謎が謎を呼ぶって素敵やん
「祈りの壁?。」
俺はアルスちゃんに聞き返した。
「はい、幾たびもの戦いにより崩れ落ちた城壁の一部を、グロウメン家が平和を祈る象徴として残した物です。現在では公園になっています。」
「なるほどねー。どうもそのグロウメンさんてのは悪い人ではないように感じるねえ。」
「きひひ、お主らしいなトモよ。平和祈願や戦没者慰霊は新統治では必須事項よ。これから治める民の反骨心を失くすためにな。だが、この当時のグロウメン家代表、セイテニア・グロウメンは実際、心根の優しい領主だったそうよ。これから行く祈りの壁を見ればそれはわかるだろうよ。」
キーケちゃんが意味深なことを言う。
「うふふ、では行きましょう!。」
元気なアルスちゃんに先導されて我々のミステリーツアーは続く。
ゴゼファード城の近くにその公園はあった。
人が行きかい屋台も出ている活気のある明るい公園、その中心にその壁はあった。
周りを花で囲まれ、つるバラに覆われた美しい壁。
「うわーっ!凄い綺麗だねー!。」
「うふふふ、先ほどキーケちゃんが言っていた意味がお分かりいただけましたでしょうか?さあ、もっと近くに行ってみましょう。」
アルスちゃんが、どんどんツアーガイドみたいになっていく。
「こちらの壁が、かの有名な祈りの壁です。この沢山の美しい花はセイテニア・グロウメンが植えたものと言われています。皆さん、こちらにお越しください。」
アルスちゃんに導かれて壁の右端に行く。
「ここに板が敷いてあります。これはセイテニア・グロウメンが毎日ここに膝をついて祈った場所だと言われています。そして、この壁を挟んで前と後ろで植えてある花の色が違っています。壁前方は様々な色の花が植えられ、これは様々な人が一緒に平和に暮らせることを願ったものと言われております。そして壁後方をご覧ください。」
ツアコンアルスちゃんが言うように壁の向こう側を見てみると、一面真っ赤な花だった。
「ご覧いただけましたでしょうか、こちらは一面真っ赤な花で埋め尽くされております。これは、セイテニア・グロウメンの平和に対する情熱を表していると言われています。」
「おおーーっ!。」
流れるようなアルスちゃんのガイドに、俺は思わず声を上げ拍手をした。
俺につられてか一緒にガイドを聞いていたのか、周囲にいた人たちもアルスちゃんに拍手を送った。
「ありがとうございます。」
少々照れながら周囲に頭を下げるアルスちゃん。
シエンちゃんとキーケちゃんも笑顔で拍手をしていた。
「コホン。えー、以上がこの壁にまつわる話しなのですが。」
アルスちゃんが歯切れ悪そうに言う。
「なのですが?。」
俺は続きを促す。
「どうにも、腑に落ちない点があるんですね。確かにセイテニア・グロウメンと言う人は平和を愛し平安を望む方であったようです。それは幾つかの文献に残された彼の性格を表す逸話とも合致します。しかし、これです。」
そう言ってアルスちゃんは壁の向こう側にある真っ赤な花を指さした。
「平和に対する情熱と言うのが彼の人物像と、どうしても合わないのです。壁の裏側に来てください。」
俺たちはアルスちゃんに続いて祈りの壁の裏側に行った。
壁の裏側、バラで覆われた壁には何か文字が刻み込まれていた。
「この刻まれた文字なのですが、こう書かれてあります。あなたが手折るつるバラの、とわに紅きて色褪せぬ、その清らかな髪のよに、我の心に刺さり残らん。これは古代の詩人ヴェルトセンが思い人に送ったと言われる詩です。これを刻ませたのもセイテニア・グロウメンです。彼は詩や花を愛する人として知られています。どちらかと言えば温和で感情を表に出さない人として知られていました。ですから、この情熱を表すというのが、前からしっくりこなかったんです。皆さんはどう思われますか?」
「いや、別に詩や花を愛したからと言って情熱的ではないってことはなかろうよ。むしろ、ここにきざまれた詩などは情熱的な詩ではないのか?。」
シエンちゃんが言う。
「この詩にも実はいわくがありましてね、ヴェルトセンが実際に送った人と本当に送りたかった人は別人だと言われてるんですよ。実際に送られたのは当時の有力者の娘にですが、どうやらヴェルトセンが実際に思っていたのは、行きつけの花屋の奥さん、つまりは人妻だったと言われています。ですのでこの詩には、隠した思い、秘めた思いが込められているのではないか、というのが最近の研究者の意見なのです。心に刺さり残ったトゲのような、そんな恋愛をヴェルトセンがしていたからこそのこの詩なんです。切ない思いが伝わるようです。」
乙女のような目をして力説するアルスちゃん。
「うーむ、良くわからぬ。」
首をひねるシエンちゃん。
俺は壁の端にある板の上に膝をつき、遠い昔にセイテニア・グロウメンがしたであろう祈りの姿勢をとってみた。彼はどんな思いでこうしていたのだろうか。
そうして、ふと顔を上げると視線の先には高い塔が建っており、その最上階にある窓が目に入った。
「アルスちゃん、あの塔は何?。」
「あの塔は次に行こうと思っている場所です。」
「へー、どんな場所なの?。」
「グロウメン家に敗れたゴゼファード家はちりじりに逃げましたが、ひとり捕えられてあの塔の最上階に幽閉された方がいました。」
「それは誰?。」
「それはゴゼファード夫人です。」
「これは、なんか掴めかけてきたよ。」
「何がですか、トモトモ!。」
「まあまあ、まだ端っこだけだから。あの塔って登れるの?。」
「ええ、最上階の部屋にも入れます。」
「じゃあ、行ってみよう!。」
俺たちはゴゼファード夫人が幽閉されていた塔に登ることにした。
塔に登って最上階の部屋に入り窓から外を眺める。
「いやー、絶景だな!。」
シエンちゃんが言う。
「さあ、トモトモ、話を聞かせて下さい。」
「ほら、ここから何が見える?。」
「祈りの壁の裏側です。」
「さっき、俺は昔にセイテニア・グロウメンがしていたように、板の上に膝をつき頭を上げたらここが見えたのよ。」
「はい。」
「ここに幽閉されていたのはゴゼファード夫人。そしてここから見えるのは壁の裏、情熱の赤い花、そしてさっきの詩。」
「まさかトモトモ、セイテニアがゴゼファード夫人の事を思っていたと?。」
「そう。それから聞きたいんだけど、この部屋の天井の絵はいつ描かれたの?。」
「天井の絵って、この空の絵ですよね。これはゴゼファード夫人が幽閉されるにあたって、描かれたと言われてますが。一般的には新統治をやりやすくするための宣伝行為と解釈されています。」
「なんか、教会のフレスコ画と関係があるんじゃないのか?。」
シエンちゃんが言う。
「あっ!。」
アルスちゃんが驚く。
「俺もそう思うんだよね。ここの天井に描かれた空は幽閉された夫人の無聊を慰めるためだったんだろうけど、他に何か意味があったように思うんだよねえ。」
「セイテニアにとって、ゴゼファード夫人にとって、空の絵はどんな意味があったのでしょう。」
「そこに2枚の絵の秘密に近づく何かがあると思うんだよねえ。」
「きひひ、絵から消えた人物は誰なのか、グロウメンが絵を表に出さなかったのはなぜか、セイテニアとゴゼファード夫人の関係は、空の意味とは、謎が謎を呼んでいるぞ。きひひひ、面白い。アルスよ、次はどこに行く?。」
キーケちゃんが笑って言う。
「ゴゼファード領立美術記念館に行こうかと思います。アルービンの絵が沢山ありますので。」
「よし、行ってみよう。」
アルス教授の捜査はまだまだ続く。
「ゴゼファード領立美術記念館と言うのは?。」
俺はアルスちゃんに聞いてみる。
「ゴゼファード領オッドウェイにある美術品専門の記念館です。元々は馬車のための駅で、待っている人々に美術への関心を持ってもらいたいという意図で美術品を展示していたようですが、オッドウェイがどんどんと発展しそれに伴って駅の場所も変わり、残された旧駅は美術品を展示する記念館として改修され今に至っています。」
「へー、元々は馬車の駅かあ。しゃれた事考える人がいたもんだ。」
「駅に美術品を展示したのはセイテニア・グロウメンだと言われています。」
「なんと!またもや!。」
俺は驚いた。
「平和を好み文化的な事を愛した人物なんですよ。そして、これも以前から不思議に思っていた事なのですが、普通は新統治者は前統治者のものをそのままにはしないものなんですが、オッドウェイにはグロウメン家の名残が各所に残されているんですよ。」
「その意味も一緒に解明されそうだのう。」
キーケちゃんが笑って言う。
「これが、美術記念館です。」
デカイ商会のような立派な外観だ。俺たちは入口で入館料を払って中に入った。
「いやー、中も広いねー!。」
デカい部屋に高い天井、壁にかけられた絵、部屋の中央に置かれた彫刻、なるほど美術館だわ。
「アルービンの絵はこっちです。」
俺たちはアルスちゃんについていく。
「この一角はすべてアルービンの絵です。」
示された部屋の壁に等間隔で沢山の絵が並べてある。
農作業をしている人に数人の男が何やら話している絵や、暗い森の中で男が光を発して周囲の人間が驚いている絵など人物の絵が多い。
「アルービンはモミバトス教画家として有名で、絵の題材も聖典に基づくものがほとんどです。」
「この絵なんかは聖典に沿って連作になっているのかね?。」
俺はひとりの男が先頭になり集団を引き連れる絵を指して聞いた。
「そうです。モミバトス様が教えを解いて歩くとそれに感銘を受けた人が続き、それは長蛇の列になったという話に基づいています。他にも、続き絵になっている作品はいくつかあります。」
「なるほど、そうしたら、規範の源泉も連作になってたとしても何ら不思議はないね。」
「確かにそうなんですが、聖典にはあの場面で人数の増減があったような記述はないんですよね。それどころか、集まった内弟子はその話しの素晴らしさに心を打たれ、話が終わるまで誰一人立つことはなかった、と書かれているんですよ。ですから、連作があったとしても内弟子の数に増減があると聖典とのズレが生じる事になり考えづらいのです。」
「ムムム。なかなか難しいねえ。」
「そうなんですよ。」
「ボチボチ日も暮れる、今日のところは引き上げるとしよう。」
キーケちゃんに言われて、俺とアルスちゃんはハッと我に返った。
「いけない、熱中するあまり時間を忘れてましたよ。」
「本当だ、もう他の人もいないや。」
周りを見ると観覧している人も誰もいない。
「お腹が減ったな、夕飯は肉がいいな。」
シエンちゃんが言う。
「お前はいつも肉じゃないか。」
キーケちゃんが突っ込む。
「その通り!。」
胸を張って答えるシエンちゃん。いつもの調子だ。
俺とアルスちゃんは顔を見合わせてから、笑ってうなづき合った。
「それでは今日はここまでにしましょう。」
アルスちゃんの思い入れはみんなにも伝わっていたのだろう、アルスちゃんの口から本日終了の言葉が出たことでシエンちゃんもキーケちゃんも業務終了モードに入ったようだった。
ひとまずは飯屋を探しますかね。




