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第三章 ⑦

 改めて神社にお参りをしたあと、真備は鳥居をくぐって鷹の台の町を再び歩こうかと考えて、結局、鷹の台駅に向かうことにした。


 駅前ならベンチがあって座ることができるし、ゆかりが来たときに合流しやすいだろうと思ったからだ。


 ほこりっぽい道を歩いて駅前にたどり着までの間、やはり桜子のことをあれこれと考えていた。


 白子の話によれば、幼いころの桜子は霊能に恵まれていたが、両親には理解されていなかったということになるのだろう。


 だが、桜子の紹介先がみな霊障状態であることと直接的には関係はないように思う。


(それに、桜子を襲ったあの大蛇の霊は――)


 いくつかの仮定を繰り返していると、鞄の中でスマートフォンのバイブが震えた。


『姉弟子:もうすぐ鷹の台駅に着くわよ』


 ショートメールが届いて程なく、自転車にまたがったゆかりが登場した。


「お待たせ」


「御子神先輩、この暑い中、自転車で来たんですか」


「しょうがないでしょ。下手に電車に乗るより、道順的に楽なんだから」


 それにしても、タイトスカートで自転車を全力疾走してきたというのだろうか。西の方に傾いてきたとはいえ、真夏の日差しの中、汗で七分袖のシャツが肌に張り付いている。額にも汗をにじませて微笑むゆかりが眩しかった。


 ゆかりは、真備の飲みかけのペットボトルをさっさと強奪して喉を潤すと、適当な場所に自転車を止めた。


「どこかで少しミーティングするわよ」


「駅の反対側は小平中央公園で広々してますけど」


「自然が多いのは陰陽師的にはありがたいけど、いまはクーラーが欲しいわ」


 駅回りを見渡すと、喫茶店ならありそうだった。


 そのうちの一軒、比較的明るめなところへ二人は入ることにした。


「涼しい。生き返るわ」


 出されたお冷やを一気にあおったゆかりの言葉に、マスターが笑顔で応じる。


「今日も暑いですね」


「ほんとうね。私はアイスコーヒー」


「俺も同じで」


 三十過ぎくらいの若いマスターだ。店内も清潔で、真新しい臭いがする。最近、独立開業したのだろう。普段、個人宅しか飛び込みをしない真備は、店の前は通っていたが、中に入るのは初めてだった。


 運ばれてきたアイスコーヒーを、ゆかりはそのままで、真備はミルクとガムシロップをしっかり入れて一口飲んだ。


「真備くん、アイスコーヒーにはミルクもシロップも入れるのね」


「ホットはブラックですけど、アイスの場合は甘いのが好きなんです」


 クーラーの効いた室内で飲む冷たく甘いアイスコーヒーは、脳細胞を活性化させるようだった。


 生命保険の打ち合わせをするかのように、ゆかりはバッグの中から設計書類をいくつか取りだし、広げる振りをした。次いで小さく九字を唱え、マスターの注意がこちらに向かないように仕向ける。


「こういうとき、若いマスターの方がいいわよね。もともと、適度にこちらを無視してくれるから」


「軽い九字で大体バレませんからね」


 真備も電卓と設計書を出しておく。


「家で少し卦を立ててみたけれども」と、それでもやや声を潜めてゆかりが話し始めた。


「この辺りに霊的なうねりができているわ」


「霊的なうねり……」


「吉凶計りがたし。いいものとも悪いものとも言えないわ。だから」


 ゆかりがストローでアイスコーヒーをかき混ぜる。からからと氷が音を立てた。


「普通なら心の間違いに対して悪霊がやってきても一時的なもので済んでいたのが、結構な大物が来るようになってしまったのかもしれない」


「それは場によるものですか。それとも人によるものですか」


「場と人と、共に影響し合っているわね」


 ゆかりがストローでアイスコーヒーを飲む。


「ブラックでもおいしいわよ」


「アイスコーヒーは甘い方がいいですよ。で、俺もこの辺をずいぶん歩き回ったんですが」


「でしょうね。辺りの霊的状態がずいぶん濃厚になってるから」


「近くの稲荷神社に行ってきました」


「氏神様ね」


 先ほどの白子との話をかいつまんで話す。


「となると、もともとこの辺りの霊的なうねりは大きかったのかもしれないわね。その桜子って子も、本人の才能だけではなく、この土地にいたことが大きかったのかもしれない」


「姉弟子、それと桜子さんのことなのですが」


 そう言って真備は先ほどまで考えていた自分なりの意見を述べた。


「ちょっと待って。それって――」


 真備の話を聞くや、ゆかりが大きな声を出して立ち上がった。


 さすがにマスターがこちらを伺うそぶりを見せる。


 ゆかりが真っ赤な顔で再び席に着く。


「ああ、恥ずかしい……」


 ゆかりが小さくなってアイスコーヒーのストローをくわえた。うつむき加減にコーヒーを飲む。


「やっぱり入れる」とつぶやいて、ゆかりがミルクとガムシロップをアイスコーヒーに入れて、ストローでぐるぐるにかき混ぜた。


「前提条件が違っていたなんて、普通は考えませんからしょうがないですよ」


「真備くんもほんとうに人が悪い」


「まあ、こんなことになるとも思ってませんでしたし」


「もうっ。キライ」


 上目遣いに真備を睨みながら、ゆかりがアイスコーヒーをチューチューしていた。目にじんわり涙が浮かんでいる。


「甘いもの食べますか。ほら、ホットケーキとかおいしそうですよ。おごりますから」


「……チョコレートパフェ」


「冷たいものばかりで、大丈夫ですか」


「頭冷やしたいの」


 真備がチョコレートパフェを注文すると、ゆかりがアイスコーヒーを飲み尽くすところだった。


「お待たせしました。チョコレートパフェです」


 マスターが営業スマイルと共にパフェを給仕すると、ゆかりはすぐさま食べ始めた。


 いかにも仕事ができそうな大人の女性が大きなチョコレートパフェを一心不乱に食べる光景はなかなかお目にかかれない。真備はゆかりが黙々とパフェを片付けるのを待った。


 外を見れば、夕方になろうとしていた。


「姉弟子、この件は俺の方で何とかしたいんですけど」


「それがいいわね。私には最初からかなわない案件だったわ。でも、ちょっと悔しいからこの辺を回るのは手伝うわよ」


 真備が全額支払いを済ませて外へ出た。

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