#110
すみません、遅れました!
私が上手く反応を返せずにいると、お姉さまは美しい所作でティーカップを持ち上げ香りを嗅いで一口飲む。
「うん、やっぱりここのコーヒーは美味しいわ。眠気覚ましにも良いというから、常備出来たら楽なのだけど」
今よりコーヒーが貴族にも受け入れられていたかつての未来では、王家に仕える役人たちが年末の締め作業に追われる中、コーヒーで眠気を覚まし、三日三晩寝ずに乗り切ったという噂を聞いた覚えがある。
冗談というよりも、切実な願望のような言い方で天井を見上げるお姉さまに、思わずくすりと笑ってしまう。
「それは……休憩や睡眠をしっかりとっていただけなくなりそうですね」
「……」
お姉さまは私の言葉に、思わずといった風に肩を微かに震えさせ、無言で視線を逸らす。
「お姉さま?」
「いえ、何でもないの……」
怪しい。
どうしたのかと聞き直そうと口を開きかけたところで、丁度店主が席へとやってくる。
「お待たせいたしました。パフェとチーズケーキです」
「わぁ……」
コトリ。
微かな音と共に置かれた、透き通る透明なグラスの中に、ぎっしりと詰められた果物とスポンジケーキ。
グラス内は三段に区切られ、苺、桃、バナナの層の合間に生クリームとブルーベリーソースらしきものが挟まれている。
グラスの上部には林檎や葡萄、メロンが一欠片ずつと、白いアイスクリームの球が二つ、ホイップが鎮座している。
あまりの美しさに思わず感嘆の声が漏れた。
そっとスプーンで一口すくい入れ、その甘さと美味しさに目を見開く。
そのまま、無言で食べ進めようとスプーンを忙しなく稼働させる私に、お姉さまが微笑みかける。
「リリ、美味しい?」
「はい、とっても! 特にこのアイスクリームが濃厚で……お姉さまも一口いかがですか?」
こんなに美味しいアイスクリームは初めてかもしれない。
お姉さまにも是非味わってほしい。
そう思って、私が掬った一さじをそのままお姉さまに向かって差し出す。
「はい、あー、ん……」
そう口に出して初めて気づく。
ここは公爵家の外だし、相手は孤児院の下の子たちではなく、公爵という地位にあるお姉さまだ。
流石に失礼にあたるのではないか。
案の定お姉さまは、目を丸くしたまましばらく動けなかった。
「ご、ごめんなさい! お行儀が悪かったですか⁉ 子ども扱いみたいで嫌ですか⁉ あっ」
慌てて謝り、手に持っているスプーンを仕舞い込もうとすると、お姉さまはその手を掴み、そのまま口にスプーンを運んだ。
「いえ、ただ単に、こういったことは初めてだったから驚いただけよ。……うん、本当ね。フルーツの酸味がアイスクリームの濃厚さと上手く噛み合っているようね」
「えっと、あの」
お姉さまは、食事のマナーがどうとか、立場がどうとかぐるぐると考えていた私が言いよどんだのを見る。
何かを納得したように頷いて、自身のチーズケーキを取り分け、一口分にするとこちらに向かって差し出した。
「ああ、私だけ食べさせてもらうんじゃ不公平だものね。はい、あーん」
ぱくり。
思わず飛びついて口にしたチーズケーキは、これもまたとても美味しかった。
「これも、おいしい……」
「でしょう? 個人的にこの店で一番のケーキはこれだと思うの。うちの料理人も腕は良いのだけれど、スイーツともなるとこういった市井で長く続いている店の方が美味しい場合もあるのよね」
ブルーメの料理人は、基本的に食事の料理がメインなので、こういった甘味や嗜好品をメインにしている店とは勝手も機会も異なるだろう。
この店のスイーツは繊細で、紅茶やコーヒーによく似合う味だけれど、公爵邸のスイーツはもっとこう、なんというのか、素朴で温かみのある感じだ。
大抵は夕食の最後のデザートで出てくるか、日持ちのするビスケットやパウンドケーキだが、これはこれで、食べ手がどのくらい食欲があるかや他の食事との組み合わせも考慮された、優しい味で私は好きだ。
私は再びパフェを頬張りながら言う。
お姉さまも笑いながらそれに答えてくれる。
「私は公爵邸で出るプリンが好きです!」
「私はうちで出るスイーツならクッキーかしら。仕事の合間に摘めるのが良いわ」
お読みいただきありがとうございます。
次回更新予定 10/19




