第5章・前編『ギャル、油と戦うき(前編)』
アジフライを食べ終えたあと、アリスは椅子に座ったまま、まだ余韻に浸っていた。
「……はぁ…… アジフライって……こんなにおいしいが…… なんか……生き返った気分や……」
壮真は皿を片付けながら、ちらりとアリスを見た。
「お前、今日はよう頑張ったき。明日は軽めにしとくか」
「軽め……?うち、明日も頑張るき!なんでも来いちや!」
壮真はにやりと笑った。
「ほんなら……揚げ物の“本番”やな」
アリスは固まった。
「……え?さっきアジフライしたやん……?」
「アジフライは“衣揚げ”。明日は“天ぷら”や。」
アリスは叫んだ。
「ぎゃあああああああああああ!!!天ぷらって……あの……油がバチバチ言うやつ!?うち、絶対死ぬき!!!」
壮真はため息をついた。
「死なん。天ぷらは油と仲良うなる料理や。」
「仲良うなれるわけないき!!!油は敵やき!!!」
「敵にするから怖いんや。味方にしたら楽しいぞ。」
アリスは震えながら言った。
「……壮真……うち、油に嫌われちゅう……」
「嫌われてない。ただ、お前がビビりすぎなだけや。」
「ひどっ!」
次の日―――
壮真は冷蔵庫からボウルを取り出した。
「天ぷらの衣は“冷たさ”が命や。小麦粉と水を混ぜるけど、混ぜすぎたらダメになる。」
アリスは首をかしげる。
「混ぜたらダメなが……?料理って混ぜるもんやないが……?」
「天ぷらは逆や。粉が残っちゅうくらいでえい。そのほうがサクッと揚がる」
アリスは目を丸くした。
「……料理って……なんか……逆張り多くない……?」
「お前が知らんだけや。」
「ひどっ!」
壮真は続ける。
「油は180℃。高すぎても低すぎてもダメや。」
アリスは震えた。
「……180℃って……なんか……地獄の温度みたいや……」
「地獄やない。天ぷらの楽園や!」
「言い方でごまかすなちや!!!」
壮真は野菜を並べた。
ナス
カボチャ
ピーマン
エビ
アリスは目を輝かせた。
「……なんか……色とりどりで可愛い……!」
「天ぷらは“切り方”で味が変わる。ナスは縦に切って開く。カボチャは薄く。ピーマンは種を取ってそのまま。エビは背わたを取って、筋を切って伸ばす。」
アリスはエビを見て震えた。
「……エビ……なんか……うちのこと睨んじゅう……」
「睨んでない。」
「睨みゆうき!!!」
壮真はため息をついた。
「ほら、背わた取れ。包丁の先でなぞるだけや」
アリスはおそるおそるエビを触る。
「……ひぃ……なんか……生きてた感ある……」
「生き物やったきな。」
「やめてその事実言うの!!!心が痛いき!!!」
壮真は衣のボウルをアリスに渡した。
「具材を衣にくぐらせて、余分な衣は落とす。厚くつけたら重くなるき。」
アリスはナスを衣に入れ、ぐるぐる混ぜようとした。
壮真が即座に止めた。
「混ぜるな!」
「ひぇっ!?なんで!?混ぜたほうが均等になるろ!?」
「天ぷらは“混ぜない勇気”が大事や。」
「なんか名言みたいに言うなちや!!!」
壮真は油を温め、菜箸を入れて温度を確かめた。
「……よし、180℃や」
アリスは後ずさった。
「……無理……うち、油の前に立ったら死ぬ……絶対死ぬ……」
「死なん。ほら、ナスをそっと入れろ」
「そっと……?」
「投げたら跳ねるきな。」
アリスは震える手でナスを持ち、油の上に近づけた。
「……ひぃぃぃぃぃぃぃ……怖い……怖い……!」
「大丈夫や。俺が横におる」
アリスは息を止め、ナスをそっと油に入れた。
じゅわぁぁぁぁぁ……!
アリスは叫んだ。
「ぎゃあああああああああああ!!!なんか音出たぁぁぁぁぁぁ!!!油が怒っちゅう!!!」
「怒ってない。揚がりゆうだけや。」
「揚がりゆう音怖いき!!!」
壮真は笑いながら言った。
「でも……できたやろ?」
アリスは油の中で浮かぶナスを見て、目を丸くした。
「……ほんまや……うち……揚げた……!」
壮真は小さく頷いた。
「明日はもっと本格的にやるぞ。天ぷらはまだ始まったばっかりや。」
アリスは震えながらも、どこか嬉しそうに笑った。
「……うち……油と仲良うなれるろうか……?」
「なれる。俺が教えるき」
アリスの頬がほんのり赤く染まった。




