人情あるって素敵やん
闘モア場は凄い熱気に包まれていた。
円形の闘技場の中心で、デカいダチョウのような鳥が2匹戦っている。
なるほど、モアだ。体高は3メートル近くあるんじゃなかろうか。
互いに足で蹴り合っているが、デカいから凄い迫力だ。
しっかし、こんなに人が沢山いたんじゃ見つけるの大変だぞ。
ゴドーさんはと言うと、これまた慣れた感じで場内をスイスイ歩き、だみ声で次の勝負の予想をしているオッサンに話しかけている。
「どうだい?調子は。」
「いやー、最近は羽振りのいい旦那衆はみんなガルムレースじゃないですかねえ。」
「そうか、ペアメロンの旦那のトコの客人がよく来てるって聞いて挨拶しておこうと思ってな。」
「それなら、上の特別観覧席ですよ。いつも東の4にいますよ。」
「ありがとな。」
そう言ってスッとだみ声男にお金を渡すゴドーさん。
「どうも、旦那。」
「さて、上に行きますか。」
「ゴドーさん、これ、良かったら経費として使って下さい。」
俺は、ゴドーさんに袋に入ったエルミランドの硬貨を渡した。
「いや、こんなに。」
「いえいえ、教会からの支給品ですので遠慮なく。足りなくなったら言って下さい。あ、勿論、正規の報酬は別途出ますから心配しないで下さいね。」
「すいません、助かります。」
「では行きましょうか。」
俺たちはゴドーさんに続いて2階の特別観覧席へと向かった。
階段入り口で人数分のお金を支払い我々は東の4を探して歩いた。
2階特別観覧席はどれも大きめなバルコニー席となっており、中にはテーブルとイスがあり皆、飲み食いしながらギャンブルに興じているようだった。
東の4に着くと中には3人の男女と2人連れの計5人がおり、それぞれ別のテーブルで観戦していた。
我々5人もテーブル席に着く。
パリッとスーツを着た給仕係さんがメニューを持ってきてくれる。
我々はソフトドリンクを、シエンちゃんは飲み物と肉を挟んだパンを幾らか注文する。
さてと、我々は中にいる者たちを観察する。
まず、男女3人組。
トカゲ顔の男と太った猿顔の女性、そして長髪痩せ型でゆったりとした服を着た性別不明の者。
ずっと闘技場の方を見ているので顔が良く見えないのだが、チラチラ見える横顔は褐色で俺には何とも判断がつきかねる。
「3人組の方は違いますね。」
「ああ、論外だな。動きが素人すぎる。どこぞの金持ちのボンボンだろう。」
アルスちゃんとキーケちゃんが小声で言う。
そうなると、こっちの2人だな。
肩にかかる程の長さの赤髪の男性と、フードを被った者の2人組。
注文の品が届きシエンちゃんは肉を挟んだパンをムシャムシャ食べ始めた。
我々は飲み物を口にしながら、露骨にならないように2人組を観察した。
しばらくすると、身なりの良い男が現れて赤髪の男に包みを渡して去って行った。
「今のは、ペアメロン商会の者ですね。襟に商会の記章を付けていました。」
ゴドーさんが言う。
「ふむ、赤髪の男は違うな。受け取った手が荒事をする者の手ではない。事務作業をする者の手だ。」
「隣りのフードを被った人、どうでしょうね。あまり動かないので判断が難しいんですよね。」
「そうだのう。ちょいと、仕掛けてみるか。」
キーケちゃんがイスの下に腕をたらし、フードを被った者が座っているイスの方へ軽く腕を振るった。
凄い速度で小さくて平べったい空気の塊が飛び、フードを被った者が座ったイスの足にぶつかった。
イスの足は少し削れてカクンと斜めになった。
「きゃっ。」
バランスを崩してフードが取れると長い金髪が露わになった。
すぐにフードを被り直したが、どうやら女性のようだ。
「違いますね。」
「そのようだのう。」
アルスちゃんとキーケちゃんは言う。
「じゃあ、次だな次。」
肉挟みパンをキレイに平らげたシエンちゃん。
「では、ガルムレースに行きますか。」
ゴドーさんに続いて我々は闘モア場を後にした。
歩くことしばし、陸上競技場みたいな楕円形の競技用トラックを備えたガルムレース場。
ガルムってのは以前にスーちゃんから聞いたことがあるな、確か狙った得物は逃さないとか。
身体にゼッケンを着けられた馬位のサイズの犬が、ゲートから一斉にスタートし凄い勢いでトラックを走っている。
場内は歓声やら罵声が轟轟と渦巻いている。
レースが終わると項垂れる者、手に持った紙を投げ捨て喚く者、隣り同士肩を叩きあって喜んでいる者、これは、うん、前世界でもよく見た風景。公営ギャンブル場の風景だよ。
俺は余りギャンブルはしなかったのだが、小学生の時に住んでいた場所の近くに公営ギャンブル場があって、学校では開催日には近くを通らないように言われていたのだが、子供の俺にとっては面白くて近くを通って帰ったものだった。
普段パン屋や雑貨屋、駄菓子屋だった店が開催日には道にテーブルやらイスやらを出して、昼間から簡易飲み屋になり、脂っこいオッサンがひしめき合っているのは、子供心に非日常って感じがして妙にワクワクしたものだった。
平気でそこいらで立ションしてるオッサン、地面に落ち葉のように散らばる外れ券やちびた赤鉛筆。
面白くって赤鉛筆を拾っていると、ガラガラ声のオッサンに怒られたりしてね。
あの赤鉛筆はギャンブル新聞売りのオッサンが落ちているのを拾って、次にその新聞を売るときにおまけで付けるんだってのを後で誰かから教わったんだよな。
なんて遠い目をしている場合じゃないぞ。
人ごみをかき分けて進むゴドーさんを見失わないように、俺もワシワシとかき分けて進む。
開けた場所に出ると飲食の屋台が出ており、色んなオッサン達が難しい顔をして何かを掻き込んでいる。
いいね、いい雰囲気だ。
「調子はどうだい?。」
「こりゃ、なんでも屋の若先生。もしかして、ベアビレジの旦那んとこのお客人ですかい?若先生、何とかして下さいよ、好き放題何ですから。金は払わないし負ければ勝ってるやつに因縁つけるわ、この間なんて券売の娘がデカい声で因縁つけられて泣いてましたよ。外れ券売りやがってって、無茶苦茶ですよ。あっ!あいつですよ。」
屋台のオッサンが指さす先にいたのは褐色の肌に鋭い目つき、までは一緒だけど横にも縦にも大きな身体に角を生やしたオウガの男。
「あれは違いますね。でも今の話を聞いたら、放っておくわけにもいきませんね。」
「おっと!ちょっと待ってくれよアルス!我にやらせてくれよな!我に!要はツケを払わせて迷惑をかけた皆に謝らせて、もうやりませんと反省させたら良いのだろう?簡単な事よ。」
「じゃあ、一緒に行きましょうか。」
「アルスも来るのか?いいけど、見てるだけだぞ、手を出したら嫌だぞ。」
「うふふ、わかってますって。」
という事でアルスちゃんとシエンちゃんは、荒くれ者に反省を促すミッションにつくことになりました。
「大丈夫ですか?。」
ゴドーさんが心配そうに言うが、心配なのはシエンちゃんがやりすぎないかだ。
「きひひ、今回はアルスがついているから大丈夫だろ。シエンがやりすぎたら止めてくれるさ。」
「いや、相手の男も只の腕力自慢ではなさそうですが。」
「心配だったらもう少し近づいて様子を見てみましょう。」
「ええ、何かあれば止めに入りますよ。」
「はい、お願いします。」
てなわけで俺たちはシエンちゃん達の近くで経緯を見守る事にした。
「おい、お前、物を買ったらお金を払う。常識だぞ。」
いきなりこれですよ。やっぱりシエンちゃんはシエンちゃんだ。
「あ?なんだ?俺に言ってるのか?。」
「ああ、お前に言っている。お前以外いないだろ?周りを見てみろ、お前のそばに誰かいるか?。」
諭すように言うシエンちゃん。
「テメー、俺は女子供でも容赦しねーぞ。怪我しねーうちに消えろ。」
低い声で恫喝するオウガ君。
「なんだお前、容赦しないと言ってる割には怪我しないうちに去れって、容赦してるよな?な?アルスもそう思わないか?こいつ言ってる事がおかしいよな。物を買ってもお金を払わなかったり、自分で買った券が外れたからって外れ券売りつけたとか言ってたんだってよ、ちょっとこいつはあれか?頭が悪いのか?どう思う、アルス。」
「ええ、頭が悪いんでしょうねえ。」
オウガ君はキュウっと目が細くなったかと思うと、側にあった長椅子を持ち上げシエンちゃんとアルスちゃんに叩きつけた。
「ダメだろ、お店の物を勝手に使っちゃ。」
シエンちゃんは左手で長椅子を受け止め、右手の人差し指でオウガ君の腕を弾いた。
「あうっ。」
オウガ君は短い声を上げて長椅子を手放し、弾かれた腕をさする。
「どう言えばわかってもらえるのかねえ。言葉じゃわかってもらえないのかねえ。ツケを払って、迷惑かけた人に謝って、もうやらないと約束してくれればそれでいいんだけどなあ。言葉じゃ伝わらないのかなあ?。」
ニヤニヤと笑いながら言うシエンちゃん。
アルスちゃんに止められるほどの暴挙ではないけど、明らかに挑発してますよね、あれは。
「シエンさん、程々に。」
「わかってるって、なあ?お前、名前は?。」
「は?何で名乗らなきゃいけねーんだよ。」
「名前がわからないと、名前が呼べないだろ?おい?ずっとお前で良いのか?良くないだろう。名前はなんてんだ?ええ?聞こえないぞ?声が小さすぎて聞こえないぞ?なーに?お名前は?。」
周囲のお店の人や遠巻きに見ていた人達がクスクス笑っている。
「ざっけんな!。」
オウガ君が振りかぶったパンチをシエンちゃんに放とうとするが、振りかぶった時点で拳を押さえられてしまう。
「なんだお前は?こんなか弱い女子ふたり相手にさっきから。ぼそぼそ喋っちゃ暴れようとして止められての繰り返しではないか。そんなことでどうする?。そんなにお金を払うのが嫌か?物を買ったらお金を払う、これ常識。違うか?なあ、どうだ?。」
オウガ君は右の拳に渾身の力を込めているようで、顔や腕、いたるところの血管が浮き出て筋肉が締まりビクビクしている。
「どうだと聞いているのだ、ハッキリと答えんか?。」
「はぶっ!。」
オウガ君は妙な声を出して鼻血を吹き出して倒れ込んでしまった。
「あらあら、まあまあ。精魂尽きた感じですねえ。」
アルスちゃんは水魔法で優しくオウガ君の顔を洗い流し、風魔法で乾かしてあげていた。
「フヒーフヒー。」
意識が戻ったオウガ君は肩で息をしている様子。
「おっ!さすがに丈夫な!よし、改めて名前は?。」
「はい、ビーザムと言います。」
「よーしビーザムね。それじゃあ、ビーザム、これからどうするんだ?。」
「はい、ツケを払って、謝罪します。」
「謝罪たぁ随分洒落た言葉使うじゃあないか!大したもんだ!気に入った。」
バツンッと大きな音を立ててビーザム君の肩を叩くシエンちゃん。
「ブホッブホッ。」
かなり衝撃があったようで咳き込むビーザム君。
「よーし、金は持ってるのか?。」
「いや、ありません。」
「じゃあ、どーするんだよー。ダメじゃないかー。なー?どーすんのよー。」
怠そうに聞くシエンちゃん。
「実は自分は大工の職人を抱えている小さい商会の商会長をやってるものなんですが、ベアビレジ商会からの依頼でやった仕事の代金が支払われなくて、それで直談判に来たんですが毎日あれやこれやと理由を付けてあしらわれてまして、その金がないとうちのもんに払う金もなくて、それでイライラしてつい。」
「なんだよ、それじゃその金貰いに行こうぜ!そうすりゃ一件落着ってなもんだろうよ。」
「いや、それができないから困ってる訳でして。」
大きな体を縮こまらせて申し訳なさげに言うビーザム君。
「まあ、みんなで行けば何とかなりますよ。」
アルスちゃんが慰めるように言う。
そんな訳で我々はベアビレジ商会へと向かうのだった。
道中、ビーザム君は大きな外見に似合わず、でも自分何度も行きましたしねえ、本当に何度も何度も掛け合ったんですよ、と我々に盛んに訴えかけるのだった。
さてそうして着いたベアビレジ商会は、目も眩むような豪邸だった。
高い塀と塀の上には槍のような鉄棒が突き出しており、まさにお屋敷といった感じ。
当然のように門には番をする者がおり、我々はひとまずこの警備員さんに話をする。
「と言うわけで、未払いのお金を取りに来たんですよ。中に入れて下さい。」
俺は警備員さんに事の次第を説明した。
「事情はわかったが通すわけにはいかない。会長は約束のない方とはお会いになられない。」
固い口調で話す警備員さん。
「支払いの約束は勿論されていたわけですから、約束がないわけではないですよ。むしろ、契約不履行でギルドに訴えれば勝てる案件ですよ。会長さんもそんな事は望まれないでしょう。さあ、ここを通してください。」
俺は更に押してみる。
「いや、ダメなものはダメです。」
「ダメと言われても我々も子供の使いじゃないんでこのまま帰るわけにもいかんのですよ。それでは、あなたが支払ってくれますか?こちらとしてはそれでもいいのですが?。」
「なんで私が支払うんですか?。」
「ここを通してくれないからですよ、さあ、支払って下さい。」
「何を言ってるんですか、そんな事する理由がないでしょ。」
「あれも出来ないこれも出来ないじゃ話になりませんよ、こんな所で揉めていてもそちらさんも体裁悪いでしょう。中で話しましょうよ中で。」
「だから、それはできないとさっきから言ってるではないですか!。」
段々と警備員さんの語気が荒くなってきた。
「ちょっといいですか?何事ですか?。」
あらら、衛兵さんがやって来たよ。まあ、こっちは何もやましい事ないから構わないけどね。
「おう、丁度いいとこに来たな、ネンさん。」
「おや、ゴドさんじゃあないですか。これはどうした事ですかい?。」
やって来た衛兵さんはここいらの衛兵隊長さんで、ネンゲウさんと言いゴドーさんとは幼馴染で更にはお父上の道場で門下生同士の間柄、その頃は腕を競い合った仲との事。
ふたりの話を聞いていると今でも親友なのだろうなあ、ゴドーさんの事をゴドさんと呼ぶのに大人同士の親しさを感じるよ。
「フムフム、それはゴドさんの言い分が正しいわなあ、ベアビレジ商会と言えば名の知れた大商会だ、ちゃんとした手段で仕事を依頼しそれが果たされたのなら、報酬を支払うのは当然の事だ。お前さんたちもそうは思わないかい?。」
ネンゲウさんが警備員さんに言った。
「それはそうと思いますが、我々も仕事でして。」
「その仕事をして報酬が支払われないってこっちは言ってんだ。この調子じゃああんたらに支払われる報酬も怪しいんじゃあねーかい?ここで、こんな押し問答をしているとそちらさんの名に傷がつくんじゃあないかい?仕事を依頼しても報酬を払わない商会だなんて評判になったら、あんた責任とれるのかい?。」
「そ、そんな。」
「そんなじゃないよ、悪い評判は広まりやすいからねえ。ほら、早く旦那に聞いてきな。エライ事になる前に。」
「わかりました。」
警備員さんが急いで屋敷の中に入っていった。
「なんか、悪かったなあ、ネンさん。」
「いやいや、なんのなんの。またゴドさんの事だから本件追っているうちの別件だったりするんでしょう?。」
「また。ネンさんには敵わないなあ。まあ、そんな感じなんだよ。」
「先ほどは失礼しました。主人は面会されるそうです。ただし、衛兵隊長さんの立ち合いが条件です。」
「いいかい?ネンさん。」
「ああ、乗り掛かった舟だ。」
「すまないね。」
「なんの。」
見てて気持ちいいような男と男の間柄だ。この衛兵隊長さんも、腕が立つのは勿論、かなりの人格者と見た。
こうして、衛兵隊長のネンゲウさんを含めた6人でベアビレジ商会会長に会う事になったのだが、これが拍子抜けするぐらい、とんとん拍子に話は進みビーザム君にはしっかりと報酬が支払われたのだった。
シエンちゃんがお金ってのは借りると利子がつくと聞くがこの場合どうなるのか、と問うとベアビレジ商会会長はその分も補填させて頂くと言い、ゴドーさんが金額と支払い延期日数からこの辺りでの平均的利息を答えると、それに上乗せした額が支払われたのだった。
屋敷を出た我々に平身低頭、感謝と謝罪を述べるビーザム君。
「お前さんも棟梁だ、抱えている職人の事を考えればそりゃ辛かったろうよ。だが、それを弱い立場の者に当たるのは良くねえ。お前さんは身体も大きいし見た目が強面なんだから尚更気をつけなきゃあいけねーよ。」
「はい、反省しています。皆さん、ありがとうございます。」
「おう、わかったんならいいさ、早く職人とこに持ってておやり。」
ネンゲウさんの粋な対応に深く頭を下げて去って行くビーザム君。
「さて、ゴドさん。事情を聞かせてもらえるよな。そちらのお客人も含めて今晩いつものとこで一杯どうだい?。」
「ネンさん、ちょっと待ってくれ。皆さん、彼は信用できる男ですし衛兵隊長としても腕の立つ男です。この際、事情を話して協力してもらうってのはいかがでしょうか。」
俺たちは衛兵隊長さんの、ビーザム君の件での対処を見て人情もあるし誠実な人柄だと関心していたので、一も二もなく賛成した。
「皆さん、ありがとうございます。では、ネンさん、そう言う事なので先の件は了承した。」
「おう、じゃあ今晩。」
「ああ。」
てなわけで、今日の捜索はここまでとなった。




