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「はっ!」
酒場の扉を蹴破ったパメラは格闘の構えのまま眼前の女を見据えた。紺色の髪をした女――というよりかは、少女と呼んだ方がしっくりくる年齢である。
しかし、頭部には三本の角、背中には蝙蝠のような翼を生やしている。
「……魔人ね?」
「ええ、そうよ」
頷いた魔人の少女は挑発的な笑みをパメラへと向けた。
そして、
「死霊の酒場にようこそ!」
いきなり上目遣いになると、笑みの質を媚びるようなものへと変化させた。さらに左右の人差し指を自らの頬に軽くあて、上半身をくねっとさせる。
「歓迎しちゃうぞ?」
「……」
半眼になったパメラは、じっとりした眼差しを強烈に突き刺したが――魔人は構うことなく続けた。
「私はこの酒場の支配人、フィオナでーす! お客さん、こういうお店は初めて? お代は魂でお支払い頂けますからお金がなくても安心してくださいね? あ、もちろん魔人の名に懸けて明朗会計をお約束します! えへ♪」
「……」
両腕を胸の前で組んだパメラが苛立たし気に爪先で床をかちかちと鳴らすこと数回。その間、魔人フィオナは件のポーズのままだったが――パメラの表情を疑問に思ったらしく、両目を瞬かせた。小首を傾げ、自信なさそうに聞いてくる。
「えーっと……お酒が飲めないお年頃?」
「……」
プリシラが単独で戦闘中という状況である。フィオナの質問に返すべきは言葉ではなく拳だと思ったようだが――種族はともかく――相手は少女である。パメラは大人として拳ではなく唇を動かした。
「子供に見える?」
「全然! どう見てもオバ――」
「せやあああああ!」
そして直後に”やっぱ敵には拳よね”と考えを改めた。パメラは恐ろしい速度で飛び掛かると、フィオナの頭頂部を狙って拳を振り下ろした。
「きゃあああああああああああああああ!?」
間一髪のところで拳撃を回避したフィオナは、甲高い悲鳴を上げながら大きく飛び退き、カウンターの内側に着地した。そして、両手で頭を抑えてしゃがみ込んだ。
「殴り掛かってくるなんてどういうつもりよ!?」
「そっちこそ接客時のNGワードナンバーワン放り投げてきてどういうつもりよ!?」
「見たままを言っただけだもん!」
「まだ言う!? あんたには私がどう見えてるのよ!?」
「だからオバ――いやああああああ!?」
女性に対する最強クラスの暴言を投げかけようとしていたフィオナは、パメラの飛び蹴りから涙目で逃れた。カウンターが破壊された衝撃で宙を舞った酒瓶が床で砕け散り、オトナの香りを修羅場に振りまく。
「お姉さんからヒントをあげる……二文字目は『ネ』だと思うわよ!」
「考えるから暴れるのやめてったら!」
「考えるまでもないと思うけど!?」
うら若き女性が次いで繰り出した薙ぎ払うような拳での一撃は、カウンターの損傷を更に激しいものにした。その威力の源が日頃の研鑽の賜物なのか、または女性としての尊厳の危機に由来するのかはともかく、ソファーエリアに着地したフィオナは――涙を目一杯貯めた――両目を吊り上げると、テーブル上の酒瓶を掴み上げ、パメラへと全力で投げつけた。
「何に怒ってるのか分からないけど、お店を壊すなんてヒドいと思わない!? お酒もカウンターも商売道具なんだからね!」
「そう言うなら投げつけるんじゃないわよ」
とはいえ酒瓶の扱いなど慣れたもののパメラは容易に受け止めたが。
と――
「あら?」
受け止めた酒瓶のラベルを見たパメラが僅かに眉をひそめた。酒瓶に特段の興味があった訳ではなく、ただ視界に入ったものを脳が読み上げただけだろう。
”祈りの国の三大果実酒 哀愁の赤葡萄”
「やっぱりこれ、ヒトが作ったお酒よね」
酒瓶に貼られたラベルには人間が使う文字が書かれている。
「この店で出してるお酒って……全部、ヒトが作ったものなの?」
「そうよ? だって、酒場が起動したから様子を見に来たら、酒蔵がすっからかんだったんだもん!」
「……」
涙をハンカチで拭ったフィオナは頬を膨らませて続けた。
「せっかく起動したなら商売しなきゃ損でしょ? だから部下をヒトの町に送って買ってきてもらったの」
「魔人がヒトのお酒を出すくらいなら店を畳みなさいよ。もしくは魔界から取り寄せるとかさぁ……」
パメラが呆れたように肩を竦めた時――
「あ……なるほど……そういうこと……」
何かを察したフィオナが呻くように呟いた。そして黒く、昏い力をまとう。
「あなたは競合店に雇われたならず者ね!? 理不尽な暴力で私のお店を潰しに来たんでしょ!?」
「……」
どうやら先ほどのパメラの発言から、彼女が店を潰しに来たのだとと受け取ったらしい――ある意味その通りだが。
「商売を潰すって意図はなかったけど……まぁ次の店を開く時は接客マニュアルを一新することをおすすめするわ」
「やっぱり! 返り討ちにしてやる!」
パメラの言葉で顔を真っ赤にしたフィオナは両手を天井に向けた。魔力を全開にして叫ぶ――
「パニパニパニック大結界!」
「……」
フィオナのネーミングセンスに関して、パメラは何かしらの疑問を持ったようだが、
ぼみゅんっ!
それはそれとして、酒場全体に空間を歪める波紋が走り、パメラとフィオナはこの酒場から消失した。
・
・
(これは……)
目を開けたパメラは自身の異常に気が付いた。真っ暗な空間の中、額に手をあて、目を瞑る――
(酔ってる?)
ふらふらと揺れる身体を制しようとはしたが、泥酔した時のようなあやふやな意識ではそれも叶わない。つまり、この状態で敵と戦わなくてはならない。その敵――魔人フィオナは両手を腰に置き、胸を張った。
そして、
「無条件に相手を泥酔状態にする結界の味はどう!? 酒場の主人マスターである私だけが発動可能な施設結界! それがパニパニパニック大結界!」
「……」
お子様――いや、無垢な感性を披露してみせた。泥酔状態とはいえ、パメラも言いたいことがあるらしく、思い切り肩を竦めた。
「そのお馬鹿な名前つけたのって、もしかしなくてもあんたよね? 魔人の質も下がったものだわ」
「お馬鹿って言ったわね!?」
得意げな顔で胸を張っていたフィオナはお子様――いや、純粋ゆえに歯止めの利かない感情を露にし、それに行動が付随する。
挿絵(By みてみん)
「お馬鹿撃退パンチ!」
挿絵(By みてみん)
「そのお馬鹿な名前つけたのも、もしかしなくてもあんたよね? 魔人の質も下がりに下がったものだわ」
大人の意地という訳でもなかったろうが――泥酔中のパメラは、魔人の一撃を片腕で防御した。相反する両者の魔力がぶつかり合い、火花を散らす。
「またお馬鹿って言った!? お馬鹿って言った奴がお馬鹿なんだから、大人らしく大人しくお馬鹿撃退パンチを喰らいなさい!」
「その法則が成り立つのはお子様同士だけだから、大人わたしを巻き込まないで欲しいわね」
「お子様ですって!? ポコポコのモコモコにしてお尻ペンペンしてやる!」
「感情ノンストップ大爆走のあんたをどう大人扱いしろっての!?」
「うるさい、ばーか!」
パメラが自由に動けないと確信したフィオナは、距離を詰めたまま魔力を溜め始めた。口の端を吊り上げ、右足を振り上げる。
「お利口さんキック!」
「ちっ!」
どこか拙い身のこなしだが、込められた魔力は充分らしく、防御したはずのパメラが数十メートルも吹き飛ばされた。砂地を激しく転がりながらも素早く起き上がるが――
「……!?」
激しく転がされたためだろう。パメラの身体が大きくふらついた。パニパニパニック大結界が泥酔をそこまで忠実に再現しているとは、パメラも考えていなかったようである。体勢を立て直すまでにかかった数秒の間に、フィオナは両手に黒い光球を創り出していた。
「必殺! ポコポコビーム!」
魔人の放った輝きがパメラの足元に突き刺さった瞬間、爆光が彼女を呑み込んだ。
・
・
「私の力を思い知ったでしょ? 私のことをお馬鹿なお子様呼ばわりしたり、お店を潰そうとするとそうなるのよ!」
得意げを通り越し、傲慢なまでの笑みを浮かべたフィオナは口元に手をあてて哄笑をあげた。ポコポコビームとやらはかなりの威力だったらしく、着弾した付近は砂地が大きく抉れ、クレーターと化している。直撃したパメラは――
「……思い知ったのは施設結界の効果であって、あんたの力はそれほどでもないわ」
法衣こそぼろぼろになっているものの、戦闘の継続に支障がある傷は負っていない。仮にも必殺と名付ける攻撃を泥酔状態で防御しきったということになる。それは両者の能力の差を如実に表しているのだが、フィオナは納得できないらしい。ぷくっと頬を膨らませると、お子様そのものの不機嫌な表情になった。
「私の酒場なんだから私の力でいいでしょ? 細かいオバサンね」
「……」
そしてお子様そのものの感情ノンストップ大爆走で、地雷原に突っ込んだ。




