第585話 少年と少女の
満の手に引かれて移動した先は、ちょっとお高いお店のようである。
お金の心配をする香織だったが、満は大丈夫だと笑っていた。ホテルの部屋を抜け出した後に、お金を下ろしてきているらしい。
無事に注文を終えると、香織はちょっと恥ずかしそうに下を向きながら満に話しかける。
「ねえ、満くん……」
「なに、香織ちゃん」
「いや、その格好、どうしたの?」
香織がここで気にしたのは、満の着ている服である。
靴こそ満と同じスニーカーのようだが、服はなんとチャイナドレスである。どこで買ったのかが気になるというものだ。
「あははは。ほら、こういうお店だから、雰囲気に合わせた方がいいでしょ」
「……もう、変なところで律儀なんだから」
あまり迷惑にならないように笑う満を見て、香織はただ呆れるばかりである。
ちなみに、持っている紙袋に出てくる時に着ていた体操服を放り込んであるのだという。見られたらそれはそれで問題になりそうな感じだった。
「というか、それ寒くない?」
「寒いよ。これの下、肌着なんだもん。まぁ、少しの時間だけだから我慢だね」
はにかむ満を見て、香織ももうなんて言っていいのか分からない状態だった。
そうしている間に料理が運ばれてくる。
料理を食べ始めてしばらくすると、満が改めて香織に話しかける。
「あの、香織ちゃん」
「どうしたの、満くん」
どことなく恥ずかしそうにしている満に、香織はきょとんとした顔をしている。
「いや、さっきはごめんね。突然すぎて驚いちゃって、何も言えなくて……」
「あ、うん。あれは、私が強引だった気がするから……」
テーマパークでの告白のことを思い出して、二人の雰囲気がちょっと気まずくなってしまった。
少しの間、二人は黙々と料理を食べている。
やがて、満が意を決したように、香織に改めて話しかける。
「香織ちゃん」
名前を呼べば、香織が手を止めて、満の方を見る。
「こんな姿でごめんね。男のままだと、なんだかうまく話せない気がしたから」
「ううん、いいの。あのまま気まずくなるよりは断然ましだもん」
申し訳なさそうな表情の満に対して、香織は嬉しそうな表情をしている。香織が明るい表情をしてくれたので、満はとても気が楽になったようである。
しかし、その表情もすぐに再び曇ってしまう。
「やっぱり、香織ちゃんにそういう表情をされちゃうと、言いづらくなっちゃうなぁ……」
ぽつりとつぶやいた満は、一瞬だけど、香織から顔を逸らしていた。
かと思えば、再び香織へと向き直る。
「香織ちゃん、先に謝っておくよ」
「うん、どうして?」
「さっきの香織ちゃんの好きの意味、僕が香織ちゃんに抱いている好きとは違うよね?」
唐突な満の言葉に、香織は激しく動揺している。なぜなら、満の話した内容の意味が理解できてしまったからだ。
次に満の口から出てくる言葉に、香織は警戒してしまう。
「僕だって、いつまでも鈍くないよ。香織ちゃんのことは大切な友だちだと思っているし、これからだって大事にしたいよ」
満から続けられる言葉を、香織は黙って聞いている。
「だから、こうやって食事に誘ったんだ。でも、ごめんなさい。香織ちゃんの気持ちには、答えられないかな」
「そっか……」
顔を上げた香織は、悲しそうな顔で笑っている。この表情には、満も心が痛んでいるようである。
「……悲しませちゃったお詫びに、時間ギリギリまで買い物に付き合うよ」
「ありがとう。でも、大丈夫なのかな。勝手に抜け出してきたんでしょう?」
「魅了の力でごまかしてはいるよ。でも、さすがに同室のクラスメイトに見られたらやばいと思う」
「だよね」
満の申し出に、香織は気持ちを切り替えて話をしている。失恋はつらいけれど、一緒にいてくれるという気持ちはありがたいからだ。ここで泣くものかと強がってみせている。
だけど、このまま終わるのもなんだか面白くない。
食事が終わって飲食店を出た直後、香織は満に近付いていく。
「香織ちゃん?」
「そうよね。満くんには別に好きな人がいるもんね。悔しいなぁ、私の方が小さい頃からずっと思ってたのに」
「ちょ、ちょっと?」
にやにやとしながら近づく香織に、満はものすごく戸惑っている。
「小麦さんでしょ、満くんが好きな人って」
「ふえっ!?」
にやつく香織に言われて、満は分かりやすいくらいに顔を真っ赤にしている。
香織と小麦はほとんど顔を合わせたこともないというのに、この通り気づかれてしまっている。まあ、香織は風斗という情報源がいて、それなりに話を聞くことはできる。だから、人伝からでも想像はできるというもの。とはいえ、そう簡単に見抜かれるくらいにはその気があるということだろう。
「その反応、満くんはあんまり自覚なかったみたいね。うふふ、仕返し成功だわ」
「も、もう、香織ちゃん!」
さすがの満も、怒ってしまっているようである。しかし、その表情はなんだか嬉しそうでもある。
「だから、満くん。最初で最後のデート、楽しませてよね」
「もう、しょうがないなぁ……」
香織のわがままではあるものの、満はその申し出を快く受け入れる。
満と香織は手は握らなかったものの、かなり近い距離で隣り合いながら、時間ギリギリまで一緒に自由行動をして過ごしたのだった。




