れば命の保証は……司教殿か。何の用だ」
既に顔見知りである自分に、警戒を解いた公爵が用を問う。
この部屋に籠り始めてからの彼女とまともに会話ができるのは、今では老いた執事と、とある事情を共有する私くらいなもので、それ以外の者はこの部屋に入れば一人の例外なく命を落とす。
澄み渡る冬の泉のようだとも、曇りを知らぬ空のようだとも評されたその瞳の片方が、その蒼さを失い、禁忌に手を染めた証左である血のような紅に染まっていることは三人だけの秘密である。
「使用人の方々から頼まれまして、閣下に治癒を、と」
「貴方は既に知っているだろう。そんなことをしても無駄だと。私の体は既に代償を払っているのだから」
公爵がその身と膨大な魔力を代償に発動させようとした、悪魔によって死者の魂を無理に肉体に留め、甦らせるという禁術は存在しない。
いや、正確に言うならば存在はしている。
しかし、それは彼女の願いを叶えるものではなかったのだ。
無理に留めた魂は意識の覚醒を待たずに変質し、自壊する。
そして、術を行った者の絶望を糧に育った悪魔は命を使い果たした術者の体を奪い、世界を破滅へと導くのだ。
教会の司教という立場でもなければ飲み込まれてしまうような深い死の匂いは、幸いにもその司教以上の信心を持たねば見えない。
しかし、己の体を最も知る者は己である。
既に死の近いことを悟ってしまったこの女は、まるで生きようという気概を持たない。
当然か。
良かれと思って迎え入れた異母妹が虐げられ、処刑されることを、彼女はまるで気付いていなかったのだから。
マーガレット・ブルーメ。
どこまでも愚かな、女神の愛し子。
お読みいただきありがとうございます!
次回更新予定 3/20(時間未定)




