第五話 メッセージ
生田は粗末な寝床に体を横たえて休息した。
志島のシャツを着たからといって、すこぶる温かいわけでもなく、依然として寒かった。ただ、冷たい砂利が腕に食い込む心配をする必要はもうない。
疲れきった生田の身体は、半ば気絶するように眠りへ落ちた。
どこかで落ちる水滴の音、ため息交じりの自身の呼吸、砂利や衣服が擦れる音。生田の耳は闇の中でそれらを逃さなかった。音だけでなく、心臓や傷を負った額で脈打つ鼓動に体を揺さぶられることさえあった。そのために何度も目が覚めた。
「眠れませんか?」
志島は生田から少し離れ、壁際に腰をかけていた。やっとおとなしくなった生田を闇の中で静かに見守っていた。
生田の身体は溜まった疲労に抗えず、志島への返事を考えているうちに意識は麻酔にかけられたようにストンと落ちた。
それを何度繰り返したか分からなくなった頃。
生田は腹の奥に違和感をおぼえた。それはじわじわと腹の底へ溜まっていく。その違和感を誤魔化そうと何度も身じろいだが、かえって目が冴え、とうとう眠ることが難しくなった。
枕元にあるはずのスマートフォンを探ったが、闇の中では手指を砂利にかすめるばかりで、なかなか見つからない。スマートフォンは彼が寝ては覚めてを繰り返す間に見当違いの方へすべっていた。
「スマートフォンですか? お渡ししますので待ってください」
志島がそう言ったのを聞いた生田は、何も言わずに手のひらを差し出した。すぐに、冷たくずしりとしたものがその上に置かれた。
生田はスマートフォンをつけた。明るさは最低にも関わらず、その眩しさに目を細めた。メッセージの履歴を開こうと指を滑らせる。淡い期待に胸が苦しくなる。
何時に帰れそう? 12:13
12:20 分からん
12:21 19時までには帰りたい
今日、ハンバーグ 12:23
12:24 帰ります
OK! キャラクターのスタンプ 12:24
送信失敗 としこめはれた
送信失敗 でらねにい
送信失敗 たすけて
――この日最後の、妻とのやり取り。
淡い期待を砕かれ、胸には違う苦しさが押し寄せた。分かりきってはいたが、妻へも、妻からも、まるで何も届いていない。
帰らない自分を、妻は心配しているだろうか。
もしも――なにかの拍子に送受信されたら。こんな、誤字だらけで半狂乱なものが妻へ届いたきりでは気恥ずかしい。生田は数時間前の自分を取り繕うことにした。
K市○○町の現場。崩れて、閉じ込められた。
自分は生きている。それに、ごく冷静だと言いたげな文章は、送信できるはずもなかった。もうやめよう。貴重なバッテリーをこんなことに費やすなんて馬鹿げてる。
生田は再び休息を得るために、眠れなくなった原因を取り除くことにした。
立ち上がろうとしただけで、体力の消耗――生命の残量を嫌でも思い知らされた。
頭を上げると視界が遠のくので、体をくの字に折るしかなかった。
「どうしました?」
「……トイレ」
ここで用を足すわけにもいかない。するなら、ここから一番離れた場所がいい。
「肩をお貸ししますよ」
「いや、いい」
「……いつでも、お手伝いしますから」
生田は、かろうじて聞き取れるほどの声で短く返事をして、壁を探るようにして闇の奥へ進んでいった。
志島は静かなやつだが、それでも、離れれば孤独が濃くなる。湿った壁の起伏が手指のすり傷にちりちりと染みる。なぜだか、足取りはいくらか楽な気がする。疲れすぎてなにも感じなくなり始めているのか、それとも、ただ尿意に突き動かされているだけなのか。
寝床から最も離れた場所では、土砂が待ち構えていた。ちっとも何も変わっていない。睨みつけたって何も言いやしない。これは自然災害だ。悪気がないのは分かっている。居合わせた自分に非があるのだって分かっている。
――それでも、憎くてたまらない。
生田は土砂の無表情な面つらへ向かって、吐き捨てるように用を足した。跳ね返りが靴や裾を汚したがどうでもよかった。
どうでもよかったのに、生田は顔を歪ませた。
志島は生田が消えた寝床を整えた。といってもそれは、枕や敷布団の偏りや角度を直す作業で、ほとんど意味はなかった。
自分の見えないところで生田が倒れたりしていないことを祈り、ただ彼の気配に耳をそばだてた




