第七話 吐露
志島は生田の背に寄り添い、自身の熱を彼に分けていた。生田の背は呼吸に合わせてわずかに上下する。起きているのか、眠っているのか判然としない。
生田は背を包む熱の心地よさに、とろとろと眠気へ誘われた。
ああ、ようやく、ゆっくり休める。でも、まだ胸の奥がつかえている。志島に言わなければいけないことがたくさんある――生田の意地も、眠気にほどけてきた。
許されたいわけじゃない。志島がどう思っているのか知りたいわけじゃない。ただ、すべてを吐き出してしまいたかった。
生田は言葉を吐くために小さく息を吸った。
「……ずっと、嫌な態度をとって悪かった」
「この状況では、仕方がありません」
「……シャツ、交換してくれて助かった」
「それはよかったです」
「……あと、ケガの手当ても」
「当然のことですから」
生田の力無げな吐露に、志島は淡々と応えた。その声色は優しかった。
慣れない吐露に早まる脈を落ち着けようと、生田は細く息を吐いた。――まだ、終わりじゃない。そもそも、事の発端は俺にあるのだから。
「こんなことに巻き込んで……ごめんな」
「生田さんだけの責任ではありません」
「お前が危ないって言ってくれた時に、引き返していればよかったんだ」
「私も、あなたを力づくでも連れ戻すべきでした」
俺は知っていた。志島が俺を責めることはないと。ただ、責めないだけで、どう思っているのかは知らない……もう少しだ。
「こうやって、いろいろ言い出したのも」
「お前の怪我を大丈夫なのかって聞いたのも」
「シャツを返したのも」
「全部……俺が楽になりたいだけなんだよ」
すべてを一息で吐いた。胸のつかえがとれた気がしない。息が詰まる。闇に呼吸を響かせないように、小さく吸って吐く──足りない。溺れるように苦しかった。
「……そうだったのですね」
志島の胸元に、生田の荒い呼吸が伝わっていた。志島はその背をさすらずにはいられなかった。生田は何も言わず、目を細めた。慌ただしい呼吸と鼓動が徐々に凪いでいった。
「楽に、なりましたか?」
志島は生田の心身を気遣ってそう言った。生田にもそうだと伝わった。だが、一人で吐いて、すっきりしましたか──そう言われた気もした。
楽に、なりましたか?――志島の問いに対する答えが見つからない。生田は体の向きを変え、志島と向き合った。何も見えず、志島の顔がどこにあるのかも分からない。瞳だけが闇をさまよう。そのことに志島は気付いた。
「明かりをつけましょうか?」
「いや、待ってくれ」
志島は見るのは嫌じゃない。志島の目を通して、自分を見るのが嫌なんだ。まだ、そうしたくない。
生田は恐る恐る手を伸ばした。そうする理由が自分でも分からない。この手をどうしてほしいのか、その言葉も出てこない。志島の頬にでも、ぶつかってしまえばいい──そして、そうなった。指先が暖かい弾力に行き当たった。曲線を指の腹でなぞる。さらさらしている。手のひらで包むと、じんわりと手に熱が広がる。なぜこんなことをしているのか、自分でも分からなかった。
「咬みついたりしませんよ」
志島はそう言いたかった。自身の頬に触れる生田の顔と手は、ひどくこわごわとしている。志島は口を開かなかった。きっと、この手はすぐに彼のもとへ戻ってしまう。
「お前は、何をどう思ってる?」
志島の頬に触れたまま投げかけた。知りたいことが分からず、ひどく漠然とした問いだった。志島には、生田が何かを求めているように見えた。
「そうですね……」
志島がそう言って思案する間に、生田は我に返ったように手を引っ込めた。
「私は……生田さんを助けたい」
「ずっと、そう思っています」
「ですが、困っている人を助けるのは、私がそう作られているからなのかもしれません」
「私は……」
「真心から、生田さんのことを助けているのでしょうか?」
「あなたの話を聞いているうちに、分からなくなりました」
そう言って、志島は生田の頬についた泥を指先でそっと拭った。生田は一瞬だけ目を見開く。だが何も言わず、静かに目を閉じた。
「……そんなの、なんだっていいんじゃないか? 実際、俺はお前に助けられてるんだし」
「……そうでしょうか」
「……ああ」
お互いに答えらしい答えは出なかった。それでも、嘘かもしれない何かを許されたような晴れ晴れしさがあった。
それきり、会話は起こらなかった。やがて、生田には望んだ安息が静かに訪れ、おとなしくそれに身を委ねた。
志島はその安らかな顔を見つめた。太い眉も固く結ばれた口も、今はひどく無防備に見えた。ふと、二人の体の間に隙間ができていることに気づいた。これでは体を冷やしてしまう。志島はそっと身を起こし、再び生田の背に寄り添った。
生田の静かな寝息が闇に溶ける。規則正しい鼓動は背を通して、志島の胸元へ伝わってきた。
どうか、彼が安息に身を委ねている間に、救助が来てほしい。




