第95話 未完成
「……ふむ」
地形研究会。
かすかに鈍く光るものに、一点の視線が刺さる。
「子どもだましに見えるが——」
軽く指で弾く。乾いた音が返る。
オルフェンは、陶板柵を手に取っていた。
「……悪くはない」
「きた……!」
ノエルの肩から、一気に力が抜けた。
「今の、お墨付きですよね!」
「都合よく、決めるな」
即座に言い切る。
「使い方次第では、だ」
ノエルは、隣のアレンを見る。
「じゃあ、実際に並べてみようよ」
レイクが顔を出した。
「御前試合組も呼ぼうよ。どうせ皆、気になってる」
ノエルが紙を振る。
「すでに場所だけは、借りてるんです」
伺いに来ていたルーク。
壁にもたれながら、小さくうなずく。
「第二回会議は、外でやる」
◇
演習場。
陶板柵が次々と打ち込まれていく。
低い列が、土の上を走った。
「へえ。これが例の? なんか、見た目地味……」
ライラがしゃがみ込んで見る。
「それでいいんだよ」
ノエルは、胸を張った。
「見えてからが、嫌なやつだからね」
「最初は、もちろん私よね!」
ライラは足を軽く振った。
「でしょうね」
レイクが、小さくため息をついた。
◇
「いっくわよー!」
ライラが一直線に踏み込む。
「っ……!」
そのまま柵へ突っ込む。
陶板は揺れず、ライラだけが止まった。
「なにこれ、腹立つ!」
「いいな。嫌がらせとして満点だ」
ガルドンが腕を組んで笑う。
「正面の圧、これなら一段軽くなる」
ロイもうなずく。
「姉さん、他の人の動きも見ようよ」
レイクの言葉に、ロウガが前へ出る。
無言で構える。
だが、すぐには踏み込まない。
列を見てる。
間隔。角度。端の空き。
一歩、横へずれて走り出す。
柵の外へふくらみ、端から抜ける。
だが回り込んだぶん、遅れる。
「どうだ」
ガルドンが、声をかける。
「抜けられます」
ロウガは短く答えた。
「でも、めちゃくちゃ嫌です」
その一言に、何人かが笑った。
「一回、迷います」
ルークがうなずく。
「十分だ」
オルフェンは演習場の端から、無言でその様子を見ていた。
◇
「これ、うざい!」
ライラは、まだ柵の周りを駆けていた。
跳ぶ。避ける。もう一回戻る。
転びながら、嬉しそうに叫んでいる。
「いいな」
ガルドンが、腕を組んで眺めている。
「ただ、この広さ、全部は覆えないな」
ロイが、ボソリとつぶやく。
「寄せるなら、中央だ」
カイが、柵の列の先を見て言う。
それでも——
あと一手が足りない。
声に出さなくても、誰もが思う。
その時、一歩進み出る影。
視線が、自然と集まる。
「アレン。なにかあるのか?」
ルークが問う。
「まだ、可能性だけ……」
「なら、少し通ってみろ」
小さなうなずき。アレンが柵の前に立った。
オルフェンの視線が、そこで初めて止まった。
◇
黒く光った薄い板。
並んだその先には、仮の旗。
一回だけ、だ。
右足首に、細い線を落とす。
摩核から、短く鋭い一撃。
皮膚のすぐ下で、針金のような熱が走った。
踏み出す。
柵の塊の間、狙って一歩。
世界が、一瞬だけ狭くなる。
「っ——」
気づけば、一列目と二列目をまとめて越えていた。
三列目の手前で、膝を少し抜き、速度を自然に落とす。
最後の陶板を軽く蹴り、仮の旗に指先を触れた。
「……」
レイクが、ぽかんと口を開ける。
「今の、見えた?」
「見えなかった」
ノエルが即答する。
「一瞬だけ、消えてたみたい」
◇
オルフェンは目を細めた。
息が漏れる。
——やはり、これか。
騎士科の入学試験。
あのとき、砂塵の向こうで見えたもの。
「……違うな」
「先生?」
ノエルがそっと覗き込む。
「ど、どうですか」
オルフェンは、柵と少年から視線を外した
「旗戦なら、十分だろう。
……いちいち聞くな」
「十分、出ました!」
ノエルがうれしそうに拳を握る。
「旗戦なら、って付いてたけどね」
レイクが、小声で突っ込んだ。
「すぐに分かる。明日にはな」
胸の奥では……
問いかけていた。
——それで、お前は、どこまで行くつもりなのか。
◇
決戦前夜。
陶板柵。
ある者には——並べられた。
ある者には——眺められた。
ある者には——粉々にされた。
想いがそこにこもる。
が、山積みになった陶板柵の裏で——
一人、隠れるように使う者。
……熱い
かすかな脈打ち。
「アレン」
びくりと肩が跳ねる。
右足首への意識をすぐに手放す。
「そうやって——」
ルークが、石段の端に腰を下ろす。
見られた?
体が固まる。
「よく、むにゅむにゅ体操してたな」
「や、やめてください」
ため息が漏れる。
「あれ、ミーナもお気に入りだったぞ」
「……ハハ」
二人とも、黙って庭を見ている。
「明日」
ルークがぽつりと口を開く。
「お前は……やっぱり無茶をする」
「そんなこと——」
返す言葉を、夜空がすっと吸い込む。
「自分で選べ」
右足首を擦ると、熱はまだ残っていた。
——それでも
ルークが静かに立ち上がる。
立ち去る背中が、やがて小さくなる。
その足音だけが、じんじんと響いた。




