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無重力格闘少女伝説オメガスクリームⅡ世  作者: 川場託
VS.サンダークラップ
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第十撃

 サラ=サンダークラップは対戦相手の拳を身をひねってかわした。


 必殺の意思がこもるその一撃をよけられたのは運が良かったし、なにより練習の成果が出ているとはいえそうだった。思ったより身体が動くのは積み重ねたものの結果であるに違いない。


 ぎりぎりの精神状態での復帰にしてはまずまずといえた。


(けど……)


 バルーンの壁に接地し、蹴りで飛び出して突進する。


 敵もこちらに向けて突進してくる。ぶつかるまでは一瞬もかからないはずで、それまでの間に身を逃がす思考が働く以前に身体が勝手によけようとしていた。


 すれ違いざまに相手は回し蹴りを放ってくる。体重が乗っているだろう重く、かつ、切れのある蹴りがサンダークラップの意思を刈り取ろうと襲いかかる。


 圧倒されている。


 逃げるのが精いっぱいで、というより練習の成果が逃げることばかりに発揮されているとも言えた。


 蹴りは胴をかすめたが、思っていたよりも重い衝撃が身体に伝わった。もし当たり所が悪ければというイメージが頭をかすめる。だから、接地の瞬間、足がもつれかけて、それがために無様な敗北をするところだった。


 いっそのこと、負けてしまえば余計なけがを負うリスクにさらされないで済むのではないか。


 必死でそう考えないようにしている。考えてしまえばほんとうに負けてしまう。


 ジョーが実は自分に憧れていたと言っていたが、しかしやはり実態はこんなものだった。臆病で無力な一匹の人間に過ぎない。


 負ければジョーはどういう表情を見せるだろう。


 笑ってくれるならばまだましと言え、恐ろしいのは見下され見捨てられることではないか。


 バウンドを繰り返しつつ逃げまわりながら思考も回転し続ける。


 好機をうかがう作戦だと言えば聞こえがいいが、実のところ問題を先送りしているだけに過ぎない。待ち続けたところでチャンスが訪れるとは限らないし、それを許してくれる選手ではないようだった。


 ただ言えるのは、ジョーから見捨てられるのは、


(それは、つらい……!)


 と思えることである。


 敵とすれ違いざまにパンチを放つ。


 練習の成果によって出たわけでもない、鋭さも重みもない、ジャブでさえないパンチは、しかしながら当たってわずかながらに動きを鈍らしめた。


 ラッキーパンチとも言えない、たんなるまぐれ当たりの無意味な攻撃である。


 それでも、その衝撃がわずかとはいえ腕から伝わってきて、


(効いてる……!)


 それは、相手にではなく自分に、ということである。野性の感覚が轟くようなうなりを上げて呼び覚まされる。闘うというのはこんなにも気持ちの良いものだったと今更ながらに思い出されていた。


 どういうわけか唐突に攻撃性が湧いてきて、逃げ回りながらの試合運びから積極的に手を出すやりかたに変わった。


 拳を、蹴りを、繰り出す。軽いものから重いものまで、やや目茶苦茶気味であるが、抑えきれない衝動がやめさせてくれない。


(やれる、やれる!)


 自分に言いきかせる。


 蹴りが襲いかかってくる。歴史資料で見たギロチンを想起させる一撃である。当たればただでは済まないが、かろうじて腰をひねってよけ、その勢いを借りて回し蹴りを放つ。ゲルブーツがわき腹にめり込む。


 バルーン内を跳ねまわりながら次々と攻撃を叩きこんでゆく。猛攻と言って良い。


「雑になるなよ!」


 セコンドの声が聞こえてくる。


(わかってる!)


 言われるまでもない。


 拳を突き上げてぶち当てようとする。


 空気を切り裂く音がはっきりと聞こえるパンチだった。


 それを狙っていたのだろう、こちらの勢いを利用したカウンターの蹴りがサンダークラップの意識を奪った。


「狙われていたんだな……!」


 試合後、控室でゲルグローブを外した拳を掌に打ちつける。


 次にサラが学校に行ったとき、クラス内の友達がこちらに視線をチラチラと向けてきていて、何事か話したがっている様子だった。


 思えば、友達ではあるとは思っていて、それなりに心のうちを打ち明けることなどもしてみたが、それでも深い付きあいをしている感覚はどこか欠けていた。


 心をさらして、それでもなおかつ深みがないということもあり得るのだろう。


「大丈夫、今度はやめるかもなんて言わないよ。

 これからも続けていく」


 カバンの中から勉強道具を取り出しつつ言った。


「それは、良かった、ほんとうに……」


 言われ、サラは、涙を流してしまっていた。


 そう言ったのは、ジョーだった。




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