第一撃
スージー・ブラウンはテーブルの上の食事を平らげ、一息ついた。
一人きりの寂しい食事にもそろそろ慣れてきた。
メニューの内容は、いつも通りのフードキューブと、パウダーを湯に溶かしたスープである。とりたてててどうということのない食事、いつも通りの味気ない食事である。
友達の三崎友麻はこのスペース・コロニー群〈サミュエラ〉では一般的なこの食事が嫌でたまらないというのだが、スージーにとっては生まれたときからこういった食事が当たり前だったので友麻が何を嫌がっているのかわからない。
食事に特別な思い入れがあるらしく、友麻は食感がどうとか風情がどうとかいうのだが、栄養補給と空腹感を満たすためだけの食事という行為に過剰な意味を見出す感覚がサミュエラ人のスージーには理解が及ばないことだった。
いや、食生活復権運動というものがあるということはスージーも知ってはいる。かつて地球で暮らしていた頃のように〈サミュエラ〉の民もこだわりをもつべきだという考えの人たちが増えているということも情報としては頭にあるのだが、生まれついてより単なる栄養補給の手段としかとらえてこなかったことなので、変わったことを考える人もいるものなのだなとしか思えなかった。
そういう過剰に合理的なところがサミュエラ人の嫌なところだと友麻はよく言っている。そう言われてもスージーは愛想笑いをするくらいしかできない。
ふう、と一つ息をつき、食器を自動食器洗い機に突っ込んでから自室に引き返す。
部屋に戻るとモバイルを手に取り、配信動画受信アプリケーションを起動して机の上に配置する。
チャンネルを操作して、目当ての動画を呼び出した。
このコロニー群〈サミュエラ〉でのみ行なわれているスポーツである、ゼロ・グラビティ・アーツ、略して〈ZGA〉の試合のリアルタイム配信動画チャンネルである。チャンネルを合わせると各対戦の案内が表示される。スージーはその中から、「コキュートス対オメガスクリームⅡ世戦」を選択した。
数秒とたたず動画が受信され、空中に映像が投影される。
椅子に腰かける。ギシと椅子がきしむ音が響いた。少し太ったかもしれない。友麻は太らない体質だと言うからうらやましい限りである。
ダイエットのためのジョギングを断念してからかれこれ一年がたつ。あのときも三日とたたず止めてしまった。始めてから二日目に足をくじいてしまい、治ってからもジョギングを再開することはなかった。
自分のこういう怠惰なところは嫌になる。自分に対する厳しい態度が必要なことはどれも長続きしないか、続いたとしても成長しない。趣味であるマジックも一向にうまくならないのは自分のこういう性格のためかもしれなかった。
スージーは目を閉じた。
自己嫌悪に陥ってしまっている。
自分のことが好きになれない自分が嫌いなのである。
しかし、自分のことを好きになれることなどあるのだろうか。そのようなコツといったものがあるのだろうか。ハイスクールのクラスメイトたちは皆いつも楽しそうにしている。そんな彼ら彼女らでも自分が嫌いだったりこのように落ち込んだりすることはあるのだろうか。
みんな笑って生きている。
スージーは、ときどきそれがとてつもなく恐ろしいことのように感じ、みんなの笑顔が怖くなることがある。
考えれば考えるほどに、気持ちが落ち込んでいく。
動画に集中しなければと自分に言いきかせる。そのような感情に身を任せてしまってはいけない。深呼吸をして、拳を握りしめる。
ほんとうは直接会場に行って試合を見に行きたい。
だが、会場ではナンパが横行していたり、柄の悪い人がたむろしていたりするという噂もあり、それが怖くて直接会場に行くことはためらわれた。
男の人が自分の胸に向ける視線はいつまでたっても慣れない。一般の女性より胸が大きいことは自覚があった。背も高いので更に自然と目立ってしまう。それも嫌だった。
直接会場に行かないのは、小遣いが足りないわけでもない。〈ZGA〉の試合などは一人の選手については数か月に一度ごとにしか行なわれないし、見たい選手、つまりオメガスクリームⅡ世の試合はチケット代も大して高くない。それに、同年代の子に比べて小遣いは多い方のはずである。オメガスクリームⅡ世戦のチケットを購入するくらい何でもないことだった。
「ユーマ……」
スージーは、映像の中で観客に向けて拳を振ってみせるオメガスクリームⅡ世の姿に見入りながら呟いた。スポットライトに照らされた彼女は、スージーにはきらきらして見えた。まぶしくて涙が出そうだった。