15
死霊の墓場から帰還した翌朝。従者であるパメラは村の外れで主が戻るのを待っていた。風になびく紅い髪を抑えもせず、物憂げな顔で佇んでいる。
「おはようございます」
「……」
背中越しに声の方を見やったパメラは、ぱんぱんのリュックを担いだメーヴィスを見て即座に視線を前方へと戻したが――メーヴィスは気にした様子もなく口を開いた。
「今朝がた解雇されました」
「……そ」
パメラは欠片も興味がないと分かる口調で返したが、メーヴィスはやはり気にした様子もなく続けた。
「余剰なお金はないのだと土下座しながら言われては、頷かざるを得ませんでした」
「……あんたも大変ね」
「いえ、結構な額の退職金を頂きましたので」
「それは良かったわ」
「パメラ様」
「……」
呼ばれてもパメラは振り向かない。だからという訳ではないのだろうが――いや、だからこそメーヴィスは微笑んだ。両目を僅かに細めた微笑み。上品ではあるが、自分の利益になる何かを得ることができたという満足げな色を帯びていた。
「まるで人が変わったようでした」
「改心したんでしょ」
「そうでしょうか?」
「そうよ」
そんな気配を察知したパメラは話を打ち切るように手を振った。彼女の機嫌を損ねまいと思ったのか、メーヴィスは即座に口をつぐむとリュックを担ぎ直した。
「……では帰ります」
そして、軽く頭を下げてから村の反対方向へと去っていき――ふと立ち止まった。
「お帰りをお待ちしております」
「今は私が待ってるの」
「そうですか」
再び歩み始めたメーヴィスは、そのままアイゼル村から去った。
・
・
「お待たせしました!」
「もう済んだの?」
「ええ。村人の皆さんも納得してくれました」
メーヴィスが去ってから少しして主――プリシラが戻って来た。ビリーの屋敷から全力で駆けてきたようだが、息を切らせてはいない。体は華奢でもやはり神官せんしである。プリシラは、パメラの隣に並ぶと彼女に微笑みを向けた。
「ビリーさんは私財の全てを村のために費やすと言ってくれました」
「えっと……」
パメラは何かを言いだそうとしたようだが――プリシラは人差し指を唇に当てた。
「内容がすごいんですよ?」
複数の川から水を引き、土地を潤す。外部から人を雇い入れ、村周囲の土地を徹底的に改善するのだと言う。そして、作物を効率的に育成する技術を専門家ごと取り入れるらしい。
「屋敷は研究所と病院を兼ねた施設にするんですって」
「それは上手い方法ね」
寂れた村での不自由な研究生活を想像していたところにあの屋敷を提供されれば、研究員は大喜びだろう。高価な研究設備を嬉々として運び込み、より多くの研究員が派遣されることになる。そして、それらの維持に必要な公共施設の建設に公的な資金が注がれ――
「村の人たちも便利に暮らせるようになります」
「まぁ……そうなるわね」
「そうなるんです! ふふふ」
プリシラは嬉しくて仕方がないといった様子で、笑顔を輝かせている――パメラはどうしたものかと悩んだ末に、体ごとそっぽを向いたが、プリシラはパメラの正面に回り込むと、彼女の手を強く握った。
「手が必要になったの?」
「……あのままだったら、ビリーさんは間違いなく悲惨な最期を迎えたことでしょう」
「ええ。当然の末路ってやつよ」
人の社会の法則と言うべきか――彼の金庫に金貨が積まれる毎に、村人たちの心には不満が積まれていく。いかに護衛を雇おうが汚い金で雇われた護衛である。武装した村人が押し寄せれば荷物をまとめて去っていくことだろう。そうなってから金庫を開け放っても、死体にされた後で放り込まれるだけである。
だが、ビリーは善人になったことで、その末路を回避することが出来た。待っているのはむしろ幸せな最期だろう。
「だから、僕は善いことだと思います」
プリシラは善いことの具体的な内容を言わなかったが、
「悪いことだって言う人もいるでしょうけど……僕はそうは思いません」
「それは良かったわ」
「はい! とても良かったです」
彼はとても嬉しそうだった。それからプリシラは従者の隣に戻った。
「……」
「……」
大神官とその従者は吹き付ける微風に包まれながら、遠くを見つめていた。プリシラに言葉を発する気配はない。それはパメラも同じだった。
と――
びゅうっ!
唐突に吹いた風がプリシアたちの髪を揺らした。
寂れた村の寂れた風。初めてこの村を訪れた時は錆びのような臭いだったこの風が、今は心地良い匂いをまとっている。何かが変わった訳ではなく――これから変わるという期待と希望がそう感じさせるのだろう。
「みなさん、きっとうまくやって行けますよ」
「そうだといいわね」
善人となったビリーが取り仕切るこの村は、そう遠くないうちに発展し、この心地良い風は新たな匂いを持つことになる。それは人によって様々だろうが――この村で生まれる者たちにとっては故郷の匂いとなるだろう。
「魔人と戦ったんですよね。知ってる魔人ひとでしたか?」
「見たこともないお子様だったわよ」
「そうですか。でも同郷の人って……懐かしい匂いがしたんじゃありませんか?」
「少しはね」
「……魔界に帰りたくなりましたか?」
「いいえ。誰も待ってないし……それに、私の目的はこの大地でしか達成できないから帰る気はないわ」
「どんな目的ですか?」
地平線の向こうからかなりの早さで走ってきた銀の装甲馬車は、いつの間にか御者であるベアトリクスの表情が見える程に近づいていたが、パメラは元気よく答えた。隠すことなど何もないという、自信に満ち溢れた大声で――
「この大地で享楽を極めた生活を送ること!」
そう言い切ったパメラは胸を張り、ベアトリクスに手を振った。
「パメラさんくらい強ければやりたい放題ですもんね……」
プリシラは嘆息してからベアトリクスに手を振った。
・
・
「お待たせいたしました!」
降り立ったベアトリクスが装甲馬車後方の扉の脇で頭を下げた。
「いつもありがとうございます」
プリシラは彼女の脇を通り過ぎて扉に手を伸ばした。
と――
”あなたと”
照れたような声が聞こえたような、聞こえないような気がして足を止めた。振り向いた瞬間、
「ほらほら、立ち止まらないの」
「あ」
背後に立っていたパメラによって馬車に押し込まれてしまった。乳房にめり込んでいた顔をプリシラが引いた時――目に入ったのはいつもの兵員室ではなかった。
「なんですか、これ!?」
「ご要望通りにしておきました」
「ばっちりね! さすがベアトリクス!」
「経由する町までは三時間ほどです」
「ベアトリクスさん!?」
「簡易ながらシャワーもございますので、ごゆっくりお楽しみください」
「――――!?」
プリシラの声にならない悲鳴が聞こえていない・・・訳ではなかったろうが、
ばたんっ!
ベアトリクスは扉を閉めた。
「ど、どういうことですか!?」
じりじりと距離を詰めてくる従者に、大神官は分かりきったことを問いかけた。
「ふふふふふ」
プリシラの背後には、どうやって運び込んだのか想像がつかないほどに巨大なベッド――枕からシーツまで紅色である――が設置してあった。ぐっすり眠るためと言うよりは、むしろ激しい運動でも行うためのものとしか思えない大きさである。そしてベッド脇の棚には――ティッシュケースや栄養ドリンクなどが並べられていた。
「まるで連れ込み宿ラブホテルじゃないですか!?」
「そう要望したんだからばっちりね!」
「冗談でしょう!?」
兵員室から逃れようとパメラの脇を駆け抜け、扉に手を伸ばしたプリシラだったが――パメラによって背後から抱き上げられ、ベッドにうつ伏せに放られた。ちなみにベッドのスプリングはまったく音を立てなかった。かなりの高級品である――パメラが求める行為にプリシラがどれだけ精力的に応じても問題はないだろう。
挿絵(By みてみん)
「きゃあああああ!」
挿絵(By みてみん)
「悲鳴まで可愛いんだから!」
大神官が応じる応じないはともかく――腕力で圧倒的に勝る従者は、その主の服を引っぺがしにかかった。
・
・
ベアトリクスは極めて真面目な女性である。
特に仕えるべき者たち――プリシラとパメラへの忠誠心は絶対とさえ言える。大神官の従者から、
『こんな感じにしておいて♡』
と言われれば必ずそうする。
そして――
『プリシラと寝たいの♡』
と剛速球を投げつけられても必ず受け止める。そういう女性である。
もちろん、大神官であるプリシラからの命令が優先ではあるが、
『悲鳴まで可愛いんだから!』
『パメラさん! 洒落にならないですよ!?』
彼にそんな余裕はないだろう――と、言う訳で馬車の中から聞こえてくる大神官の叫び声にも特段の反応を見せなかった。
『怒りますよ!?』
『怒った顔もかーわいい!』
どかんっ!
「……」
爆発音にはさすがのベアトリクスも兵員室の方を見やったが――
(パメラ様……ファイトです!)
すぐに前方へと視線を戻すと馬を走らせた。彼らが向かう先は”祈りの国”の中心都市。祝福された聖なる都セイクリッド・レイ。ちなみに経由する町までは三時間ほどである。
『ふふふふふ! 燃えてきたわ!』
『きっちりと抵抗しますからね!?』
この後、兵員室での三時間のどたばたの間、ベアトリクスは極めて真面目に御者を務めた。




