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死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~  作者: 那周 ノン
第九章【紡ぐ言葉】
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第四十七節 ファーニの丘①

 ――“ファーニの丘”。

 そこはリベリア公国領内にある、緑豊かな自然の多い地である。


 山よりは低く、傾斜は緩やかではあるが――、頂上の高台部分まで登りきるとリベリア公国領を一望できる丘陵(きゅうりょう)となっていた。


 辺りには樹木や茂みが多くあり、野生の動物も多数種が存在している。

 高台付近には穏やかな澄んだ川が流れている場所もあり、その清流には魚影も見られるほどである。


 リベリア公国からも然程(さほど)離れていない位置にあるため、貴族たちの娯楽――、狩りや釣りを行う遊び場所としても、ファーニの丘は名前の知られた場所であった。



   ◇◇◇



 ハルとビアンカは馬が歩けるギリギリの場所までファーニの丘を登り――、残りの道中は馬から降りて徒歩で丘を登ることにした。


「オルフェーヴル号もペトリュース号も、ここで良い子にして待っていてね」


 程よい太さのある樹木に手綱を括りつけられ、待機を命じられた二頭の馬――、オルフェーヴル号とペトリュース号に、ビアンカはその馬体を優しく撫でながら声を掛けていた。

 ビアンカの声に応えるように、二頭の馬は(いなな)きの声を上げる。


 ハルはペトリュース号に括りつけていた自身の荷物を下ろし――、ショルダーバッグ(オーモニエール)を肩に掛けながら、そんなビアンカの様子を見ていた。



 ハルはいつも好んで着ている黒の外套(がいとう)を身に(まと)い――、背には弓を担ぎ、腰に矢筒と短剣を(たずさ)えた井出達であった。

 いつ何時(なんどき)、何があっても対応できる上――、弓で狩りを行った際に機能的とも言える格好である。


 反対にビアンカは、旅装(りょそう)として派手すぎない色合いのケープ風のマントを身に(まと)っており――、その背中には棍武術で扱う根を担いでいる。肩からは小さめのショルダーバッグ(オーモニエール)を掛けていて、軽めの荷物を携帯していた。

 ビアンカの井出達は――、一見すると貴族の令嬢には見えない格好となっている。


 このビアンカの格好も、ハルの身立てによるものだった。


 亜麻色の髪をした年頃の貴族風の少女――。

 その見た目は“リベリア公国の将軍――ミハイルの一人娘”の特徴として、有名になっているからである。


 そのため、ハルは敢えてビアンカの着用する衣服にも気を遣い――、一見すると貴族の令嬢に見えない服装を指定して着させていたのだった。



「――よし、ビアンカ。そうしたら、高台の方を目指して登って行こう」


 身支度を整えたハルが、未だに二頭の馬と戯れるビアンカに声を掛ける。


「うん。上の方に行くの――、楽しみだなあ」


 ハルから移動の合間――、ファーニの丘の高台からリベリア公国領を一望できることを聞かされていたビアンカは、その瞳を輝かせて楽しみそうな様子を見せていた。


「結構、上の方まで登るようだから――、覚悟しておけよ」


 ハルはビアンカの楽しみそうな様子に水を差すように苦笑する。


「大丈夫よ。こう見えても私に体力があるの、ハルも知っているでしょ?」


「そういや、そうだったな」


 ハルとビアンカは、互いに笑い合いながらファーニの丘の山道を歩み始める。


「因みに――、ビアンカは兎とかを狩って食べるのと、魚を釣って食べるの。どっちがいいんだ?」


 二人で歩調を合わせて歩みながら、ハルはビアンカに問いかける。


 そんなハルの問いかけに、ビアンカは「んー……?」――と小首を傾げて悩む仕草を見せていた。


「――どうせなら、ハルと一緒にできる釣りがしてみたいな」


 ビアンカは一巡考えて、答える。


「ハルが弓の扱いが上手なのはわかったけど――、私はハルが狩りをしているのを見ているしかできないじゃない?」


 ビアンカの理由を聞いて、ハルは納得した表情を浮かべる。


 確かに、狩りを行うとなると弓を扱えるハルが主体となって動くことになる。

 となれば、ビアンカはハルのことを見守っていることしかできないので、それが退屈だ――と遠回しに言っているのだった。


「そうしたら――、高台の川で一緒に釣りをしよう」


「うんっ! 釣りとかするのって初めてだから、教えてね」


 ハルの言葉に、ビアンカは笑顔を見せて言う。


「ああ――、一からしっかり教えてやるからな。任せておけ」


 ビアンカの笑顔に釣られるように、ハルも少年らしい笑みを見せていた。



 その後――、ハルとビアンカは談笑を交えつつ、二人で楽しげに山道を登っていく。

 緩やかな傾斜の山道なため、酷く体力を使う――、ということもなく、散歩と言っても過言ではないほど穏やかなものだった。


「――ハル。あの白い花の名前は何ていうの?」


「あれは“蛍花”だな。太陽の光を昼間の内に吸収して夜に淡く光る花で、理由はわからないけれど、こういう道沿いに咲くから――、『旅人の道標(みちしるべ)の花』なんて呼ばれている花だ」


「へー」


 ビアンカが、周りの緑に時折見える植物などに興味を示し、その興味を示した対象に指差しをしながらハルに質問を投げ掛ける。

 その度にハルは自身の持っている知識をビアンカに教えてやっていた。


「――そういえば、俺の故郷だった里の周りにも咲いていたな」


 ハルがぽつりと――、思い出したように呟いた。


 深い森の中。人目を避けるように存在していた――、身近な人々を死に至らしめる呪いを伝承し、その継承を繰り返していた忌まわしき隠れ里。

 その隠れ里に至る道中にも、ビアンカが興味を持った白い花――“蛍花”が密やかに咲いていたのだった。


「あ、そうしたら――。あの花を目印にして行けば、ハルの故郷の里に行けるかも知れないのね」


 ビアンカがハルの呟きに反応し、問いかけていた。


「まあ……、まだ里が残っていれば――、だけどな」


 ハルが故郷である里を飛び出して――、既に六百年以上の年月が流れている。

 それ故、ハルはビアンカの質問に対し、曖昧そうに言葉を返していた。


(――“喰神(くいがみ)の烙印”の眷属は不老長寿ではあるけれど、“始祖”である俺と違って不老不死じゃない……)


 ハルはぼんやりと――、久方ぶりに思い出した故郷の里に考えを巡らせる。


(始祖の俺が里からいなくなったことで――、眷属たちがこの呪いの加護を受けられているのかがわからないな。もしかしたら――、呪いの加護を受けられなくなって、里が滅びている可能性もある……)


 考え事をしながら、ハルは癖のように――、自身の革の手袋を嵌めた左手の甲を右手で握りしめていた。


「――ハル。高台が見えてきたよっ!」


 ビアンカの発した大きな声に、ハルはハッと我に返る。


 ハルが気付くと――、ビアンカの言った通り、もう目に見える場所までファーニの丘の高台付近まで登って来ていた。


「ハル、早く行こうっ!」


 漸く見えてきた高台を目にして、ビアンカが今まで山道を登ってきた疲れを微塵も感じさせない様子で駆け出していた。


「お、おい。ちょっと待ってくれよっ!」


 突然走り出したビアンカに、慌ててハルは声を上げる。

 そうしてビアンカの後を追うように、ハルも高台に向かって走り出すのであった。


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