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第19話 「……幹事、俺ぇ……?」

 手元のリストには、まだ連絡不通・所在不明の生徒がごっそりと項目に穴を空けている。


 使い慣れないLINEが、俺と伊勢との平日夜のコミュニケーションツールとして定着していた。それで伊勢の進捗を聞くコトにゃ、


「――え? 同級生捜し? 全然やってないけど」


 と、驚愕する答えが返ってきたのである。


「……お前なあ!」


「いや、当たり前だし。言っておくけど、夏休み前の先生ってすっ――ごく忙しいんだから! 通知表作ったり、夏休みの宿題作ったり、行事の準備とか。ぷらぷらしてる松尾とは違うんです~!」


「お前が車出さないってことになると、こっちの調査も進まないんだが」


「良いじゃん別に。北方先生だって、夏休みの間に進めればいいべやって言ってたし」


「調査ってのは、普通着手金を受け取った段階に進めるもんなんだけど……」


「それはそっちの都合だし。それに、私だって良い方法思いついているんだから。そんなに心配しなくたって、きちんと仕事はします~!」


 姿は見えないのに高慢な伊勢の表情が思い浮かんだ。


「何だ。良い方法って」


「それはまだ秘密。情弱の松尾には思いつかないかもね」


 情弱とは失礼な。


 これでも俺は便利屋に片足を突っ込んでいるんだ。こういう有象無象を相手取る仕事じゃインターネット検索に助けられることは数知れずで、中でもヤフー知恵袋というのあれで中々役に立つのである。


「言っておくけどSNSのチェックはやってるぞ。めぼしいFacebookアカウントやLinkedInにはメッセージ飛ばしてるし」


「ふ~ん。で、結果は?」


「……同姓同名の人違いが殆どで、その他返信はないけど」


「だと思った。私たちの世代って、Facebookとかあんまり流行ってないし」


 俺は額の汗を拭いて、溜息を吐いた。


「だったら、お前の考えた方法ってのはマシなんだろうな……!」


「も~ちろん。松尾の鼻を明かしてあげるから楽しみにしてなさい」


 こいつはこの仕事をかけっこか何かと勘違いしているんじゃないだろうか。


 ……何にせよ、足が伊勢の運転する車である以上、彼女が忙しい今、俺に出来ることはもう無さそうだ。


「今日は無駄足か。せっかく朝から電車に乗ってきたってのにな」


「……ん? い、いまこっち来てるの?」


 実は、そうなのだ。


 モーニングコールがてら駅から伊勢に通話を飛ばして、丁度今伊勢の家が目前にある。別に取り決めているわけじゃないけど、土日の少なくともどちらかは北広島へ顔を出さないといけないような気がするのだ。


「うん。土日しか自由に動けないし、さっさと仕事始めようかと思ったんだけど。……じゃ、仕事頑張れよ」


 通話終了ボタンをタップする直前、「待って待って待って!」と騒いだ気がするが、結局反射が間に合わず切ってしまった。


 さて、どうしよう。北広島に来た唯一の用事がなくなってしまったぞ。


 けいちゃん誘って飯でも食べに行こうかな。


 ……と、そういえば伊勢から預かったスペアキーを持ったままじゃないか。


 ポストにでも入れておこうとオートロックの前に立ったら、突然廊下の奥から半袖短パンという部屋着の伊勢がドタドタ走ってきて――


「あっ」と目が合う。


 予想もしないタイミングでの邂逅だったので、お互いガラス扉を隔てて固まってしまった。半端なところで停まっているからか、自動扉は開かない。


 ……二、○、五、七、と。


「来てるんなら来てるって早く言ってくれない!?」と、扉が開ききった瞬間そう吠えられた。「こっちにも色々準備あるんですけど!」


「いやいや。俺がいつ何処へ行こうと俺の勝手だろ! というか、お前忙しいって言ってたし……」


「それにしたって、一言も挨拶無しに帰るとか――って、なんで家来てんの?」


「これ」俺はポケットからスペアキーを出して見せた。「この間返すの忘れてたから、返そうと思って」


「え。返さなくて良いんだけど」


「はあ?」


「松尾のことだから、どうせまた酔い潰れて私の部屋に寝ることもあるでしょ。毎朝私が家にいるとも限らないし」


 俺を何だと思ってるんだ。幾ら何でも、ちょっと酔ったからって女性の部屋にずかずか上がり込む程の無神経さは持ち合わせちゃいないし、大体俺はあまり酔うタチじゃないのだ。


「いや、そんなことは無いと思うけど。逆にお前気にならないのか? 俺が自由にで出入りできるんだぞ?」


「別にいいし。取りあえず試用期間は問題ありませんでしたし? ま、私の部屋の鍵持つの位は許してあげても良いかなーって」


「試用期間て。……人を試すような真似しやがって」


 伊勢は、ふふんと笑って白亜の壁に寄りかかった。


「で? 今日はどうする?」


「……ん? えーと……」取りあえず、行き場のないスペアキーは再びポケットに仕舞った。「けいちゃんと昼飯食って札幌帰ろうかなって思ってた」


「ふーん。オッケー。じゃ、私店決めるね」


「なんでお前も来る前提?」


「分かってないねえ、松尾君」伊勢は人差し指を振って言った。さっきからイイ女みたいな態度でいるけど、格好がダサいのでピンと来ない。上下ライトグリーンの半袖短パンだしな……。「ご飯に行くって簡単に言うけど、一体どこへ行くつもりさ。どうせ松尾もけいちゃんもここら辺のお洒落な店詳しくないでしょ」


「いや、別にお洒落なとこ行くつもりもないけど」


「どこに行くにしても、徒歩じゃ厳しいと思いますよ~? ペーパードライバーの松尾君」


「…………」


 ――それは、確かに。


 ちょっと東京の感覚で考えていたのかもしれない。北広島では「ちょっと飯でも」というだけで車が必要なのか。特にけいちゃんの家は駅からすら遠いし。なんと面倒な場所なんだろう。北広島……。


「要するに、こっちで何をするにしても私の助け無しじゃ松尾は汗だくで熱中症になって行き倒れちゃうわけ。ほら。分かったんならとっとと駅前の喫茶店で時間でも潰してなさい。時間になったら迎えに行くから」


「分かったよ、もう。……けど、後で聞かせろよ。俺の鼻を明かす手段ってのを」


「えっ。なんで?」


「俺たちは別に競ってるわけじゃない。これは共同作業なんだから、情報共有はきちんとして。普通に」


 少し声を低くして言うと、怒られたと思ったのだろうか。伊勢は少ししょんぼりした声で、


「……わ、分かったし」と、頷いた。


 *


 伊勢が運転する軽は、またも山道をぐるりと回って札幌市外縁に触れる場所に向かっているようだった。


 以前の喫茶店も同じような場所だった筈だが、きっと駅の周囲には顔見知りの保護者がたくさんいるから避けているのだろう。昼前になって涼しげなシアーシャツに着替えた伊勢は、今日も機嫌が良さそうに運転席の窓を開いて制限速度の車を走らせる。


「いや、まさかこの年に、この三人で飯を食べに行くようなことになるとはなあ」後部座席でスマホを弄りながら、けいちゃんはそう笑った。「ていうか、俺、邪魔になってない? 二人の方が良かったんじゃないの? まっちゃんと、エビちゃんでさ」


「だから、俺とエビはそういう仲じゃないっての。大体、今日はけいちゃんと飯を食おうと思ってこっち来たところにエビが無理矢理……」


「はあ? 松尾もけいちゃんも私がいないと車を動かすことも出来ないくせに」


 一応聞いてみたところでは、けいちゃんは運転免許証を持っていないそうだ。当たり前だよな。


「それより、同窓会っていつ開くのさー。幾らクラスメイトと連絡取れたとしても、皆わざわざ来るのかなあ」


「詳しいことはまだ何とも。な?」


「ん。まずは参加者集めないとね」


 俺は後部座席に振り返った。けいちゃんは靴を脱いで遠慮無しに足を伸ばして寛いでいる。


「けいちゃんは、勿論参加するんだよな」


「え、俺ぇ?」


「そりゃそうでしょ。私たちの同窓会にはけいちゃんがいなくちゃ」


「……俺、引き籠もりなんだけど。自分で言うのもなんだけど」


「そんな他人事みたいに言うなよ。けいちゃんには幹事して貰う予定なんだからな」


「幹事ぃ!? 俺ぇ!?」


「どういうこと?」と、伊勢がバックミラーの傾きを調整しながら言う。


「例年開催となると、東京に住んでる俺は手が出せないから。伊勢一人ってのも大変だろうし、けいちゃんが相方になるのが丁度良いと思うんだ」


 バックミラー越しに、けいちゃんと伊勢が視線を交錯させている。


「お前ら仲よさそうだし。丁度良いじゃん」


「……」


「……幹事、俺ぇ……?」


 伊勢は、無言でアクセルを少し踏み込んだ。

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