第六十二撃
ダメージはあまり受けておらず、休憩時間にすることといえば充分に身体を休めることと、セコンドからのアドバイスをよく聞くことだった。
一ラウンド目を通してみての感想はといえば、手ごたえありといったところか。
エマの指導はやはり間違っていなかったのだと気づき、緊張感を保つていどに適度な安心感が染みわたってゆく。
二ラウンド目までの休憩時間のあいだに、
「攻撃が単調にならないように。キックに頼る癖が出ている。気をつけて。
そして何より、相手をよく見ること」
女神のように美しいエマからそう言われて、その通りにやって見せようという気持ちがわいてくる。自分の資質に基づいた指導をしてくれていて、いまもまた確かな助言をくれている。クラーケンは軽くだがしっかりとうなずいた。
特に、位置的な都合もあったとはいえキックを出し過ぎていたのは確かに反省点ではあった。順位は下とはいえオメガスクリームⅡ世はかなりの実力者であり、下手に同じような攻撃を繰り返せば癖を見破られよけられやすくなる可能性は高い。
敢えて同じ攻撃を見せたところで意表を突くというのも一つの作戦になりえはするが、今回はそういうことはしない。
バルーンの反対側にいるオメガスクリームⅡ世のほうを睨みつける。向こうのセコンドはダメージのリカバリーに大忙しのようすだった。
(攻撃が単調にならないように。
しっかり相手を見て……。
よし、やれる!)
するとエマがこちらの頬に触れて、
「あんまりのめり込み過ぎるな」
と注意した。
いちど大きく息を吸い込み、一気に吐き出す。
ゴングが鳴った。自らのゲルグローブ同士を打ち合わせる。ムチで叩いたような音が響いた。
バルーンの中に身体を突入させる。
一ラウンド目とは反対に今度はオメガスクリームⅡ世のほうから強力なパンチをしかけてきた。
意外に精緻なタイミングで放たれた一撃だった。
かわせず、受けてしまう。ノックアウトしてしまうほどでもないとはいえ結構なダメージを負ってしまった。
(オメガスクリームⅡ世……、まさか、こっちの攻撃を怖がっていないのか?)
そうは思ったが、まさかそんなはずはあるまいと考え直す。
無理に勇気を出しているに過ぎないと見た。その蛮勇は認めることにする、が、安易な踏み込みには恐怖が待ち受けていることを思い知らせるつもりで接近を仕掛ける。
オメガスクリームⅡ世のガードの上から蹴りを浴びせる。足を構えてのガードだったが、崩してやって体勢を曲げさせた。
不自然な体勢になったところでもう一度パンチをくれてやる。
オメガスクリームⅡ世はその拳を敢えて受け、身体の位置を整えることに集中したらしい。ダメージは与えたが、向きは相対するかたちとなった。
(いまのはオマケみたいなパンチだったけど……)
再度接近を試みたところに、壁を押したオメガスクリームⅡ世からの回し蹴りが飛んできた。
ガードしきれず喰らってしまう。これはかなり効いた。
ダメージを感じつつも全力のパンチを放り込んでやる。
オメガスクリームⅡ世はそのパンチを腕を交差させて受けた。ガードを成功させたように見えるが、それで少しの間は腕が痺れて使えなくなり、足技に頼ってくるはずである。
果たして予想通りにキックが放たれてきた。
見え透いた攻撃でしかないその蹴りをパンチで弾く。
オメガスクリームⅡ世はこちらからの追撃を嫌がってか、その場から逃げて壁に接地し、こちらと距離をとって跳ね回る。
逃げて回復を待つつもりなのだろうか。
クラーケンは追い、パンチを浴びせようとする。簡単に回復はさせない。
そこへオメガスクリームⅡ世はまだ痺れていると思われる腕で反撃してきた。
思っていたより鋭い一撃で、こちらの攻撃と交差するかたちでダメージを与え合う。
(なるほど……!
オメガスクリームⅡ世のほうもやっぱりパワーを鍛えて来てるってことね。
でも!)
それはエマが読んでいたことでもある。
その鍛えかたを見越して作戦を立てているのだから、油断さえしなければこちらの勝利が揺らぐはずもなかった。
確かに防御を許してはいるものの、それを上回る一撃を出せているのである。
それからこのラウンドは互いに攻撃を当て合う展開が続き、こちらもダメージを受けているとはいえパワーで上回るクラーケン側に有利と見えた。
結局このラウンドでは仕留めきれず、勝利の決定は次ラウンド以降に持ち越しになった。




