↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第2章 町に、便器を広げます

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/42

第42話 汚れを調べる瓶を、毒の瓶と決めないでください

王都へ入る前の関所で、直人たちの調査道具が止められました。


採水瓶、試験液、白い粉、封印紐。


衛生調査には必要な道具ですが、関所の兵士から見れば、正体不明の液体や薬品です。


安全を確認するための道具でも、説明と記録がなければ危険物として扱われます。

 王都へ続く街道の二日目。


 昼を少し過ぎた頃、馬車の前方に高い石壁が見えてきた。


「王都の外郭ですか」


 陶山直人が尋ねる。


「まだ外郭都市です」


 水務局地方監査官のエルンが答えた。


「王都本門へ入る前に、南東関所を通ります」


 街道を塞ぐように、石造りの門が建っている。


 門の左右には見張り塔。


 外から来た荷車が、長い列を作っていた。


 農作物。


 陶器。


 木材。


 家畜。


 旅人。


 王都へ持ち込まれる品は、すべてここで確認される。


「水務局の馬車でも検査を受けるのですか」


「公務馬車専用の列があります」


「通行証があれば、荷物は見ない?」


「見ます」


 エルンは即答した。


「役所の印があっても、危険物を持ち込めない点は同じです」


「正しい運用です」


「ただし、今日は少し時間がかかるかもしれません」


「なぜです?」


 エルンは直人の足元に置かれた木箱を見た。


 採水瓶。


 試験液。


 石灰反応を見る粉。


 汚泥採取用の細い筒。


 封印紐。


 手袋。


 防水前掛け。


 直人が持ち込んだ衛生調査道具である。


「見た目だけなら、薬品商か毒物取締の証拠品です」


 セラが言った。


「すべて用途札を付けています」


「文字を読んでも、関所の兵士が使い方を知っているとは限りません」


「水務局の証明書もあります」


「それで通ればよいのですが」


 馬車が公務列へ入った。


          ◇


 関所の兵士は、エルンの通行証を確認した。


 王都水務局。


 地方監査官。


 南区衛生調査。


 同行者二名。


「陶山直人」


 兵士が名簿を読む。


「所属、銀月衛生商会」


「はい」


「何を扱う商会だ」


「便器、手洗い、排水、汚物処理、保守です」


 兵士が顔を上げる。


「便器を売る者が、なぜ水務局の馬車に乗っている?」


「南区の共同便所と井戸を調査するためです」


「便器を持ってきたのか」


「木製模型だけです」


「本物は?」


「ありません」


 兵士は納得していない様子で、次にセラを見る。


「セラ。所属欄が空白だ」


「調査協力者です」


「職業は?」


「痕跡調査」


「盗賊探しか」


「水や土に残る跡を見ます」


「ますます分からん」


 兵士は奥の詰所へ合図を送った。


「荷物検査を行う」


「承知しました」


 エルンは馬車から降りた。


 荷台の覆いが外される。


 工具箱。


 資料箱。


 食料。


 衣服。


 木製模型。


 そして、薬品箱。


「この箱は誰のものだ」


 別の兵士が尋ねる。


「水務局と銀月衛生商会の共同調査用品です」


 エルンが証明書を出す。


「開けろ」


「瓶を乱暴に動かさないでください」


 直人が言った。


「なぜだ」


「試験液が漏れれば、ほかの瓶の結果へ影響します」


「毒だからではないのか」


「毒として持ち込んでいるものはありません」


「持ち主がそう言うだけでは信用できん」


「そのための証明書です」


 兵士は書類と箱を見比べた。


「封印があるな」


「出発前に、銀月衛生商会と水務局で確認しました」


「関所で開けたら、封印はどうなる」


「開封記録を残し、関所印で再封印してください」


「そこまで必要か?」


「採水瓶が入れ替わっていないことを証明するためです」


 兵士たちが顔を見合わせた。


          ◇


 薬品箱が、検査台へ置かれた。


 直人は、まず外側の封印紐を指した。


「封印番号は南水第十九号」


 エルンが証明書を読む。


 兵士が番号を確認する。


「一致」


「開封時刻を記録してください」


「関所で荷物を開けるたび、時刻まで書くのか」


「この箱についてはお願いします」


「面倒な荷物だ」


「調査結果に責任を持つためです」


 封印紐を切る。


 箱の蓋が開く。


 中には、木枠で区切られた瓶が並んでいる。


 透明。


 白。


 青。


 茶色。


 それぞれに札。


 兵士の一人が、青い試験液の瓶を持ち上げようとした。


「札ではなく、瓶の胴を両手で持ってください」


 直人が止める。


「触るなと言うのか」


「落とさないためです」


「中身は?」


「水の性質を見る試験液です」


「飲んでも平気か」


「飲むものではありません」


 兵士の表情が変わる。


「毒ではないと言ったな」


「飲用ではないことと、毒物として使用することは別です」


「飲めば危険なのだろう」


「体調を崩す可能性があります」


「なら毒ではないか!」


 周囲の兵士が警戒する。


 槍の穂先が、わずかに直人へ向いた。


 エルンが間へ入る。


「落ち着いてください。水務局でも同種の試験液を使用しています」


「王都へ危険な液体を持ち込む許可は?」


「調査用品証明に記載されています」


「危険物欄は空白だ」


 エルンが書類を見る。


 確かに、携行品一覧には試験液の名前と量がある。


 しかし、関所用の危険物区分には印がない。


「水務局内では、これは検査用品です」


「関所では、飲用不能の薬液は申告対象だ」


「規則の分類が違う?」


 直人が尋ねる。


 兵士はうなずいた。


「王都へ持ち込む液体で、人が飲めないもの、火へ近づけられないもの、皮膚へ害があるものは申告する」


「この青い試験液は、火気厳禁ではありません」


「皮膚は?」


「長く触れない方がよいです」


「申告対象だ」


 書類の不備だった。


          ◇


「箱を押収する」


 兵士長らしい男が言った。


 銀色の胸当て。


 左肩に赤い帯。


「王都内の危険物審査所へ送る」


「それでは、南区の水質調査ができません」


 エルンが答えた。


「規則に従え」


「水務局の証明を追加します」


「ここでは作れん」


「王都本局へ使者を出せますか」


「審査所へ運ぶ方が早い」


「結果はいつ出ます?」


「三日から七日」


「南区では、井戸汚染の疑いがあります」


「それと関所規則は別だ」


 兵士長の判断も間違いではない。


 正体不明の薬品を、役人だからという理由だけで通す方が危険である。


「試験液を置いていき、採水瓶と道具だけ持ち込む方法は?」


 直人が尋ねた。


「箱の一部だけを通すのか」


「はい」


「危険物と非危険物を分けて再検査する必要がある」


「行ってください」


 エルンが直人を見る。


「試験液なしで調査できますか」


「採水と目視、臭い、土壌の湿り、構造調査はできます」


「簡易反応試験は?」


「王都水務局本局の用品を借ります」


「同じ試験液なら、なぜこちらは止める」


 兵士長が尋ねた。


「関所の申告書に不備があるからです」


 直人が答えた。


「王都内で管理されている物は、保管場所と責任者が確認済みです」


 兵士長が少し意外そうに直人を見る。


「自分たちの荷物を通せと言わないのか」


「必要な検査は受けます」


「急いでいるのだろう」


「急いでいても、規則を飛ばす理由にはなりません」


 その答えで、関所の空気が少し変わった。


          ◇


 薬品箱の中身を、三つへ分けることになった。


 一。


 空の採水瓶。


 二。


 固体試験粉。


 三。


 液体試験薬。


「白い粉も危険物ではないのか」


 兵士が尋ねる。


「石灰や腐敗物への反応を見るものです」


「皮膚へ付いたら?」


「洗い流してください」


「飲めるか」


「飲めません」


「なら申告対象だ」


「粉も置いていきます」


 直人は即答した。


「空瓶だけ持ち込むのか」


「はい」


「それでは、この箱の大半を関所へ残すことになる」


「王都本局で代替品を借ります」


「最初から借りればよかったのでは?」


 セラが言った。


「地方で採取した試料も帰りに運ぶ可能性を考え、同じ道具を用意しました」


「帰路も、また申告が必要ですね」


「汚染水の試料は、今回以上に厳しい扱いが必要です」


 兵士長が反応した。


「汚れた井戸水を、王都の外へ運ぶつもりか?」


「必要な場合だけです」


「それは、必ず事前申告しろ」


「はい」


「汚物も持ち出すのか」


「汚泥試料を採取する可能性があります」


 兵士たちが一斉に嫌な顔をした。


「馬車へ載せるのか」


「密閉容器へ入れます」


「漏れたら?」


「二重容器。吸収材。封印。運搬記録」


「普通の荷物と同じ場所へ置くな」


「専用箱を使います」


「その箱は?」


「まだ空です」


 直人が荷台の小型密閉箱を示した。


 兵士長は頭を抱えた。


「便器屋ではなかったのか」


「便器を使えば、流した先を確認する必要があります」


          ◇


 荷物を分けている途中。


 関所の裏手から、怒鳴り声が聞こえた。


「またか!」


「桶を持ってこい!」


「井戸水は使うな!」


 直人が振り返る。


 詰所の横。


 兵士用の手洗い場で、一人の若い兵士が腹を押さえてしゃがんでいた。


「どうしました」


「持ち場を離れるな」


 兵士長が直人を止める。


「治療院を呼べ!」


 別の兵士が走る。


 若い兵士は顔色が悪い。


 額に汗。


「腹痛ですか」


 エルンが尋ねる。


「朝から三人目だ」


 兵士長が答えた。


「三人?」


「食堂の煮込みが悪かったのだろう」


「同じものを食べた全員に症状がありますか」


「交代勤務だ。食べた時間が違う」


「水は?」


「関所井戸だ」


「旅人も使いますか」


「兵士と詰所だけだ」


「最近、色や臭いの変化は?」


「ない」


 兵士長は答えたが、近くの水汲み担当が首をかしげた。


「昨日、少し土臭いと感じました」


「なぜ報告しなかった」


「雨の後は、よくあることです」


「井戸の位置は?」


 直人が尋ねる。


 兵士長が睨む。


「今、自分の薬品を通すために、こちらの井戸へ問題があると言うつもりか」


「違います」


「関所の水を調査すれば、荷物を通せと?」


「別の話です」


「なら、関わるな」


 兵士長の警戒は当然だった。


 荷物検査で止められた直後。


 相手側の井戸に問題があると言えば、圧力と取られてもおかしくない。


 直人は一歩下がった。


「治療院へ、同じ症状が三人いることと、井戸水の土臭さを伝えてください」


「それだけか」


「はい。正式調査の依頼がない限り、井戸へ触れません」


 兵士長は少し黙った後、近くの兵士へ指示した。


「治療師へ伝えろ。水の話もだ」


          ◇


 薬品箱は、液体と粉を関所へ一時保管。


 空瓶、器具、木製模型、記録類は持ち込み許可。


 保管品には、関所の封印番号が付けられた。


 南東関・保管第四十二号。


「受取書です」


 兵士が紙を渡す。


「瓶名と数量を確認してください」


 青試験液、一。


 透明試験液、二。


 白色試験粉、一袋。


 布反応紙、十枚。


「布反応紙も置いていくのですか」


 直人が尋ねる。


「薬液を染み込ませていると申告書にある」


「乾燥済みです」


「皮膚へ?」


「長く触れない方がよいです」


「なら置く」


「分かりました」


「帰りに受け取る場合は、同じ印と署名が必要だ」


「保管中に開封しますか」


「危険物審査官が確認する可能性がある」


「その場合、開封時刻、担当者、再封印番号を記録してください」


「お前は関所の仕事まで決めるのか」


「調査道具が変更されていないことを確認したいだけです」


 兵士は受取書の裏に、開封記録欄を追加した。


「これでいいか」


「ありがとうございます」


「二度と申告欄を空けるな」


「次回から確認表へ加えます」


          ◇


 関所を通過できると思った直後。


 先ほど腹痛を訴えた兵士を診た治療師が戻ってきた。


「井戸を、一時止めてください」


 年配の治療師が兵士長へ言った。


「食事だけが原因とは考えにくいです」


「三人とも、同じ症状か」


「腹痛、吐き気、軽い発熱。水を多く飲む持ち場の者に偏っています」


 関所の見張り塔勤務。


 日差しの中で長時間立つため、ほかの兵士より水を多く飲んでいる。


「井戸を止めたら、百人近い兵士の水がなくなる」


「代替水を運んでください」


「街道宿から?」


「どの水源が安全か確認が必要です」


 兵士長がエルンを見る。


「水務局監査官」


「正式な緊急調査要請を出されますか」


「出す」


 エルンは書面を出した。


「範囲を確認します。井戸周囲、貯水容器、食堂用水、手洗い水。必要なら便所と排水溝」


「今すぐ頼む」


「王都南区への移動予定があります」


「病人が出ている」


「だから、応急対応を先に行います」


 直人は馬車を見た。


 試験薬は関所に保管されたばかり。


「採水瓶だけで調査できます」


 エルンが言う。


「反応試験は?」


「関所の治療師と、近隣水務所に道具があれば借ります」


 兵士長が苦い顔をした。


「お前たちの薬品を止めた直後に、借りることになるとはな」


「持ち込み申告の不備とは別問題です」


 直人が答えた。


「その言葉を何度も言うな」


「重要です」


          ◇


 王都への到着は、半日遅らせることになった。


 関所井戸は、門の内側。


 便所棟と馬の水場の間にある。


 深さは十分。


 石積み。


 蓋付き。


 外見は、よく管理されていた。


「便所との距離は?」


「四十二歩」


 兵士が答える。


「馬の水場は?」


「十八歩」


「排水方向は?」


「街道外側の溝へ」


「雨の日は?」


「門の内側へ水がたまることがある」


 直人は地面を見る。


 井戸周囲の石畳。


 一部に泥。


 馬の水場から流れた水。


 手洗い桶のあふれ。


 雨水溝。


 すべてが井戸側へわずかに傾いている。


「井戸の蓋は閉じています」


 兵士長が言う。


「上から直接入る量は少ないです」


「石積みの外側から染みる可能性があります」


 セラが井戸周囲を歩く。


 北側。


 乾燥。


 東側。


 馬の蹄跡。


 南側。


 泥の色が濃い。


「こちらだけ、土が沈んでいます」


 細い棒を差す。


 深く入る。


「地下に空洞か、水路があります」


「図面は?」


 エルンが尋ねる。


「関所の建設図は、百年以上前だ」


「改修記録は?」


「井戸を深くした記録はある」


「便所は?」


「二十年前に移した」


「古い便所の位置は?」


 兵士長は答えられなかった。


 直人とセラが顔を見合わせる。


 また、使われていない古い設備。


「記録庫を確認します」


          ◇


 関所の古い図面には、現在の便所棟とは別に、小さな溜め槽が描かれていた。


 位置は、井戸の南側。


 セラが見つけた沈みと重なる。


「廃止時に埋めたと書かれています」


 エルンが記録を読む。


「中身を抜いた記録は?」


「ありません」


「排水管の閉鎖は?」


「記載なし」


 兵士長の顔が険しくなる。


「二十年前の仕事だぞ」


「今も地面の下へ残っている可能性があります」


 直人は現地へ戻った。


 古い便所跡と思われる場所。


 表面には倉庫の一部が建っている。


「床を開ける必要があります」


「武器庫だ」


「中身を移せますか」


「簡単には動かせん」


「小さな確認穴だけでも」


「武器庫の床へ穴を開ける許可は、関所長が必要だ」


 兵士長が胸元の赤帯を示した。


「私が関所長だ」


「では、許可を」


「お前は遠慮がないな」


「病人が出ています」


「開けろ」


          ◇


 武器を別室へ移す。


 床板の一枚を外す。


 下から、湿った空気。


 セラが灯りを近づける。


「石があります」


 古い溜め槽の天井石。


 一部が割れ、上の土が落ちている。


「中へ入らないでください」


 直人は採水用の長い筒を差し込んだ。


 底に水。


 色は薄い茶色。


 臭いは強くない。


「空になっていません」


「二十年前の汚物が残っているのか」


「雨水や地面の水が入り続けた可能性があります」


 槽の壁から、井戸側へ古い木管が伸びている。


「便所排水管?」


「閉鎖されていません」


「井戸へ直接つながっているのか」


「方向が近いだけです。確認します」


 木管は腐り、周囲の土へ水を漏らしている。


 井戸の石積み外側へ向かう地面は、湿っていた。


「関所井戸の異常原因として、十分疑わしいです」


 エルンが言う。


「井戸を使用停止します」


 関所長は迷ったが、うなずいた。


「代替水は?」


「南東水務所と、外郭都市の共同井戸から運びます」


「門の運営は止められん」


「飲用水、手洗い水、馬用水を分けてください」


「同じ荷車で運べないのか」


「容器を分けます」


 革工房で作った給水区分が、ここでも使われる。


 白。


 兵士と食堂の飲用水。


 青。


 手洗いと治療。


 黒。


 馬と清掃。


「馬用の水を、兵士が飲まないように表示を」


「兵士は文字が読める」


「夜間、急いでいる時もあります」


「絵まで必要か」


「必要です」


          ◇


 古い溜め槽は、すぐに完全撤去できない。


 まず井戸側へ向かう木管を仮遮断。


 槽内の水位を下げる。


 雨水が入らないよう、武器庫床下を一時的に覆う。


 井戸は再検査まで使用停止。


「王都への入場はどうなる」


 セラが尋ねた。


「今夜は関所の宿直棟へ泊まってください」


 関所長が答えた。


「南区への到着は明日昼になる」


 エルンが予定表を修正する。


「王都へ連絡を送ります」


「半日遅れで済みますか」


「応急対応が終われば」


「試験薬は?」


「関所保管のままです」


 関所長が答えた。


「調査に使ったからといって、持ち込み書類の不備が消えるわけではない」


「はい」


「だが、王都本局へ照会を出す。正規の危険物携行許可が届けば、明朝渡せる」


「ありがとうございます」


「礼ではない。次から書け」


「必ず」


          ◇


 夜。


 関所宿直棟の食堂では、外郭都市から運ばれた白い飲用容器が並んでいた。


 封印。


 供給元。


 到着時刻。


 配水担当者。


 すべて、急ごしらえの記録板へ書かれている。


「関所でも、同じ表を使うことになるとは」


 エルンが言った。


「場所が違っても、水の管理項目は変わりません」


 直人が答える。


「でも、持ち込み書類は変わりました」


 セラが笑う。


 直人は新しい確認表を作っていた。


 調査薬品名。


 量。


 飲用可否。


 皮膚接触時の対応。


 火気。


 漏出時の処理。


 関所申告区分。


 持ち込み許可番号。


 使用後の残量。


 汚染試料の持ち出し申告。


「薬品を持つための設計書ですね」


「道具の安全運用です」


「便器だけではなく、瓶にまで手順が増える」


「今回止められた理由を、次に残さないためです」


 関所が厳しすぎたのではない。


 水務局内では検査用品。


 関所では危険物。


 同じ瓶でも、管理制度が違えば扱いが変わる。


「王都南区には、複数の所有者と管理者がいます」


 エルンが言った。


「同じ設備を、立場ごとに違うものとして見ている可能性がある」


「便所所有者には収入源」


 セラが言う。


「住民には生活設備」


「汲み取り人には作業場所」


「水務局には汚染源になる可能性」


 直人が続ける。


「同じ便所でも、必要な情報が違います」


「明日から、それを一つずつ合わせることになります」


          ◇


 翌朝。


 王都本局から危険物携行許可が届いた。


 関所保管箱の封印を確認。


 開封記録なし。


 数量一致。


 新しい許可番号を付ける。


「今度は通せる」


 関所長が箱を渡した。


「王都内では、使用場所と保管場所を水務局へ届けろ」


「はい」


「汚染水を持ち出す場合は?」


「事前申告。二重容器。封印。運搬記録」


「覚えたな」


「確認表へ入れました」


「紙へ書かないと覚えられないのか」


「次の担当者も同じ手順を使えます」


「なるほど」


 関所長は少し笑った。


「お前がいない時でも?」


「それが目的です」


 関所井戸には、赤い使用停止札。


 代替水の白、青、黒の容器。


 古い溜め槽の調査は、関所と南東水務所が引き継ぐ。


「正式報告を銀月衛生商会へ送る」


 関所長が言った。


「便所改修も相談できます」


「王都南区が先だ」


「調査受付は町内班が行えます」


「本当に、どこでも仕事を増やすな」


「危険な設備が見つかるからです」


「自分から見つけているようにも見える」


 馬車が門を通る。


 今度こそ、王都へ向かう。


          ◇


 外郭都市を抜けた先。


 遠くに、王都本城の塔が見えた。


 高い城壁。


 石造りの家並み。


 幾本もの煙突。


 水路。


 橋。


 人。


 直人がこれまで暮らしていた町とは、規模が違う。


「王都人口は?」


「城壁内と外郭を合わせ、十万人を超えます」


 エルンが答えた。


「便所はいくつありますか」


「正確な数は、誰も把握していません」


「登録制度は?」


「官庁、宿、浴場、工房の一部だけです。住宅の便所は所有者任せ」


「南区の四か所も?」


「複数所有者が共同で使わせています」


「使用料を取っている」


「はい」


「保守記録は?」


「提出されていません」


 直人は、王都南区の資料を開いた。


 三百二十人。


 便所四か所。


 一か所あたり、単純計算で八十人。


 しかも、利用時間は朝と夜へ集中する。


「四か所というのは、四室ですか。四棟ですか」


 エルンが答える。


「報告書には“四便所”としかありません」


「中の穴数は?」


「現地で確認します」


「最初から、数の意味が曖昧ですね」


 宿の便所六室。


 教会の二棟六穴。


 一か所という言葉だけでは、利用能力は分からない。


「料金徴収者は?」


「便所ごとに違います」


「管理者も?」


「おそらく」


 セラが窓の外を見る。


 王都南区へ近づくにつれ、建物の間隔が狭くなっていく。


 洗濯物。


 露店。


 荷車。


 子ども。


 路地。


 排水溝。


「臭います」


 セラが言った。


 風に混じる、腐敗臭。


 汚水。


 煙。


 人と家畜。


「南区は、もう少し先です」


 エルンが答える。


「この辺りから臭いがするなら、広い範囲の問題かもしれません」


 直人は馬車の速度が落ちたことに気づいた。


 道の脇に、人が並んでいる。


 水壺を持った住民。


 列の先には、一つの共同井戸。


 その横には、料金を集める男。


「水にも料金を取っていますね」


「南区では珍しくありません」


「払えない人は?」


「遠い無料井戸まで歩きます」


 便所だけではない。


 水もまた、払える者と払えない者で利用場所が分かれている。


 馬車が角を曲がる。


 正面に、古い共同住宅群が現れた。


 石と木を継ぎ足した建物。


 三階、四階。


 狭い中庭。


 その中央に、長い便所の列。


 二十人以上。


 列の横では、子どもを抱いた女性が管理人らしい男と口論していた。


「料金を払ったでしょう!」


「一人分だ。子どもの分は別だ!」


「この子は三歳よ!」


「使うなら払え!」


 直人の手が、工具箱へ伸びる。


「待ってください」


 エルンが止めた。


「まず、水務局南区支所へ到着報告をします」


「目の前で揉めています」


「ここで勝手に介入すれば、調査班の立場を失います」


 直人は手を止めた。


「記録だけします」


 セラが、列と料金箱を見た。


「時刻。待ち人数。子ども料金の争い。管理者の特徴」


「写真はありませんが、図に残してください」


「分かりました」


 馬車は、列の横を通り過ぎる。


 直人は何度も振り返った。


 安全を調べる瓶は、関所では危険物として止められた。


 便所を使うための料金は、この地区では暮らしの一部として当たり前に取られている。


 何が安全で。


 何が危険で。


 誰が使ってよくて。


 誰が止めるのか。


 場所によって、基準は異なる。


 だからこそ、先に決めつけず、事実と役割を確かめなければならない。


 王都南区。


 三百二十人の暮らしを支えるはずの四つの便所。


 その調査は、すでに列の外側から始まっていた。

王都の関所では、衛生調査用の試験液や反応粉が、危険物申告の不備によって一時保管されました。


水務局では検査用品でも、関所では「飲用できず、皮膚へ影響する薬品」として別の管理が必要です。


直人たちは規則を飛ばさず、空の採水瓶だけを先に持ち込み、正式な携行許可を取得しました。


また、関所兵に複数の腹痛が発生し、古い便所槽から井戸方向へ伸びる未閉鎖の木管が見つかります。


次回は王都南区へ到着し、便所の利用料を払えない母子と、料金を徴収する管理者から別々に事情を聞きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。