第三十撃
ついに試合のときが来た。
試合開始のゴングが鳴り、青のゲルグローブとゲルブーツを身に着けたオメガスクリームⅡ世はバルーン状のリングの中に身を投じ、反対側でも赤のゲルグローブとゲルブーツをはめたサンダークラップが勢い良く入り込んでくるのが見えた。
先日に計量を行なったのだが、オメガスクリームⅡ世は気力が充実していた。それは恨みが募る相手に対して公の場で暴力をふるえるときが来たことへの喜びかもしれないが。
一方サンダークラップはどういうわけか緊張した面持ちでいた。それを見たとき、勝った、と思った。試合を前にしたときの健全な緊張とはそれは違う気がした。悪い意味で気持ちが上ずっているような感さえあったのである。
「焦るんじゃないぞ!」
サンドラがバルーンの入り口のコーナーから声をかけてきた。聞くべき言葉ではあるが、同時に聞きなれた言葉でもある。
一般的に〈ZGA〉という競技は一ラウンド目は互いの手の内の探り合いをするというのが定番となっている。能力があるもの同士であればよりその傾向は強まっていくものだというのがサンドラの弁である。危険な競技であるぶん計画的な闘いかたを考えなければならず、自分の目論見だけではなく相手の出方をうかがいながら行動を修正していかなければならないのである。
サンドラの今回の試合に対する指示も当然ながらあり、その考えに基づいてやはり今ラウンドは力量や作戦を知るためのものと位置づけていた。
そういう意味で、焦るな、と言うのである。
だが、
(殴り続けてやるんだよ、血みどろになるまで!)
そのような話をきいてやるつもりはなく最初から全力で仕掛けていった。跳ねまわり、接近しながら打撃をくわえていく。
いずれもガードされていたが、だからといって無視できないくらいのダメージは与えられたはずである。
「無視するんじゃない!」
サンドラの声に悲痛さがあるのを覚えた。
「まだ怒っているのか!」
当たり前である。この自分を子供あつかいした報いをきっちりと受けさせねばならない。
回転蹴りをサンダークラップに浴びせる。
ガードの上からの攻撃になったが、それも織り込み済みである。ガードをぶち壊すほどの力をくわえれば良いだけの話だった。
ガードの瞬間にサンダークラップが右腕に当たりそうになったのを慌てて身をよじってヒットポイントをずらそうとしたように見えた。
なんにせよ今回の攻撃はうまくさばかれてしまい、おまけにすれ違いざまにジャブを浴びせてきた。
〈ZGA〉におけるジャブは陸地に接する格闘技のように牽制や距離を整えるのに使うのではなくどちらかと言えば挑発の意味合いが強い。ようするにオメガスクリームⅡ世の攻撃は無駄だと言ってきているようなものである。
(小うるさい!)
そんなものは単なる強がりに違いない、無視するに限る。
ジャブを敢えて受け、そしてすぐに反撃に転じる。左フックを回転気味に放ち、自身の売りであるパワーでもってガードを粉砕する。
腹を蹴ってやって距離を取る。
その際サンダークラップは右腕をかばうような仕草を見せた。
(やっぱり)
オメガスクリームⅡ世はそこからサンダークラップの反撃を許さないほどの猛攻をおこなった。
パンチがサンダークラップの体力を削り、キックが命をこそぎ取る。
一方的な試合展開になっていった。いまこの瞬間においてサンダークラップはただ殴られるだけの存在だった。
やがて一ラウンド終了のゴングが鳴る。
サンダークラップはベテランというだけあってこのラウンド内では試合を決めきれなかったが、もう勝ったようなものだろう。いましがたの試合展開もそうだが、それに加えて決定的な勝利への一手を見出したのである。
コーナーに戻るなりサンドラが、
「指示に従えよ!
何のための作戦だと思ってるっ。
まだ怒ってんのか」
「怒ってるよ!」
シートに腰を下ろし、ベルトを締めてキムの手当てを受ける。もっとも慌てて手当てするような傷などなかったのだが。
「あんな無茶苦茶な闘いかたして!
負けたいのか? 負けたくないだろ!
怒っているならかえって冷静になれよ!」
「あたしは冷静だよ、サンドラが思ってるよりな」
ニヤリと笑ってやる。
「どこがだよ」
「右腕」
「あん?」
「やつは右腕への攻撃を嫌がっていた」




