第3章・前編『ギャル、卵焼きに挑むき(前編)』
放課後の「こはる」。
アリスはかっぽう着の袖をきゅっと結び、三角巾を整えて厨房に立った。
壮真はその姿を見て、少しだけ目を細めた。
「……お前、ほんまに毎日よう来るな。」
「当たり前やき!うち、“こはる”継ぐがやき!」
「言うようになったな。」
アリスは胸を張る。
「今日は何作るが?また味噌汁? それとも……なんか難しいやつ?」
壮真は冷蔵庫から卵を三つ取り出した。
「今日は卵焼きや。」
「卵焼き!?あれって、なんかプロの技って感じのやつやん!?うち、できるろうか……」
「できる。ただし、丁寧にやらんと失敗する。」
アリスはごくりと喉を鳴らした。
壮真はボウルを渡す。
「まずは卵を割れ。殻入れるなよ。」
「任せちょき!」
アリスは勢いよく卵を割った。
パキャッ。
……卵はボウルの外に落ち、殻は手にべったりついた。
「えっ……ちょ、なんで!?」
「なんでって……お前が下手やからやろ。」
「うるさいちや!もう一回やるき!」
二個目。
パキッ。
……今度は力が強すぎて、卵が手の中で爆発した。
黄身が指の間からダラァ……と流れ落ちる。
「ぎゃああああああああああああああああ!!!なんで!? なんで卵ってこんな脆いが!?うちの握力が強すぎるが!?」
「いや、普通に下手なだけや。」
「ひどっ!」
三個目。
アリスは慎重に、慎重に……そっと卵をコンッと当てて割ろうとした。
しかし弱すぎて割れない。
「……割れん……!」
「力弱すぎや。」
「強すぎてもダメで弱すぎてもダメって……卵、性格悪すぎん!?」
「卵に性格はない。」
「あるき!!!」
壮真はため息をつきながら、アリスの手をそっと包んだ。
「ほら、こうや。“押す”んじゃなくて、“当てて、開く”。」
壮真が手を添えたまま、卵を軽くコンッと当てる。
パカッ。
きれいに割れた。
アリスは目を丸くする。
「……えっ……今の、魔法……?」
「魔法ちゃう。基本や。」
「壮真……すご……なんか……かっこええ……」
「卵割っただけで何言いゆうが。」
アリスは顔を真っ赤にしながら、四個目の卵を自分で割る。
コンッ……パカッ。
「……できた……!うち、卵割れたちや……!」
「四回目でな。」
「うるさいちや!!!でも……なんか嬉しい……!」
アリスは破れた殻を見つめながら、小さくガッツポーズをした。
壮真は砂糖、醤油、出汁を並べた。
「卵焼きは甘めが“こはる”の味や。出汁を少し入れて、ふわっと仕上げる。」
「出汁入れるが!?卵焼きって奥深いちや……!」
アリスは卵液を混ぜながら、壮真の横顔をちらりと見る。
「壮真って……なんでこんな料理上手なが?」
壮真は少しだけ目をそらす。
「……別に。ただ、練習しただけや。」
「なんで練習したが?」
「……理由は、まあ……そのうち分かる。」
アリスの胸が少しだけ熱くなる。
壮真は卵焼き器を火にかけ、油を薄くひいた。
「卵焼きは温度が命や。熱すぎてもダメ、冷たすぎてもダメ。」
「え、そんな繊細なが……?」
「繊細や。卵は正直やきな。」
アリスは真剣に頷く。
「……なんか、卵って可愛いちや……」
「可愛いとか言うな。」
「言うき!」
壮真はため息をつきながらも、どこか嬉しそうだった。
「じゃあ、卵流すぞ。焦らんと、薄く広げて……」
アリスは緊張で手が震えていた。
「ひ、ひえぇ……!」
「落ち着け。ほら、端から巻いていけ。」
壮真が後ろからそっと手を添える。
アリスの心臓が跳ねた。
「ちょ、ちょっと……近い……!」
「包丁のときも言うたやろ。集中せぇ。」
二人の手が重なり、卵がくるりと巻かれていく。
「……できた……!巻けたちや!!」
「まだ一巻き目や。もう一回、卵流すぞ」
アリスは息を整え、次の一枚に挑む。




