第九撃
スニーカーがアスファルトの上を蹴って、こすれる音が繰り返し響く。
サラは朝時間になるやすぐに起き、ランニングといった運動をおこなうのが以前からの日課だった。
けがをしていたうちはできなかったので久しぶりなため、なまりを感じる。疲れるのが早くなったような気がするし、両手両足はもっとすばやく動いたはずだし、腰はもっと柔軟に曲がったはずだった。
全快して練習を再開しているが、ときおりため息をつく。無自覚だったが、数度繰り返したときにようやく気づいた。それほどまでに自然についてしまったのだろう。
気合が入っていない。いまひとつ集中しきれていない。
広場で空中に向けてパンチを放つ。これまでは仮想の敵をイメージして打ち出されていたそれは、いまや無目的で重みを感じさせないものになっていた。
「これくらいに、しておくかな……?」
数分の余裕があったが切り上げることにした。これもこれまでなら短い時間でもできることを探していたはずなのである。そのことを自覚しているのに、あらためてそうしようとは思えない。
みなりを整えて学校に着く。
毎日つづけられるつまらない授業を、しかしながら真剣に聴いてみようかという気にさえ最近はなっている。
「あのさあ。
サラ?」
クラスメイトの一人が上目遣いで休み時間に話しかけてきたその調子は、楽しい雑談を振ってきているという雰囲気ではない。
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど……。
あっ。どうしてもいやだっていうんなら聞かなかったことにしてくれていいんだけど。
だけど友達だからさ、ちょっと訊いておきたいっていうか……」
「訊きたいことがあるってんなら、はっきり訊いたらどう?」
言うや、友達は後ずさった。
怒鳴ってしまっていたことに気づきはするものの、いまさら謝る気にはなれない。
「ごめん、ごめんサラ!
どうしても気になっちゃって。
サラが、引退するんじゃないかって」
「それは……、迷ってる」
正直に打ち明けたのは、友達だからというより、自分の気持ちを確認する意味が強かった。いずれ向き合わなければならないことである。だからこのさい口に出してしまうのが良いのではないか。
「試合をまたやることを考えるだけで、それにあわせてけがをしたときのことを思いだしちゃって、怖いんだ。
だから、引退のことも考えないわけじゃない……」
その発言についてはクラスメイト全員が聞き耳を立てていたのだろう、あっという間に学校中に広まった。
「惜しいけど、本人が決めたことなら、しかたないよ。
どっちにしてもサラのことは応援してるよ」
そう慰める声もあった。
言われ、真のところを言えば殴ってやりたかった。
「無様なもんだな」
学校の帰りの用意をしているところにわざわざそう言ってきたのはジョーだった。
「またあんた?
いい加減にしてよね!」
机を叩いて怒りを示す。そうしなければ泣いてしまいそうだった。
同時に、忘れかけていたジョーへの怒りをすっかり思い出してしまう。どうしてこうもジョーは突っかかってくるのだろう。
「〈ZGA〉のことをあれだけ語っておいて、ちょっとけがをしたくらいで引退。
これが無様でないと言えるか?」
サラは机を何度も叩いた。鼻息が荒くなってくる。頭から熱が放射されるのを感じる。
「あのね、〈ZGA〉ってのは、練習でも人が死んでしまうこともある、危険な競技なんだよ。
ちょっとけがをしたから、なんて話じゃない。
これくらいで済んだのは偶然みたいなもので、あと少し間違えたら、死んでたかもしんないんだよ?」
拳を強く握りしめる。爪が手のひらに食い込む痛みを感じる。
「がっかりだな」
「何がだよ!」
「あれだけ野蛮だってことを否定したその口で、そんな発言をするなんて。
ゴリラ女にはゴリラ女なりのプライドがあると思っていたんだけどな」
言われ、サラは絶句した。
「俺はな」
ジョーが少し恥ずかしそうに視線をそらして、
「惑星ペイルーフの資源採掘船の技師になりたいって夢……、っていうか、目標があるんだが」
「だから、なんなの」
それが危険な仕事だということはサラも知っている。ジョーにもジョーなりの目標があると知ってそれなりの驚きは覚えた。しかし、それがサラにどう関係するというのだろう。
このサミュエラにおける重要な産業である資源採掘の中核を担う仕事であり、この仕事により稼がれる金がサミュエラの酸素・食糧を支えていると言われる。ペイルーフはサミュエラから宇宙船で数日かけたところにある星で、生物は確認されていないが、鉱物やガスなどが大量に眠っており、それはほかのコロニー群や人類の住む星に向けて大部分が輸出されている。
同時に、かなり儲かる仕事でもある。
「関係ないよ、そんなこと」
一歩踏み出した。
「関係あるね」
ジョーはそらしていた目をこちらに向けてきた。何やら覚悟を決めた雰囲気さえ感じ取れるが、どういうつもりなのだろう。
「俺はな、あんたが危険なことをしながらも、自分の目標を達成しようとしているところ、ひたむきで一所懸命なところにあこがれを感じていて、同時に、先を行かれたことに焦りを感じていたんだ」
「そん、なの……、関係ない、わかんない」
「関係あるよ、わかれよ。
だから、今のサラにはがっかりしたんだ」
サラは黙り込んでしまった。
「ふん、そういうことだよ、じゃあな。
引退でもなんでも、好きにしやがれよ」
ジョーはその場から去って行った。
「なにあいつ。
サラ、あんなやつの言うこと気にすることないよ」
友達がそう慰めてくれたが、ジョーの言葉はサラの頭の中をうずまき、その日ジムにて練習している間もぼうっとしてしまい、トレーナーから叱られてしまった。
家に帰ってからもまだもやもやとしたものを抱えて、ベッドの上で枕を抱えて座ってそのまま固まってしまう。寝ることもできず、ただ回転し続ける思考を追いかけ続けるのみだった。
「あこがれ、か」
呟く。




